ある意味必要な犠牲者へのささやかな感謝

「うらやましいなぁ。あんなにステキな恋人がいて。今度紹介して下さいよ」
そう笑う目の前の同僚が、裏でさんざっぱら悪口を吐いているのを知っている。
俺のことを男娼呼ばわりするまではまあ許せる。嬉しいわけがないが、ある程度覚悟していたことだ。中身に反して無駄に高名な男の求愛に応えてしまった時から、確実に周囲からの悪意が向けられるというコトは予想していた。
ナルトのときもそうだったから。
周りと違うことがそんなに悪いことだろうか?
何も考えずに周りに従うのは確かに楽だろう。だが、それができないのが自分だ。
全員が全員じゃないが、それでも…向けられ続ける悪意にはうんざりする。
嫉妬交じりの嫌がらせさえしてみせるというのが、俺には理解できない。
まあ今更グダグダ言っても仕方がない。ただ、カカシさんを…俺の大切な人を写輪眼のくせにこびへつらう男に気付かないなんて等といわれるのは不愉快だ。
そこまで俺たちを貶めながら、それでもおこぼれを狙うようにたびたび声をかけてくるところも。
上忍で、写輪眼で、上層部からの信頼も篤いあの人が、本当は子どもっぽくて、とても優しくて、一途で心配性だ何て知らないくせに。
…俺の唯一の人を殺人機械呼ばわりしたくせに。
「そうですねぇ。あはは。…ああ、もう交代の時間だ。お先に失礼しますね」
こうして適当に笑ってごまかしてやるのがいけないんだろうか?
こそこそ隠しているつもりだろうが、あれだけ声高にけなされれば聞こえてくるに決まってる。
そもそも、俺は忍であるという認識が薄いらしい。
いつでも笑って、頭が緩いんだろうなどと言われることもしょっちゅうだ。だから、俺に何を言っても気付かないとでも思っているんだろう。
…相手にするのが馬鹿らしいだけなのに。
ただ、どうしても、カカシさんを薄汚い根性の中の下らない劣等感の餌食にされたのが許せなかった。
はらわたが煮えくり返っていても、俺も忍で大人だ。
なにより、カカシさんが我慢するのが当たり前みたいな顔してわらってるから。
俺が怒るとその強さを無駄にしてしまう気がして出来ないだけなのに。
去り際、男がまた小声でもったいぶりやがってなどというのが聞こえてきて、そのあからさまな態度にため息をついた。
あれで、何とかしてもらおうって方がおかしいって、何で分からないんだか。
苛立ちを抱えたまま、受付へと急いだ。
仕事は、仕事だからな。
足が重いのは誤魔化しようがなかったけれど。
*****
受付の業務はいつも通りやまもりだ。
報告書を確認するだけじゃなく、内容と経費などについても処理していって、そしてその作業は延々と続くのだ。
たとえ受付を訪れる忍たちが少ない時間帯でも、仕事は減らない。
その上、腹の立つことがあったばかりで、仕事をしながらだというのにボーっとしていたらしい。
「ねぇ。大丈夫?」
「え?あ!カカシさん!お疲れ様です!」
任務帰りの人に心配をかけてしまった。
一見無表情に見えても感情豊かなこの人は、いつだって俺を心配してくれる。
自分のほうが危険な任務についているくせに、無鉄砲で危ないなんていいながら、口をすっぱくして気をつけろだの怪我なんかしないでだの、病気だってやだからねなどと出立までに言い続けて、やっとこさっとこ送り出す頃にはこっちがへとへとになるくらいだ。
「大丈夫!ちょっとだけボーっとしてただけです!…って、自慢にもならないんですが」
笑って鼻傷を掻いてみせたのに、カカシさんの気配は急に不穏なモノになった。
「だーめ。うそぐらいわかるよ?…帰ろ?」
疑問系の口調でいいながら、既に決定事項らしい。
つかまれた手首は、敵を捕縛するつもりなのかってくらい強力だ。
それでも、痛くなんかないようにちゃんと気遣われているけれど。
確かに就業時間は過ぎている。
…引継ぎ予定の男が、さっきのやり取りにへそを曲げたらしくて時間通りにこないだけだ。
「だめですよ。ちょっとだけ待ってて下さい。引継ぎがまだ来てないんです」
「そ?ああ、それって、もしかして…あれのこと?」
そういってカカシさんが指差した先には、あの男が転がっていた。
「え!?具合でも!?」
てっきりわざとだと思っていたが、不測の事態が生じたんだろうか?
駆け寄ろうとした俺の腕は戒められたままで、近くによることすら出来ない。
「具合ねぇ?…ただ頭がね。悪いだけ。イルカ先生の悪口なんかいうから、ちょっとね」
「ななななな!?」
俺が我慢してたのに!なんてことしちゃったんだ!…そもそもカカシさんを気遣って、俺も反撃しなかったのに!
「怒る…?」
苛立ちも混乱も、上目遣いで俺を見るカカシさんの瞳で霧散した。
もう、いいよな。
「火影様に式、だします。それで怒られる時は俺も一緒に怒られます。…俺、本当はカカシさんの悪口言う口に何度もクナイ突っ込んでやろうと思ってたから」
「ホント?怒らない?」
「怒りませんよ。…返事が来るまで帰るのは待ってくださいね?」
「うん!」
普段やたらと物分りが大人の顔しかしないくせに、こういう時だけすっかり子どもだ。
まあ、そこも好きなんだけど。
まだ不安そうにしているカカシさんを抱きしめた。すぐにその腕が背に回され、色を含んだ視線が俺に向けられる。
それを心地よく思いながら、カカシさんがやっちゃったんなら俺もやってもいいよなーと楽しい気分になったのだった。
*****
すぐに代わりの人間が手配され、念願の帰宅に浮き足立ったカカシさんに攫われるように家について、それから気付いたらなんとなくそんな雰囲気になったからイチャイチャして…。
翌朝からすぐに、俺は制裁を開始した。
これでも戦忍暦は長い。稚拙な嫌がらせなんかとはレベルの違うトラップに、その馬鹿さ加減を利用して里外の閑職に追いやるなどの策略、時々は直接拳での制裁も…全部見事に決まった。巧妙で犯人は明らかなのに証拠すら残さないそれに、誰もが驚いた顔をした。
そして、カカシさんも面白がって参戦した結果、俺たちはいまや木の葉の名物になりつつある。
「最も危険なバカップル」
そう呼ばれるのが心地いい。
なにせ、すっかりカカシさんの悪口を言うやからがいなくなったからな!
そしてカカシさんも…。
「イルカ先生のこと嫌な思いさせるのがいなくなって幸せです!」
って、にこにこしながらこれまで以上におおっぴらに甘えてくるようになったから。
…俺たちは、カカシさんにぼっこぼこにされた後、里の仲間を不当に中傷し、嫌がらせの証拠も見つかったために、その咎で徹底的に処分されたらしい最初の犠牲者に、ささやかな感謝をささげたのだった。


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意味もなく短いのを上げておく。というか、ド粗品の予定でしたがちょっと長いのでこっちに。
…濡れ茶の告知のためだなんてまさかそんな…!←悪。
ではではー!ご意見ご感想などお気軽にどうぞー!!!

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