「あ、お土産ですか?」 イルカ先生が玄関で嬉しそうに俺を迎えに来てくれて、そう言った。俺の手の中の土産物に気づいたみたいだ。 「そうなんですよ。依頼人の方がくれたんです。」 今日は風鈴職人をしている依頼人からの、風鈴運搬の任務だった。任務終了後、一つも壊さずに運んだお礼だと、依頼人の職人さんが7班全員に風鈴をくれたのだ。 俺は断ったのだが、家の人が喜ぶよ!といわれてついついイルカ先生の顔を思い出し、もらってきてしまった。…ついでに柄も可愛いイルカ柄のにしてもらった。 俺はイルカ先生の喜ぶ顔を想像しながら、早速土産の箱を開けて見せた。 イルカ柄の風鈴は、持ち上げるとちりーんと涼しげに鳴る。 「…いいおと、ですね。」 「どうしたの?あんまりうれしそうじゃないけど。」 せっかくのお土産なのに、イルカ先生にはあまり喜んでもらえなかったみたいだ。遠い目をしていて、元気がない…何か様子がおかしい。 どうしたんだろうと不安に思ったとき、イルカ先生がとても静かな口調で淡々と言った。 「実は…風鈴には悲しい思い出があって…。」 それはそれは悲しそうに、イルカ先生が言う。ひょっとして…深刻な話なんだろうか。 「何が、あったのか聞いていいですか?」 聞いてはいけないのかもしれない…。そう思いながらもイルカ先生を悲しませているものの正体を知りたくて、俺はおそるおそる何があったのか聞いた。 イルカ先生は一瞬ためらうそぶりを見せたが、ゆっくりと、その記憶を語り始めた。 「あの日は…暑い夏の日でした。」 ***** 「俺は、買ってもらったばかりの風鈴の音が大好きでした。縁側でねっころがって、上にぶら下げた風鈴の音を聞きながら昼寝するのが俺の日課だったんです。 …ある日、風が凪いで風鈴が鳴らなくなってしまったので、どうしてもその音が聞きたかった俺は、うちわで扇いでならそうとしたんです。 当時まだアカデミーにあがるかあがらないかぐらいだったと思います。小さかったから、頑張ってみたんですが、なかなか風を起こせなくて…。 途中でバテてしまったんです。」 「そうですか…。」 そりゃそうだろう。こどもでなくても真夏にずっと風を起こし続けるのは難しい。 「その日はとても暑くて、…それで、気づいたんです。扇風機があるじゃないかってね。…俺は、自分の身長と同じくらいだった扇風機を、 一生懸命動かして、風鈴を鳴らそうとがんばりました。でも、当時の扇風機は首が回るだけで、角度が変えられなかったから風鈴にあてるのは厳しくて。 しょうがないので…」 「しょうがないので?」 「今度は布団を持ってきて、風鈴に風が当たる角度に調節しようとしたんです。」 「おお。それは賢いですね。」 先ほどから聞いていると、流石イルカ先生だと思う。結果を出すためにさまざまな方法を模索することが、忍には必要だ。そんなに小さい頃から 一生懸命に作戦を考えているイルカ先生を想像すると、なんだか楽しくなってくる。 「でも…。」 「でも…?」 イルカ先生がうつむいて言いよどんだ。これは…そろそろ核心に迫る話が聞けるんだろうか…? 「その日は本当に暑かったんです。それまで、なんとか風鈴を鳴らそうとしていた俺は、そこで力尽き…。」 「…。」 一体、どうなったんだ?! 「脱水でその場に倒れたんです。」 「それは…大変でしたね。」 確かに悲しいというか大変な思い出だ。子どものことだし、夢中になっていれば水を飲むことなど思いつかなかったのだろう。子どもの脱水は非常に危険だ。 今ここにイルカ先生がいる以上、無事助かったのだろうが、話を聞いているだけで、小さなイルカ先生のことが心配になってくる。 「両親は任務で留守にしていたので、帰ってくるのもいつになるか分からない。でも身体はだるくて動けない。…俺は、子どもながらに焦りました。 だんだん意識が遠のいていって。…でも、その時に母が帰ってきたんです。」 「ああ、よかった!」 そうか、それで助かったのか。ホッとした。 「…力尽きたのが布団の上で、扇風機を抱え込んだ状態だったので、母は…俺が昼寝をしていると勘違いしたんです。」 「えええ!!!」 「そのまま父が帰宅する夕方まで放置されて、父に様子がおかしいと気づいて貰った時には、もう本当にぎりぎりの状態だったそうです。」 「…それは…。」 「そのまま、しばらく木の葉病院に入院に……。」 「…。」 「これが、俺の悲しい思い出です…。」 イルカ先生は、そう静かに語り終えると、遠い目をしながら静かに買ってきた風鈴を見つめている。 …俺は二度と風鈴をイルカ先生の目のつくところに置かないことに決めた。 ********************************************************************************* 暑いのでふやしてみました。暑いです。ほんとに。 |