雨が降っていた。 重く圧し掛かるように黒く濁った空が、世界を黒く染めている。 降り注ぐ雨は地面を叩き、まるで涙のように零れ落ち続けて…。 まるで、今の俺の気分のようだ。 今までだって馴れていたはずだった。ずっと一人で生きてきて、そんなことは当たり前だった。それなのに。 求めても得られない…ソレがこんなにも苦痛だなんて。 「…諦めるしか、ないのか…」 「そんなに深刻ぶらなくても」 濡れるに任せていた俺に、そっと傘が差し出された。 「カカシ、さん?」 「いこ?」 濡れた俺に構うことなく抱き寄せるように腕の中に仕舞い込んで…一瞬の違和感の後、俺はカカシさんの家にいた。 まるで攫われるように。 ***** 外は気の早い秋の訪れに冷え切っているというのに、部屋の中はまるで春のように暖かい。 部屋に篭る蒸気が窓を白く染め、外の景色を隠してしまっている。 あの、俺の気分のように暗く重い空を。 「つくねに、だいこんでしょ?がんももあるよー。白滝もね」 差し出された器には、こんもりとおでんが乗っている。 テーブルの上の鍋にもぎっしりと。 …食欲は食えと言っていたが、俺の理性は待ったをかけた。 「あの…」 このままこれを受け取ってしまってもいいんだろうか? 焦りのにじみ出る俺の声にも躊躇すら見せず、カカシさんはそっと俺の手を取った。 「いいから食べて。お風呂も凄く早く出てきちゃうんだもん。こーんなに冷えちゃって」 俺の手を包みこむその温かさに陶然としてしまう。 白く滑らかで、だがしっかりとした男の…忍びの手だ。 この手に、こうして触れられるなんて思っても見なかった。 「あ…」 零れてしまった溜息に、俺の思いは混じりこんでいないだろうか? そう思うのに与えられている温かさを、自分からは振りほどけない。 「ほら、おでんって、一人で食べてもつまらないでしょ?」 どこか懇願じみた色をにじませたその声に励まされるように、手渡された箸を受け取り、湯気を漂わせている美味そうながんもを口に放り込んだ。 「うまい…」 「そ?良かった」 手に入らないのなら。その欠片だけでも。 礼すら言わずに、はしを動かした。 俺の貪欲な思いに気付いているのかいないのか、おでんを必死になって貪る俺に注がれたのは柔らかい微笑だった。 心地よいそれに溺れながら、おでんを口に運び、飲み込む。 …湧き立つ黒い思いと一緒に。 欲しいなんて、言えない。 「ああそうだ。もう1個貰ってほしいものがあるんだけど?」 「え?あ、でも、もう頂けません」 手放せなくなる物は要らない。…要らないんだ。 「そういわないでよ。どっちかっていうと、こっちが本命」 「え?」 来た時と同じように抱き寄せられた。…部屋の中に雨など降るはずもないのに。 「俺ごと貰って?」 「え?え?え?」 訳が、わからない。 ***** 「おでん、食べたいって言ってたよね」 「はい」 それは本当だ。 受付にはまだストーブも入らないのに、このところの急な冷え込みで、そろそろおでんでも食べたいと冗談めかして零した記憶はある。 「それから、改装中のコンビニの前ですっごく暗い顔してたから」 「う…!」 …見られていたのか。 あの時は、ただ…腕を組んで歩く恋人たちを見てしまって、自分の決して得られない幸せに勝手に落ち込んだけだったのに。 「男は手料理に弱いってこの本にも…だから、急いでおでん作ったの。出来上がったら誘いに行こうと思って」 「す、すみません…!」 俺のせいで…この人に手間をかけさせてしまった。 …でも、気のせいでなければさっきこの人は…! 「大慌てで作って、やっと出来上がったのに、イルカ先生のうち行ったら誰もいないし、探しに出たらまだコンビニの前で悲しそうな顔してたから、なんかもうたまらなくなって」 ということは、俺は随分と長いこと一人落ち込んでいたらしい。 捨てきれない思いを持て余していたのは事実だが、そんなに時間が経っているなんて気付きもしなかった。 …曇天の空は時が経っても変わらずに重く暗く澱んでいたから。 「おでん。美味しい?」 「はい」 「俺さ、それなりに料理できるよ」 「えっと、それなりっていうレベルじゃなくて美味しいです!」 「…そ?なら、美味しいもの頑張って作るからさ」 俺のモノになってよ。 ぎゅっと抱きしめられてその心地よさに溜息がでる。 それを何と勘違いした物か、不安そうな瞳でもう一度息ができないくらい抱きしめられて。 …俺はおでんだけでそんなに落ち込むほど食い意地張ってないとか、いつから俺のこと見ていたですかとか、上忍ならだれでもこんなに美味い料理できるんですかとか、山ほどあった言いたいことは全て押し流されてしまった。 「はい…はい…!」 俺の答えにほっとしたように微笑んだカカシさんに、俺の心はおでんなんかよりずっと熱くなった。 ***** その後なんだか二人して盛り上がってしまい、初めてだというのにガツガツとお互いに求め合い、溶け合って…気がついたら朝になっていた。 「ウソみたいに晴れてますねー!」 清清しい笑顔で窓の外を眺め、えらくご機嫌なカカシさんは、意外と子どもっぽいようだ。 はしゃぐ姿は生徒たちと変わらない。 …こみ上げる愛おしさは、全く違う色を帯びているけれど。 「…う…っ…ああ、綺麗ですね」 身体はきしむ。 だが晴れて澄み切った空は、まるで今の俺の心のようだ。 「大丈夫?ごめん…!」 謝りながら抱きしめられて、それだけで痛みなんてどうでも良くなる。 「大丈夫、です」 不安そうにそしてまるで宝物のように扱われて、ソレが少しくすぐったい。 でも、幸せだ。信じられないくらい。 「…あー…も、かわいい顔しないで!壊しちゃう!」 「え!そ、それはちょっと…!」 「うん。我慢する。…朝ご飯、美味しいの作るからちょっとだけ待ってて?」 額を掠めるように口づけて、いそいそと台所に向かうカカシさんを見送った。 …俺が欲しかったのはおでんじゃないって、いつ言おうか悩みながら。 ********************************************************************************* ド粗品予定が長すぎるのでこっちに。 何にも増えてないのにお客様がいらっしゃるのでちょっと腹ふさぎ的な小話を…! ご意見ご感想などお気軽にどうぞー!!! |