「暑そうだねぇ?」 くすくす笑う男は汗一つかいていない。 俺はといえば、さっきからうだるような暑さに気が遠くなりそうになりながら、そうめんを茹でている。 実は滴る汗が目に入って痛かったりもするんだが、真夏だって言うのに涼しげにしているコイツの前で弱みは見せたくないので平気なフリをしながら。 「…もうすぐできるから。」 それだけいって、湯気と共に熱気を噴出す鍋に視線を戻した。 洗いざらしのTシャツが汗を吸って色を変えているのが自分でもわかる。 黒いノースリーブだから分かりにくいだけで、男も汗をかいているんだろうか? 「ねぇ…暑いんでしょ?」 確かに暑い。できるならもう服なんか着ないで水浴びして、カキ氷でも食べて、それからクーラーガンガンに効かせた中で昼寝でもしたいくらいだ。…腹壊すからやらないけど。 昔施設からでて一人暮らしするようになったときに一回だけやってみたけど、一回で懲りた。 腹は痛いし、喉はがらがらだし、一日だけだったのに結構電気代が洒落にならなかったからな。 …つまり、俺はもう甘い誘惑に乗ったらどんな目に合うか良く分かっているってことだ。 だから、誘うようなそのセリフに乗ってやる気は毛頭ない。 色を含んだその声が何を求めているかわかっても、そしてこの暑さのせいにして、ソレに溺れてしまいたいと思っていても…。 久しぶりに里に帰って来て、すきっ腹抱えてる…はずの男には、まず飯を与えるべきだ。 「めんつゆは冷えてる。そうめんもこれからちゃんと冷やす。」 たらいに浮いた氷が小さくなりながら水の中でゆっくりと回っている。 その中にそうめんを泳がせて、キンキンにひやしてからたべれば、この汗だって引っ込むにちがいない。 …俺も忍だ。体温調節は出来る。…チャクラ使うからやってないだけだ!なんか疲れるし! さっきからちょっかいをかけてくるのに汗ひとつかかない男は、きっとそんなこと息をするくらい当たり前にやってるんだろう。 …俺も任務中はやってる。匂いも気配も隠さなければならない忍にとって、汗は最悪だ。 忍犬よりは劣るがそれでも常人の数倍は鼻が利くのが忍だ。自分でわざわざ存在を知らせるようなマネはしないから、あせみずくになって任務なんか普通はやらない。 それがゆるされるのは下忍向けのDランク任務くらいだ。 でも、家の中でまでそんなことやらない。 任務は任務、そう割り切らないと、どこまでも戦いの残滓が着いてきて、まともに暮らすのが難しくなる。 …それをこともなげにやっていて、だからこそどこか壊れたこの男のように。 …それにしても、さっきから俺の背中に視線が突き刺さる。暑いのは…ひょっとしてそのせいもあるんじゃないだろうか? とめどなく汗が、こぼれていく。 理性までいっしょにながれていきそうだ。 男はただ俺のうちの狭い居間に寝転がっているだけなのに、踏みとどまるのが難しいほどの存在感で誘惑する。 大体誰のためにそうめん茹でてると思ってるんだ!帰って来たばっかりで何も食ってないとか言い出すからだろうが!本当は休日くらい涼しい部屋でごろごろしてようと思ってたのに! でも…任務がんばってきたのに、何も食ってないヤツを放って置けるわけがない。…それに、コイツは俺の…その、こ、恋人っていうか…! そうめんはもうすぐ茹で上がる。だから、顔が赤いのはその湯気のせいだ。 言い聞かせている間にも、男は俺を見つめて続けている。 …溶けてしまいそうなくらい熱く。 そうして、男が、笑った。 「ねぇ、溶けちゃわない?」 「え?」 その僅かな興奮を潜ませた甘い声を合図に、寝転がっていたはずの男の腕が俺に絡みついて捕らえられて…。 「汗、すごいね。ま、これからもっとかくけど。」 見せ付けるように俺の首筋を伝う汗を舐め取って、男は当然のようにさっきまで自分がねころがっていた畳に俺を押し倒した。 汗まみれで、身動きも取れなくて、そうめんはゆでかけで…でも、俺の肌を熱心に舐め取りながら笑う男に逆らう気力なんて湧かなかった。 この湧き上がるような情欲に逆らうなんて出来るわけがない。 部屋の中に渦巻く熱気のように、どろどろと溶け始めた思考で、部屋に響きはじめた自分の盛りのついた猫のような声をどこか遠くに聞いた。 文字通り溶けるくらい交じり合って、あとのことはそれから考えよう。…だって、すべては夏の暑さのせいだ。 あたえられる快楽に溺れかけながら、強引に自分の関心を引き寄せるコトに成功してご満悦な男を抱き寄せて、そんなコトを思った。 ********************************************************************************* 夏のバカップルをひっそりおいておきます。 暑いと溶けちゃいそうになるというのを主張してみました。 もしもこんなもんでもご意見ご感想等ございましたら、お気軽にどうぞ! |