秋の夜

秋の夜はつるべ落としなんて良く言ったもんだ。
今日は簡単な任務だったから、折角早く帰れると気分良く外に出てみたら、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
真夏の太陽の下で何時間も敵襲を警戒していたことだって、昨日のことのように思えるのに、もう季節は移り変わってしまった物らしい。
忍の身で暗闇を恐れるなんてありえないが、不本意な事情により俺は辺りへの警戒を続けていた。気配をさぐり、歩く速度も普段より早く、気配もなるべく消して…まるで任務の時のように家路を急ぐ。
俺がなんでこんなその辺のお嬢さんみたいなマネをしてるのかって言うと…。
話は先週に遡る。
久しぶりに帰宅が早くて、俺はうきうきしながらいつのもこの道を通った。
その時ももう結構日が短くなっていて、辺りはすっかり暗くなっていた。
そのまま行けば、俺はセットしといた炊き立ての飯と、今買ってきたばかりの新発売のカップラーメンにありつける…はずだった。

ほこほこと歩く俺は…いきなり、気配もない何ものかに羽交い絞めにされたのだ。それも明らかに俺よりも実力が上の相手に。

気配の消し方一つとってもそうだけど、何より、その尋常でない力量の差を思い知らせるはめになった。
俺を痛みも感じない程度の力で拘束しているのに、指一本動かせないのだ。…そのチャクラに圧倒されて。
怯えているなんて認めたくなかった。
慎重にチャクラの流れを調節し、助けを呼ぶか、それとも駄目元で戦って誰かに気付いてもらうのを待つかで逡巡している間に、ふっとその拘束は解かれた。
しばらくあたりを警戒してみたけれど、どこにも気配は感じられない。羽交い絞めにされたときも分からなかったから、不在を確実に保障する物ではなかったが。
無駄である可能性の方が高いことを知りつつ、俺はその日大回りをして分身までつかって家に帰ったのだ。
一番心配だったのは他に被害がでることだった。
中忍寮に続くこの道は、一般人が殆ど通らない。だが、たまたま道に迷うとかで偶然ここを通りがかりでもしたら、変質者の餌食になるかもしれないのだ。
すぐさま上に訴え出ることも勿論考えた。
だが、何かの間違いや、人違いで拘束されそうになったのだとしたら…ここは本来なら一般人が通らないはずの道だ。証拠もない。
気配も匂いすら感じない。まるで幻だったかのように消えうせたのだから。

下手に騒ぎを大きくして、結果的に混乱を招くかもしれない。…それならばと、その時は報告しなかった。

だが…。
今日も早い。同じ時間帯だ。
…また、アレがいるかもしれない。
さりげなさを装いつつ、いつでも式を飛ばせるように神経を尖らせ、辺りを警戒しながら家路を歩む。
ひゅっと、秋の初めらしくやや強めの風が俺の歩く道を通り抜けた。
一瞬目を細めてホコリをよけただけだったのに。
まるで風の置き土産のように、面をかぶった男が立っていた。
大輪の薔薇の花束持って。
「へ?」
顔の全てを覆い隠す面に、黒装束、そして白い防具。
暗部といわれる部隊の存在を知らないわけではなかったが、あまりにも唐突で、そしてその手に持っているものがかもし出す違和感の強烈さのせいもあって、ろくに言葉も出なかった。
我ながら間抜けな声だと思ったが、暗部らしき男はそんなことなど気にも留めなかったらしい。
すっと、薔薇の花束を俺に突きつけた。
受け取れというコトだろうか?これは何かの任務か試験か何かなんだろうか?
躊躇うことしか出来ない俺に、低く穏やかな声がぶつけられた。
「付き合ってください」
「あ、あのー?」
何処へ?なんて聞かないでも分かる。これは、あれだ。告白というヤツだ。俺にはトンと縁の無い。
…何がどうなっているんだろう?
「好きです」
面越しで表情は伺えなくても、本気だというのは伝わってくる。
声が、僅かに震えているからだ。
その震えは演技にしてはささやか過ぎたし、折角の薔薇の花束なのに、茎を握りつぶさんばかりにぎゅうぎゅう力を込めてしまっている辺りからも、間違いないだろう。
暗部だからわからないけど。ものすごく演技が上手いのかもしれないけど!…そんな演技をわざわざしないだろう?
だが、その理由がさっぱりだ。大体俺はこの人に会ったことすらない。
…銀色の髪が変化や幻術でないとするなら。だが。
「俺、男ですよ?あとアンタ誰だ!」
今まで警戒していた分緊張が一気にほぐれ、同時に怒りが沸いてくる。
人をむやみやたらに怯えさせるなんて!
だが、返って来た答えは至極もっともだが納得できないものだった。
「えーっと。暗部なので名前は…」
「暗部なのになにやってんですか!?」
暗部…火影直轄部隊であるそこには、里の精鋭がそろい、里を守るためにどんな任務もこなすのだという。
それが、なんでこんなとこで中忍の俺を脅かしてるんだ!
「だって、どうしたらいいかわからなくて。でも、好きなんです!」
冷静そうに見えたのは虚勢だったようだ。
叫ぶように俺に向かってそういうと、手に持った薔薇をうろうろと上下させながら、俺に向かって手を伸ばしては引っ込めている。
察するに、俺に抱きつきたいんだろう。
…最初に俺会ったときのように。
分かってみれば…いや、殆どわかんないんだけど!
とにかく、命の危険はなさそうだ。…他の何かは非常に危険な気はするのだが。
「…えーっと。まずはお友達からで」
「はい!」
極力刺激すまいと思っただけだったのに。
嬉しそうな気配をにじませて、やっぱり我慢できずにぎゅうぎゅうしがみ付いてきた。
実力はあるみたいだけど、それ以外が大分怪しい男の頭をぐりぐりとなでてやった。猫の毛のように柔らかいのに、何故か逆立つ毛をなでていると、なんとなく和む。
思いのほか温かい体温に、騙されてしまいそうだ。これは暗部で、それと常識もあんまりなくて、何より好みが曲がってそうなのに。
でもなぁ…俺はこういうのを見棄てられないんだ。いつだって。

己の性分に溜息をつきながら…俺は、さて、これからどうやってこれをしつけたらいいんだろうと思ったのだった。

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ド粗品予定が長すぎるのでこっちに。
秋だからということで!…間もたせ?
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