恋におちたら


 なんてったって忍だし、任務に出てなんぼの生業だ。
だからもうしょうがないかって割り切って生きてきたつもりだった。
「アンタそういうのダメでしょうが」
血なまぐさく陰惨で、その上誰も救われないような依頼書を受け取って、ああやだなぁと思っていたのは確かだけど、顔に出した覚えなんて当然なかった。
だってさ。ホントにガキの頃からずーっとこういうこと繰り返してる訳よ?
今更それで泣いたり喚いたりするなんてありえないし、そもそも物心ついたころにはクナイを握ってた俺にとっては、この手の任務だからって苦悩するほどのことでもない。
ただ、少しだけ。ほんの少しだけだけど嫌だなぁって思う位はしたけどね?
「えーっと」
それがどうしてばれてしまうのか。しかも海千山千のくせものぞろいの上忍ならまだしも、ただの中忍に。
表情を隠すことなんて当たり前だった。しかも覆面忍者でもある。そんなに簡単にばれる訳がない。
…と、思いたいけど、ただの中忍っていうのは訂正する。
図太い上に曲がった事が大嫌いな変わり者で、誰もが目を背けた事実から逃げずに真っ向勝負で戦ってきた人だから。
でもねぇ?どっちかって言うと鈍いと思うのよ。この人。洞察力が鋭いって方でもないと思う。
人の心の機微に疎い…とも言い切れないけど、誰かに好意をもたれても、告白されるまで気づかないとかザラなんだもん。
そんな人に嫌がってるのがバレるって、ちょっとした屈辱だった。
俺は確かにこの任務に行きたいなんて思っちゃいないけど、上忍の身で見透かされてるなんて嬉しくはない。
「アンタ自分で思ってるよりずっと繊細なんですよ」
頭を撫でられた。
それがまたあったかいし気持ちイイのがまた俺のプライドを刺激する。
なによそれ。俺子どもじゃないんですけど。
「なにそれ」
ふくれっつらになっていたかもしれない。だって隠したってばれるなら、こっちが不愉快だって事くらい思い知らせたいでしょ?
「あー…いいですか?強がって誤魔化して煙に撒いたって、なくなりませんよ。溜め込むな」
ため息と共に降ってきた言葉は随分と不遜なもので、苛立ちのあまり机でもひっくり返してやろうかと思ったけど、それじゃこの人の思惑通りだ。
「どうすりゃいいのよ…」
思わず吐き出した弱音に、なぜだかしらないが中忍が笑った。
「吐きだしゃいいでしょうが。俺に」
胸が高鳴る。何でこの人がキラキラして見えるんだろう。
それから、なんでこんなにも俺は興奮してるんだろう。
「えっち」
誤魔化すようにからかってみたのに、男は呆れた様にため息をつき…それから凄みのある笑みを浮かべて見せた。
「なぐりますよ。ショック療法がお好みなら」
この人の拳骨はそれはもう痛いのだと元教え子が繰り返し言っていたのを思い出した。
殴られるのは嫌だ。…撫でられるのは気持ちイイけど、それだけじゃ足りない。
「痛いのは嫌だなぁ。慣れちゃったけど」
本音は勝手に口をついて出て、ついでにうろたえる暇もないほど自然に、また頭を撫でられてしまった。
「そうそう。そうやって素直になりゃいいんです」
この人は俺のことを弱いと言ってるも同然なのに、どうしてか腹が立たない。
最初からずっとそうだ。
…この人がどういう人か知っているのは、興味本位ってだけじゃなくてきっと。
「それってさぁ。最初から特別だったってことだよねぇ?」
俺が何を意図してそう言ったかいくら鈍い人でも分かっただろうに、戸惑うでも逃げるでもなくにかっと笑ってくれた。
「ねぇ。弱くても側にいてくれる?」
むしろこの人の方が無鉄砲で無茶をするからそっちの方が心配ではあるんだけど。
「ええ。どーんとこいです。あんたが俺の知らないどっかで泣いてるかも知れないと思うと落ち着かないから、泣きたくなったら俺のトコくるんですよ」
ああ、あったかい。
大げさに広げた腕で抱きしめて、それから子どもみたいに撫でられて、どうしてか恐ろしいほど興奮した。
「泣きたくなくてもいきますよー?」
とりあえず、任務が終わったら襲いに行こう。
そんな不埒なことさえ考えていたのに。
「じゃ、俺んち住みますか」
「…そうきますか」
 予想外の人だ。どこまでも。
 なんていうか、男前?でも今更気づいたけど、結構緊張してるみたいだし、顔赤くて色っぽいし!
 どうしよう。このままここで頂きたくなってきたんだけど。
「ええ。アンタが俺のになったから、無茶なことしたら暴れますって、火影様にも直訴してきますから」
 そういえば、事務的なことでこの人以上に出来る人っていないんじゃないの?今。
 …ハッタリじゃなくて、本当にその通りしにそうで恐い。
「任務には行きます。…ね、俺のこと待っててくれるんでしょう?」
「当然です!でも任務は…!」
 何でそんなに嬉しそうに胸を張っていうのかわからないけど、とりあえずすごく嬉しいのは確かだ。顔をくしゃくしゃにして心配されるのも悪くない。
 膨らんだ希望と股間については、任務が終わるまでお預けだけどね?
「じゃ、ね?いってきます」
「ああくそ!気をつけて行ってくるんですよ!怪我なんかしたら承知しねぇ!」
 威勢のいい叫び声はあまりにも甘く俺の耳に残った。
 うん。とりあえず任務は最低だけど、悪くない。
 鼻歌交じりで行けそうだ。…前より更に人でなしになった気もするけど。
「待っててね?」
 帰ったら…全部丸ごと頂いて、俺だけのことを考えてもらうから。
 

 帰ってきてからそれはもう凄まじい抵抗にあいながら勿論しっかり全部頂いた。
「逆だけどまあイイか…アンタ幸せそうだし」
 そういう恋人には永遠に適いそうにもないけど、確かに俺は幸せだ。
「俺が幸せだとイルカせんせも幸せでしょ?」
 ニヤリと笑って見せたのに、なぜかはとが豆鉄砲食らったような顔をされた。
「当たり前でしょうが。今更気づいたんですか」
 うーん。やっぱり男前すぎる。
 ま、そこが好きなんだけどね。
「いーえ。愛の再確認です」
 
 気づかないうちに恋なんてものをしていた俺は、どうやら愛も手に入れたらしい。



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