俺たち男の娘


今日も今日とて疲れ切って自宅に帰ってみれば、常に勝手に家に上がりこんでいる上忍がにこやかに出迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
普段から忍服の上にフリフリレースのエプロンという視覚の暴力を全力で繰り出す変態だが、今日はさらに輪をかけて酷い。
「あんた俺に喧嘩うってんですか!?」
上忍の纏っている服。それは見事なまでにフリルとレースとリボンにまみれたドレスだった。
色白で顔立ちの整っている男が当然と言ったような顔で着ているそれは、恐ろしいことにとても良く似合っていた。
潤んだ瞳も桜色の唇も、かわいいといえばかわいい。そういえばうっすらと化粧まで施しているような気がする。
だが、ふわりと膨らんだスカートから覗く足はどっからどう見ても男の物だ。それがにょっきりとかわいらしいドレスから突き出している。
…思わず怒鳴りつけた俺に非はないはずだ。
「えー?だってかわいいって言ってたじゃないですか!」
誉めてもらえることを期待している駄犬の瞳で、上忍が俺を見る。絶対に自分がしていることは間違っていないと信じているに違いない。
「アホかー!」
怒鳴り声に安普請のアパートの壁が振るえ、ついでに隣から壁をたたく音が聞こえる。慌ててすみませんと謝っておいたが、もうすぐ深夜と呼べる時間なだけに、騒ぐのはマズイ。
だがしかし。これは…どうしたらいいんだこの馬鹿は。
「アホじゃないですー!そういうこというほうがアホだって、先生いつもいってるじゃない!」
胸を張ってそんなセリフを吐いたかと思えば、いきなり抱きついてくる始末。
「腰を擦りつけるな!そもそも…何でついてるんだ!」
ごりごりとこすり付けられるモノがなんなのか、身をもって知っている。自分の股間にも同じものがぶら下がってるんだから当然だ。
…こんなにかわいらしい格好をしてくれるなら、せめて女体化してくれればいいものを。
まあ中身がコレだって知ってるから逆に気持ち悪いか…。美人になるのは確実だが。今だって女装してるだけなのに顔だけは違和感がないんだから。
肩を落として溜息をついた俺に、上忍は至極当然とばかりにこう言った。
「え?だってついてないと突っ込めないじゃない?」
 突っ込む…それはつまり…!?
「何にする気なんだアンタは!? 」
こんな格好した野郎になぜ突っ込まれなければならないのか。いや、そもそもなんで俺は野郎に突っ込まれることが常態化した生活を送らなければならなかったのか…。
思い出したら涙が出てきた。俺の平穏な生活を乱したのは…全ての現況はこの頭の中身が心配な上忍だというのに、当の本人は反省なんて欠片も見せず、今でもやりたい放題だ。
あの日、いきなり好きだなんて言い出した上忍の扱いに困って、当たり障りのない返事をしたのがまずかったのか…?
「うふふ!だって、やーっと帰ってきたんですよー?たっぷりいちゃいちゃしなくっちゃ!」
「うぅぅ…!」
 百歩譲っていちゃいちゃとやらはまだいい。だがなぜ…何ゆえ女装を選択したのか理解に苦しむ。
 そもそもこの男にかわいいなんて言った覚えはない。
ということは…何かこの男の勘違いを助長する発言をしてしまっていたんだろうか。
「どーしたんですか?」
「かわいいって、それはいつの話だ?」
 そんな危険なセリフをこの男に言えば、どんな面倒な目に遭うか分かりきっている。それなのにわざわざそんなことを言うなんてことはまずない。
 残された可能性は、この馬鹿な男がなにがしか勘違いしたんだと思うだが…。
「この間、写真館でこのドレス見てたでしょ?一から作るの大変だったんですよー?ほら、俺って背が高いじゃないですか?だからサイズがなくって布から」
 案の定、完全に勘違いだ。というかなんだそれ。帰ってきたばっかりだぞこいつ。
わざわざ忙しい任務の合間に布もって歩いてちくちく縫ったのかこいつは。
「分かった。分かったからとりあえず黙れ!」
 よくもまあ怪我もせずに…ってだからこその上忍か…。もう腹も立たない。呆れはするが。
「じゃ。早速いちゃぱらですね!」
「人の話を聞けー!」
「えー?」
 不満げに唇を尖らせて頬を膨らませても、いい年の男だ。いくら顔が良くても…いや、うう…気のせいだ!
この男が時々頭の中身が空っぽみたいな顔で笑うときにかわいいと思わなくもない自分が恐ろしい。それに最近はそれ以外にも少しずつだが段々この男の奇行に慣らされてきているような…!?
「あ、お揃いのも縫ったから、あとで着て見せてもらいますね!」
「なんでそうなる!?あとせめて同意を得てくれ!反抗予告なのか!?」
「んー?っていうか、愛です!愛!溢れちゃいそうなくらいたーっぷり注いじゃいますから、俺に溺れて…?」
 じりじりと距離をつめてくる男が恐ろしい。こんなときばかり上忍らしく隙がないのも腹が立つ。
「ぎゃー!」
 その後…抵抗空しく、満面の笑みを湛えた上忍の思惑通り恥ずかしい格好を強いられることになったのだが、とりあえず家の中だけで済んだことに安堵した辺り、俺はもう手遅れなのかもしれないと思った。



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