本日も駄犬びより


「またこれか…」
「コレかって言うな!食い物があるだけましだろ!」
煮炊きのできないここでは食事の大半は兵糧丸で、残りも干し肉なんかの日持ちする分、味気ないものに限られる。
確かに俺たち内勤が長期任務にでることなんて稀だが、こんな風にすぐ文句を言うようじゃ問題だ。
食料なんてあるだけマシって状況で幾日も身を潜ませていた事だってある。これだから内勤はなんて言われるようじゃ困るんだ。俺たちだって里を守る忍で、いざというときは体を張って真っ先にアカデミーの生徒を、それから里人を守らなければならないのだから。
「うぅ…肉が食いたい!」
心の底から言っているのはよくわかる。言葉からにじみ出る欲望で、空気が濁りそうなほどだ。自分だってコイツほど切実じゃないにしろ、許されるならラーメンが食いたいとか、風呂に浸りたいとか…それなりの欲望はある。
だが、うっかりそれを口にできない事情があるのだ。
「わがまま言うなって。ここにそんな物資あると思うか?」
ここにあるのはせいぜい持ち運びには便利だが寝心地は悪い薄い毛布と、それから武器位の物だ。
そう、本当なら…それ以外のものがあるはずがない。
「ないよなー…?そうだよなー…でもさ」
「アレには頼むつもりはないぞ」
ちらちらと俺に物欲しげな視線をよこす仲間には悪いが、本来あるべき姿をわざわざ崩す気はない。
「…そうだよな…お前だって耐えてるんだもんな…」
 しょんぼりした顔の同僚に少しだけ心が痛んだが、ここは譲れない。ここを譲ったら…いや、残念ながら時間の問題でもあるのだが。
「しばらく耐えろ。アレがきっとそろそろ…」
溜息交じりの言葉を言い終わる前に、俺の腰には覚えのある硬いものの感触が…!
「ただいまぁ!イルカせんせ!俺ですよね!むしろしゃぶりますか?上の口ですか下の口ですか?それともぉ…この際両方たぁっぷり…!」
「黙れ。飯だ」
「あぁん!も、もっとぉ…!」
 踏みつけると嬉しそうに腹を見せるこの駄犬こそが、全ての元凶だ。里外任務に行くといえば面倒なことになるのは不本意ながらいやというほど思い知っていたから、適当に誤魔化して出立した。
 …思えばそのときから様子がおかしかったんだ。
 普段ならちょっとした任務でも延々と俺にへばりついて鬱陶しいし、そもそもこんなに簡単に任務に出られるわけがない。 案の定、同僚たち中忍ばかりのフォーマンセルで出発するはずだった任務には、いつの間にか駄犬が加えられていた。…それも俺の部下として。
 何らかのろくでもない目的があったのは確実だ。
本当ならそう簡単に任務の割り振りを変えるなんてことはできないはずだが、この駄犬には甘い三代目のことだ。俺と離れたくないとでも騒いで、この任務に無理やり潜り込んだんだろう。そして、出立して早々、駄犬はしっかりやらかしやがったのだ。
「腹が減ったな。そろそろ…」
 休憩を…と続くはずだったその一言に、駄犬は凄まじい速さで反応した。
「はぁい!お待たせしました!間男付きなのは不愉快ですけどぉ…お・出・か・けですもんね!ささ!たぁーっぷり食べてください…!」
 何段なんだか数えるのも面倒くさい重箱一杯に、料亭もかくやとばかりに豪勢な料理が溢れんばかりに詰まっている。
「妙なものは入っていないな?」
「はぁい!愛情とぉ…愛情と愛情たっぷりだけでぇす!」
「そうか。よこせ」
 いつものやり取りを済ませて弁当を手に取った時になってやっと、仲間の食い入るような視線に気付いた。
 俺がものを食っている時に駄犬が凝視してくるのはいつものことだが、仲間からこんな視線を浴びせかけられるなんてどういうことだ?…視線の先にあるものが違っていたが。
「あ、えーっと。食う、よな?」
「「「ありがとう!イルカ!」」」
 同僚は皆俺と同じ中忍で、受付専任のヤツばっかりで…懐具合も俺と同じく、貧しくもない代わりに金持ちでもない。
つまり食い物に金をかけられるほど、余裕のある連中じゃないってことだ。食事中、周囲を威嚇し続ける駄犬が周囲に多大なる迷惑をかけるから、アカデミーならまだしも、受付では今までできる限り距離を取って昼食を済ませていた。
…つまり、俺の昼飯を見たことがあるヤツは殆どおらず、視界に入っても駄犬の方が気になって弁当の中身に気を取られる余裕などなかったんだろう。
適度に飢え、尚且つ見たこともないような美味そうな食い物が目の前にある。理性を簡単に吹っ飛ばした同僚を責められなかった。
 「イルカ先生のなのにぃいい」だのなんだのと騒ぐ駄犬には特別に俺の手ずから飯を食わせてやったら、あっさり黙ったからまあいいとして。
 それ以降、同僚たちは頻繁に飢えを訴えるようになったのだ。…今日のように。
 俺が飯と命じなければ、駄犬はちらちらと顔色を伺うだけで直接食い物を取り出したりはしない。何らかのプレイと勘違いして勝手に興奮するだけだ。粗食に耐えなければならない生活を当然覚悟していた俺と、唐突にめったにないご馳走を食うチャンスに恵まれた同僚との遣り取りは、俺を消耗させた。
「うふふふふふ!お待たせしました!ほうら!お弁当でぇす!」
 同僚たちが背後で息を飲んだのが分かる。今のあいつらには弁当しか見えていないだろう。
「…駄犬。弁当はよこせ。それから…」
 弁当は美味い。美味いものを残すのは勿体無いのでしっかり頂く。だが…気になることがあった。
「はぁい!あーんですね!それともあーんですか?むしろあーんしてくれるんですね!」
「黙れ。…任務はどうなった?」
 今回の任務は薬草の生息地の調査だ。既にかなりの量のサンプルを手に入れたし、駄犬がついてきたおかげでかなり広範囲まで調査できた。
 採取地を記録した地図にも十分な情報が集まったといえるだろう。後は今日駄犬を向かわせた所だけだ。
「はぁい!これとこれとこれと…あ、それからコレは帰ってからちゃぁあんと!ステキなお薬に仕上げますね!あとぉ…こっちも!夏はやっぱりお薬プレイですよね!」
「そうか。勝手に飲む分には止めんが、俺は相手はしてやらん。…よし!これで任務終了だ!」
 変態だが仕事はきっちりする駄犬のおかげで、任務は一応終了した。これで同僚の飢えた視線と戦わなくても済む。
「…そ、そうですね!お薬はそっと盛るものですもんね…!」
 不穏すぎる駄犬の台詞は、あとで踏んでやって聞き出せばいいだろう。
 …駄犬と違って素直に落ち込んでいる同僚たちのケアは…まあ自分たちで何とかしてくれ。俺は駄犬の世話で手一杯だ。
「最後か…」
「美味い…アレがなんだか凄く神々しく思えてきた位に…」
「俺もだ…」
 もそもそと額を寄せ合って嘆きつつ舌鼓を打つという器用な真似をしている同僚たちを尻目に、俺はやっと里に帰れることに安堵したのだった。
 駄犬はどこにいても、いつだって駄犬だと痛感しながら。


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