よいこの教育


先生は本当に変わった人だった。
「んー?止めておいた方がいいじゃないかな?」
先生がそう言ったときはそれに従わないと、大抵後で酷いことになるから、ひょっとすると未来でも見えていたんじゃないだろうか。
 逆に、「そうそう!それが大事なんだ!」なんて言ったことはよく覚えておくようにしていた。後で絶対に役に立つから。
 そうやって、術も戦略も果ては家事までだって、先生は教えてくれた。
 俺の目標を知っていたから。
「本気なんだね?…後悔しないね?」
 何度もそう聞かれたから、きっと俺の夢をかなえることはとても難しいんだろうって分かっていた。
 それでも諦めるつもりなんて欠片もなかったから、先生の多方面に渡る厳しい修行にも耐え、それからあふれんばかりのその知識もほぼ全て吸収した。
 先生が呆れ顔をする位に熱心に、倒れそうになっても揺らがない俺の決意に、やがて先生も折れた。
「そうだね。しょうがないか。…カカシ君。ちゃーんと最初は手順を踏んで、それからお願いするんだよ?」
 噛んで含めるようにそう言ってもらえたときは、自分の夢が認められたんだってそれはもう嬉しかったっけ。
そんな先生にもお嫁さんが来て、「愛ってヤツは厄介だけど、なにより誰より強くなるためにすごーく役に立つからね?」なんて笑うようになって。
俺にも何度も、愛の大切さとか、幸福感とか…とにかく相手を大切にしろって言われた気がする。
そんなの、当たり前なのに。
色々あって、仲間を失って、大切なものを守ることは恐ろしい程難しいのだと知ってからも、それでも先生は俺のことを心配していた。
昔ほどは言わなくなったけど、それでも何度も繰り返し俺に言ってたっけ。
「いいかい?ちゃーんと最初は告白から。それからいい返事を貰うまで、絶対にオイタしないようにね?」
 それなりに経験をつんで、今更オイタなんて言われ方をするのに違和感はすごかったけど、先生が本当に必死な顔で言うからうなずいた。
 …先生が、あのおぞましい獣に連れて行かれる少し前、突然先生から呼び出された。
「カカシ君。あのね?」
 穏やかに笑っているのに、どこか寂しそうな表情で、先生がどこか遠くに行ってしまいそうな気がして怖かったのを覚えている。
「先生。なにかあったんですか?」
 不安に思ってもとっくの疾うに上忍になっていた俺には、先生の前で取り乱すなんてみっともないまねは出来なくて。
…でもあの時俺が止めていれば、先生は…いや、きっと分かっていたんだ。自分の未来を。
 だからこそ、いきなりあんなことを言ったんだろう。
…まるで予言みたいに。
「あのね?やっぱりもう一度言っておくけど、オイタは駄目だからね?カカシ君はちゃんと強くなったけど、それだけじゃね?あ、それから未来で出会う君の大切な人にお手紙を出しておいたから、いつかソレを二人で一緒に読む日が来たら、ちゃんと僕の言ったことを思い出してね?」
 切々と訴えかけるような言い方はまるで遺言にも似て、不安は拭い切れなかったけどうなずいた。
「はい!」
 短い返事に何故か先生は諦めたようにうなずいて、それから頭を撫でてくれた。
 先生に撫でられるのは照れくさくて、それから…思い人を思い出して少し寂しくなったけれど、ゆっくりと確かめるようなそれを留める気にもなれなくて。
 結局随分と長い間撫でられたから開放された。
 止めのように「絶対だからねー!」なんて言われて。

*****

「それなのにアンタあのざまですか」
きっと俺を睨みつけてため息を吐いた人をまぶしく思う。
オイタは駄目だよなんて言われても、でもやっぱり見つけてしまえば我慢できなくて。
 いやでもオイタじゃないし!ちょっと見つかったのが嬉しくてはしゃいじゃったけど、ちゃんと好きって所から始めたし!
「好きなんだもん。しょうがないでしょ?」
 そう訴えると頭を抱えて呻いている。そんな所もやっぱりかわいくて愛おしい。
「まあいいです。四代目からの頼みですし。アンタほっといたら危なそうだし、それに…」
「それに?」
 先生から頼まれたからって言い方はちょっとカチンときた。先生が余計な手紙なんか出すからこんなことになったんだ。
 続きが気になる。もしかして先生はまだ余計な言葉を残してやいないだろうか。
 じぃっと見つめる俺に気づいて、大切な大切な俺の伴侶は笑ってくれた。
「アンタ、もう俺のみたいですから」
 相変わらず男前だ。そんな所も好きだ。…ずっとずっと小さいころからこの人だけが欲しかった。
「うん!だからちゃーんと大切にしてね?」
 全部言わなくてもすぐに分かってくれたらしい。優しい手が、俺の頭を撫でてくれた。
「オイタは、駄目ですよ?」
 先生にあれほど言われたときはうんざりしていた言葉も、恋人から聞くと心地良い。
 特にテレながら言われたり何かしたら我慢なんて出来る訳がない。
「ん…オイタじゃなくて、愛の儀式ですから」
 唇を奪われて目を白黒させている。
 …先生の手紙への報復は後で考えよう。過去に飛ぶことより、今の方が大切だ。
「あ…ん…っ!」
 甘い鳴き声にたまらなく興奮する。少しずつ赤く染まっていく肌に今日も沢山の痕を残して、それから意識が飛ぶくらい気持ちよくしてあげないと。
 なにせこの人は俺の唯一なのだから。
「ちゃーんと大切にしてるもんね?」
 答えより続きを求めて足を絡めてきた恋人にそう囁いて、意味も分からずに身を震わせる姿に、余計なことを考えるのを放棄した。
 かわいい人。
俺だけの大切な。
 簡単じゃなかったけど手に入れた幸せに、やっぱり先生は未来が見えていたのかもしれないなぁなんて思った。


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