出会いの秋?

「眠いの?」
「は…?」
見知らぬ男に声を掛けられたのは戦場でのことだ。
眠いも何もこれだけ血を流せば立っているのがきついだけだ。
地に横たわり、こんな時にも平等に青く澄み切った空に輝く太陽を見上げて、少しずつ弱くなっていく己の鼓動を感じている。
だが救援を待つ…という訳でもない。戦況からして捨て駒にされたであろうことは、残念ながら理解出来てしまった。
後は…情報の流出を避けるためにさっさと自分にケリをつけるか、それともいっそ敵が近づいてきたら巻き添え狙いで自爆でもしてやろうかと思っていた。
それを言うも事欠いて眠いのかとは…この男はよほどの阿呆なのだろうか。
霞み始めた視界に、秋の高い空を切り取るように黒い影が覆いかぶさっている。
男の顔は見えない。
己の目が物を写すのを止めようとしているせいじゃなく、男は体に張り付くよう黒い服を白い防具で覆って、顔には獣をかたどった面をつけているからだ。
「あん、ぶ…?」
そうか。俺を含め、この戦場の正規部隊は恐らく全滅したが、最後の最後で屠った敵は…恐らく敵の頭だった。
この物言いは、ソレの回収ついでに、見たくもないモノを見つけてしまったからだろうか。
確かに自分ならゴメンだ。死に掛けの男が転がっているのを見るなんて。
どうせ見るならもっと綺麗な物がいい。男に遮られている青く美しいこの空のように。
「ねぇ。もしかして、死にそう?」
見て分かれ。
そういってやりたいのは山々だったが、言葉通り、俺の体はそろそろ生きているとは言い切れない状況になりつつある。
…意鍛えるまで処理…認識票以外を灰に返すのは待って欲しいが、期待はできないかもしれない。なにせ相手は暗部だ。逆に止めを刺すように一瞬で終わらせてくれるコトに期待したほうがいいだろう。
痛みが、遠のく。
まだ秋口で寒いとまでは言えない気温のはずだが、這い上がるような寒気は全身を包み込み、吐息すら凍りつかせそうなほどだ。
だが、まあ。
恐らくこの任務が成功に終わったんだろうから、よしとしよう。
死にたい訳ではなかったが、現状を理解できないほど馬鹿でもない。
忍として身に着けた全てが、ここで終わりなのだと教えてくれている。
「んー?どうしよ…ま、いっか。きっとばれないよね!」
閉ざしかけた視界で、何かが動いて…冷え切った身体に温かい何かが触れた。
「あ…?」
「あーあ。こんなに冷えちゃって…ま、でも安心してよ。目が覚めたら嫌ってほど熱くしてあげるから」
今際の際に耳にするにあまりにも明るい声に異議を唱えることすら出来ず、走馬灯も先にいってしまった両親や仲間を思い浮かべることも出来ずに、ただ自分を抱きしめてくれた暗部の行動への不審だけ感じながら、意識を手放した。
*****
今更だが、本当にコイツは暗部なんだろうか?
「あー!だめじゃない!取っちゃ!」
「…なんでリボンなんだ。何で名札なんだ。なんで…なんで俺の名前が勝手にドルフィンちゃんになってるんだ…!?」
結論から言うと、コイツはやっぱり変人だった。
…そして残念なコトに変態でもある。
「だって、他に名前書いとくトコないから。それに昔の名前くっつけてたら、また任務に連れてかれて死んじゃうかもしれないじゃない!ま、刺青でもいいんだけど。ああいっそ術印でもいいかなー?でも、折角そのままでかわいいんだから、そんなのいらないでしょ?」
意味が、分からない。
「だから、そもそもここはどこなんですか…」
装備なんて…面すらもすっかり取り去ってしまった男とここで過すのもきっともう3日以上経つ。意識が戻る前にもここにいたのだとしたら、へたすると1週間どころじゃすまないかもしれない。
せっせと手当てしてくれた男のおかげと言っていいのか、全身に散らばっていた傷口は大分ふさがり、痛みも殆ど感じなくなった。
…だからといってこの暴挙を許せそうにはないのだが。
とりあえず、家から出られない上に隙を見せると俺を飾り立てようとする男の意図が分からなかった。
「えー?いいじゃない。もう外なんか行かなくても。ここが天国だと思えば」
俺の知る天国には無駄に鍛え上げられて見た目ばっかり天使みたいにイイ男はいない。
今だって任務帰りに風呂でも入ったのか、下半身に適当にバスタオルを巻きつけたまま、俺にすりついてきているが、間違っても天使はこんな風に寂しがり屋の猫みたいなマネはしないだろう。
確かに外見はキラキラしてる。だが、頭の中はネジが一本どころじゃなく外れまくりだ。
「三代目にお会いしたいので、ここから出して下さい」
「ヤダ」
「ヤダじゃねぇ!」
一事が万事この調子だ。
階級に遠慮して一応敬語を使ってはみたが、この有様にすぐに取り繕うのも面倒くさくなった。最近ではすっかりその辺の配慮はボロボロだ。
「だって、とりあげられちゃったらどうするの?」
あの日見上げた空のように、真っ直ぐで曇りの無い瞳で、男はとんでもないことを主張する。
…拾われてから、ずっと。
「取り上げるも何も、俺はアンタの犬じゃねぇ!」
ああ…あの日から一生懸命生きてきて、忍になって、あまり強くはなくともそれなりの任務をこなせるようになって、それなのに気付けば拾われた犬みたいな扱いを受けている。
怪我人だというのに勝手に寝床にもぐりこんできて、俺を抱きこんで眠りさえするのだ。この男は。
かわいいかわいいとひとしきり騒いで、まるで初めて犬を飼った子どものように。
悲しいというべきか空しいというべきか…。
だが吐き出しかけた重く濁った溜息を俺は飲み込むコトになった。
「犬?犬だ何て誰が言ったの!ちょっと殺してくる!」
子どもっぽい物言いにそぐわない凄まじい殺気。
あからさまに本気だと分かったので、すくみ上がる体を叱咤して男を捕らえた。
「だー!?待て!どうしてそうなる!」
…そもそもこの男に監禁…だな。この状況を客観的に見れば。…こうなってから、俺は一歩も外に出られていないのに、誰にそんな呼ばれ方をすると言うんだろう。
暗部なんだから強いんだろうに、頭の方は相当アレだ。悲しいほどアレだ。
白痴美人って、こういうのを言うんだろうか?
そんな明後日なことさえ思い浮かべつつ、暗部というだけあって異常に力が強い男を押さえ込もうとした。
だが…気付けば逆に抱き込まれていたんだが。
「だって、俺の恋人だもん!そんな酷いこと言うのは生きてること後悔させてくるから安心してね?」
「できるかー!」
ぎゅうぎゅう俺を抱きしめて、しかも小首をかしげてちょっと誇らしげに言われても、安心所か不安しか感じない。
だれかなんとかしてくれと叫んでも、聞いているのは目の前の原因だけというのが悲しい。
「元気になったし…そろそろ…」
そろりと男の手が俺の背から下に下りていく。
「お、おい!?なんだ!?」
揉まれた。一般的に同性にこんな行為をされることなどありえないはずの所を。
…見目麗しい美少年って訳でもないから、うっかりだと思いたい。
人肌に慣らされて、気付かないフリをしていた心の隙間に入り込まれて、失いたくないなんて思い始めている。
そんな自分の弱さをこの男ならその馬鹿さ加減で埋めてくれそうで恐ろしい。こんな風に触れられて…ある意味都合がいいかもしれない、想像もしていなかった関係になる可能性に気付いてしまった。
…全部、勘違いだと思いたい。もし男も俺を置いていったらどうしたらいい?これ以上、戻れなくなるのはごめんだというのに。
だが、淡い期待はあっさり裏切られた。
「ちゅーくらいはしてもいーい?」
顔のいい男は、口を尖らせても恐ろしく綺麗で腹が立つ。
…期待してたのと違って、一瞬ガッカリする自分に気付かないフリをして、いつも通り男の脳天に拳を振り下ろしてやった。
「ふざけんなー!」
「いったー!…ま、まだダメ…?…先は長そうだねぇ?」
しょぼくれる男の意図は読みきれないが、ある意味告白じみた馬鹿馬鹿しい展開に、なぜか安堵を感じている自分もいる。
「とりあえず…朝飯が先です!」
「はぁい!今日はがんばったんですよー!」
いそいそと食事の仕度をする男を眺めながら、とりあえず…とりあえずあと少しだけこの男に付き合うしかないんだろうと思った。

これがまあ…三代目がペットを飼い始めたと噂になったうちの馬鹿を心配して遊びに来て、俺が発見されるまでの話だ。
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ペーパー再録。

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