扇風機の前に陣取って、風呂上りの火照った体を冷やしていたら、後から入ったくせにもう風呂から上がったらしい男がすっと近寄ってきた。
「ね、きもちい?」
一見すると無邪気にさえ見える笑顔だが、瞳の奥に見える色が違っていた。
ちらつくモノは…見間違え出なければ欲望だ。それも分かりやすい程に方向が明らかな。
…何を考えてるのか知らないが、その悪戯を思いついたばかりのアカデミー生みたいな顔からすると、多分碌なことじゃないだろう。
「まあ。それなりに」
「ふぅん」
 視線も合わせずにそっけない返事をしてやったんだが、懲りた様子はない。
 吹き付ける風に当たって涼んでいるのに、男は構わずに背中にぺったり張り付いてきた。
見目の良さは損所そこらの女よりずっと優れていて、性別を問わず惹きつけられてしまうだろう容姿ではあるが、その中身を知っているだけに素直に眼福だと楽しんでばかりもいられない。
 最初に見たときは余りに整った顔に驚いたものだが、今は別の意味で胸が騒ぐ。
 するりと腹に、胸に、その白い腕が巻きついた。耳元に寄せられた頭のせいで、そのぴんぴんと逆立つ髪が項をくすぐっている。
 …折角汗みずくになった身体を風呂で洗い流してさっぱりした所なのに、どうやら落ち着いて寛ぐのは難しそうだ。
 近すぎる距離と先ほどから向けられる視線。
…男の意図が透けて見えたが、それが当たっているとは限らない。
 この男の気まぐれは、いつだって俺の想像の外だからだ。
「場所、代わりましょうか?」
男の不埒な気配を無視し、なんでもない風を装って、扇風機に手を伸ばした。
本当なら立ち上がって男に場所を譲り、距離を取ってしまいた所だ。
だが身じろぎしただけでその力を強めた腕が、俺を離してくれるとは思えない。せめて風の向きだけでも男の頭に向ければ少しは違うだろうと踏んだのだが。
 俺の手を男が押しとどめ、耳を食みながら囁いた。
「扇いでくれるの?」
そっちか。それならまあ付き合ってやってもいい。
囁かれた言葉に感じた僅かな落胆を、気のせいだと思うコトにした。
…時折激しくなるスキンシップに、そういう行為を期待…いや、予想して、肩透かしを食ったことは今までだってある。
それならそれでと油断すると、唐突に行為が始まって、きっちり最後まで頂かれてしまうので、俺の反応をどこまでこの男がわかっているのかは疑問なのだが。
クーラーも掛かっていて、扇風機という文明の利器もあるというのに、わざわざ手で扇がせようという辺り、やはり何か企んでいるような気がするが、単に甘えたいだけなのかもしれない。
「途中でやめちゃってもいいんなら」
 考えるのが面倒になってしまった。それにどうせすぐに飽きるだろうと踏んでうちわを手にとると、やっと背中からはがれた男はにんまりと笑った。

*****

忍といえど、この暑さには流石にまいっていたが、クーラーの入った部屋で、わざわざこんな風にうちわで扇ぐ意味はあるんだろうか?
しかもぴったり俺の膝になついていたら、涼んでいる意味なんてないんじゃないかと思う。
「んー…きもちいい」
 だがうっとりと目を細め、ベッドの上で寛ぐ姿は確かに気持ち良さそうだ。
うちわで扇ぐ位たいしたことじゃないから、もうちょっとそのままにしてやってもイイんだが、もう結構な時間仰いでいるし、外もすっかり闇の中だ。
「もう、寝ますよ。ほら布団入って」
 愛撫じみたじゃれ付きに中途半端に煽られた熱も大分散った。このまま眠るのはそう難しいことじゃないだろう。未だ燻る物がないわけじゃなかったとしても。
 小さな苛立ちも眠ってしまえば忘れられる…はずだ。
 耳を引っ張って、膝の上の頭をどかすように催促した。ちょっと乱暴な扱いだがいつものことだ。放っておけばいつまででも俺の上で寛がれかねない。
「そうね。もう、いいかな?」
「へ?…んんっ!?」
 膝から降ろしたはずの頭が、俺を見下ろしている。ついでに、その顔が近づいてきて俺の口をふさいだ。
 熱く、ねっとりと絡みつくソレに息さえ奪い取られそうだ。
「夏だし、隙だらけだし、すぐやっちゃおうかなぁって迷ったんだけど、イルカ先生、焦らすとかわいくなるから」
勝手なことを!とか、だから唐突に懐いてくるのにそのまま寝ちゃったりするのかアンタは!とか罵声に近い思考が俺の頭を支配したが、中断されていた間篭っていた熱が出口を見つけて暴れだしているのも事実で。
…要するに、巧みな口づけに蕩かされて、怒鳴りつけることすら一瞬忘れた。
そして、その一瞬がいつだって結果を決めるのだ。
「あ、…え…?」
「浴衣っていいよね。すぐできるし全部脱がさなくてもいいし、それにエロいし」
人の股の間に居座った挙句に、足を担ぎ上げながらシミジミと語るような内容じゃないはずだが、うっかり納得してしまいそうなほど真剣に言われると、確かにそうかもしれないと思わされてしまうのが不思議だ。
 …というか、男が着るとなんでも卑猥に見えるのは、俺の瞳もすっかり歪んでしまったからだろうか?
 慣らされた体は条件反射のように男の愛撫を受け入れ、背に手を回し縋っていた。
 実験でもするみたいに悪戯に手を滑らせ、体をひくつかせるのを楽しげに見ている。
 我が物顔で押し入った指に押し広げられたソコが、物欲しげにその指を締め付けてしまう。それなのに、男はくすくすと笑うばかりだ。
「かわい…扇風機でもエロい顔してたけど、やっぱり違うね…?ふふ…」 
どっちがエロいんだと思ったが、その前にここまできてまだ焦らす気らしい男に腹が立った。
「離せ…!もう…!」
 生殺しにされるくらいならさっさと自分で散らすか、術でも何でも使って眠ったほうがマシだ。そう思って睨みつけて男に取られた足で、男の手を振り払うように暴れた。…涙が滲んでいるのが情けないと思ったが、黙って遊ばれるなんてのは、性に合わなかったんだ。
 それでも男の手ははずれはしなかったのだが。…なぜか唐突に剣呑な視線をよこされた。
 多少分が悪くても売られた喧嘩を買ってやるつもりで、一歩も退かずに睨み返した。
「…ごめん。もうだめ」
「なっ…いっ…!あぁっ」
 一気に貫かれた。痛みも勿論あったが、衝撃で足が震える。ソレなのに慣らされた体は、そんな強引な行為にさえ快感を拾った。
 ようやく与えられた刺激に勃ち上がっていた前は涙を零し、持ち主の意思などまるで無視して勝手に悦んでいる。
「いっつもそうやって誘うんだから…!覚悟、して」
「なにが…っ!?ふぁっ…っあ、…っ!」
 何か言ってやるつもりだったが、ガツガツと穿たれて揺さぶられて、すぐに頭が真っ白になって…達しても達しても俺を貪るのを止めない男に流されるように、俺も行為に溺れた。

*****

「だって、悔しかったんだもん」
 ソレが人を散々啼かせて腰だって使い物にならなくした男の弁だ。
「なにがどこがなんで」
 もっと罵るとか怒鳴るとかしたいんだが、体に響くのでベッドに転がっていることしかできない。
 悔しいのはこっちだ。結局またこの男の手管にしてやられた感が否めない。
「だって…イルカ先生があんまりエロいから、いつもも我慢できないし、それなのに俺から誘っても絶対に靡かないだもん!」
「はぁ?」
 唇を尖らせて文句を言い募る男の話によると、不自然な接触以外にも、どうやら扇いで欲しいって辺りでも誘っていたつもりらしい。…男の愛読書の悪影響だろうか?
確かにあんな風に無防備な所を見せつけられればその気になる男もいるだろうが、それよりも俺にだけ素顔で寛いでくれるのなら、ソレを守りたいと思って何が悪い。
「アンタ誘い方が分かりにくいんですよ…」
 誘ってるのかと思うと、突拍子もない行動に出る。
男の行動をそうとっていたが、お互い焦れていたのは同じだった様だ。
「…イルカ先生の誘い方が上手過ぎるだけでしょ?…まあいいけど、我慢は体に悪いしやりすぎちゃうし、焦らすのも楽しいけど、やっぱり思いっきりしたいもんね?」
 勝手な結論を導き出して、こんな時だけ爽やかに笑って見せる男が、それでも可愛いと思うんだから、腹の立つ話だ。
「ちょっとこっち」
 手招きするときょとんとした顔をした後、素直に寄って来るのを抱き込んで、口付けてやった。
「…っ!な、なにすんの!もう出来ないくせに!…ああもう!なんなのもう!」
顔を真っ赤にしてきゃあきゃあ騒ぐのに、ちょっとだけ溜飲が下がった。
「アンタも、誘うってならこれくらいのことしてみやがれ!」
啖呵を切ってやったんだが、多分これは諸刃の剣だ。
「アンタも…誘ったんだから覚悟してよね!」
そういうなり覆いかぶさってきた男の好きにさせながら、これが惚れた弱みってヤツなんだだろうかと思った。

夏、馬鹿みたいに暑い日の馬鹿みたいな話。…まあ幸せだからいいってことにしといてくれ。


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