「お祝いしましょうね?」 ああ、どうしてこんなにもこの人の笑顔は恐ろしいんだろう。 逃げたい。もうどこにも逃げられないのだと分かっていても。 冷たい手が頬に触れる。圧し掛かる体温はどこか遠くて、触れ合う肌の感触すら他人事のように感じている。 何か術でもかけられたんだろうか。限界ならとっくの当に来ているから、そのせいだろうか。 「殺すんですか?」 ぽつりと零れた言葉が、自分の放ったものだということすら、しばらく気づけなかった。 だがそれに酷く納得した。 そうだ。この人はきっと俺を殺すつもりなんだ。 冷たい空気と殺気めいたものを纏いながら、こんなにも鋭い視線を向けてくるこの人なら、やりかねない。 なぜなんて聞くことすら思い浮かばなかった。 こうして息をしていることすら不思議に思うほど、この人は絶対者だった。 「殺しませんよ?」 どうしてそんなもったいないことをしなきゃいけないんですか?これからいっぱいあなたを味わって、もう二度とここから出さないつもりなのに。 そんな酷いことを言う口は、穏やかな笑みをたたえていて、狂気というものは恐ろしく静かにやってくるものだと知った。 捕らえられたままただ息をしていることを、生きるというと思っているんだろうか。この人は。 思ってるんだろうな。だからこうして、俺を。 「嫌です」 拒絶の言葉が届くとは思っていなかったが、黙って組み敷かれているのはどうにも受け入れがたかった。 手足は、自由にならない。それを不思議だと思うがどうにかしようと思う気は少しずつ薄れている。 静かな恐怖はひたひたと足元に忍び寄っているのに、それに抗うこともできやしない。 俺はおかしい。それが分かっているのにどうしても動けなかった。 「なんですか。聞き分けのない。イルカ先生は教師でしょ?わがまま言わないで」 悪戯小僧だった自分をしかる母は、そういえばこんな口調だっただろうか。もっと激しかったような気がする。木の葉の女は代々強い人が多いから。 「我侭はどっちなんですか」 これから何をされるか想像はつく。 それを望んだ覚えも、望まれた覚えもないのに、この人は不思議な人だ。 何を言い出すかと思ったら…この人の方がずっと子どものようだ。 素直に強請ることもできないんだろうか。 ほしいなら、ほしいといえばよかったのに。 「…ま、俺だね?んー?幻術耐性低いって聞いてたのに、予想外」 洗脳は難しいかなぁ。 抱きしめられながら囁かれる言葉は最低なのに、どうしてかこの人が少しかわいそうに思えてきた。 「俺、きょうたんじょうび、です」 「そうですね。ま、だから浚ったんだけど。俺のモノなのに他のに触られるのって嫌じゃないですか」 そうか。俺はこの人のモノだったのか。 とてもそうは思えないのに、この人がこんなにも欲しがっているから。 なら、いいか。 …でも、それならちゃんと欲しいといってくれなきゃわからないじゃないか。 「俺が、欲しいですか」 「欲しい、です。ああアンタどうしてそんなまっすぐな目でみるの?瞳術かけてるのに」 「そっちこそ、どうしてそんな泣きそうな顔してるんですか」 ああ、思った事が全部口にでるのか。言ったつもりはなかったのに。 くしゃりと顔を歪めて縋りつく男の背に、手を回した。 「すき。だってすきなんだもん」 馬鹿な人。変わった人。…まあ、なんでもいいか。 この腕の中で震えているイキモノを、欲しいと思ってしまったんだから。 「そうですか。じゃあ…その気持ちごと全部アンタを貰いますね?」 それだけ言えたのが奇跡だったと思う。 どんどんと白くなっていく視界に飲まれて、意識は薄れていった。 ***** 「あ?れ?」 「おはようございます」 同じ布団に上忍。知り合いとはいえ上忍。それも全裸。 なんだこの状況!ありえねぇ! 「わー!?えー!?うお!もう朝!?」 もうすぐ出勤時間であることと、この異常な状況のどっちを処理すればいいのか、大混乱に陥った俺を、裸のままの男が抱きしめる。 あれ?この感触、どこかで。 「朝です。それから俺は返却不可ですから」 「はぁ」 なにがなんだかさっぱりわからないが、この人が嬉しそうだと安心する。 なんだろう。泣き顔はもう見たくないって…そもそもこの人の泣き顔どころか、ここまで素顔をじっくりみたことなんてなかったような気がするのに。 「いいんです。ちゃーんとこれから分かってもらいますから」 「そ、そうですか?」 「飯、用意できてますから、食べてからいってらっしゃい」 「え!ありがとうございます!」 なんていい人なんだ!もしかしなくても俺がよっぱらったかなんかで迷惑かけたんだな…。今度お詫びをしなくては。 記憶がさっぱりないことも含めてきっちりと。 「あ、早く服着て?」 「はい!」 「帰りは迎えに行くから待っててね?」 「はい!え!?」 そうだな。お詫びをするならちょうどいいかもしれない。給料も出たばっかりだし、今日は俺のおごりでたらふく食ってもらおう。 大慌てでしたくして、大慌てで予想外に美味い飯を食って、そのまま見知らぬ家を飛び出した。 「いってらっしゃい」 送り出すときに言ってくれたその言葉に胸があったかくなる。 「へへ!…今日もいちんちがんばんぞー!」 そうして妙に気合を入れながら出勤した俺は、帰りに宣言どおり迎えに来た男にキスされた挙句、家に上がりこまれて住み着かれる羽目になったんだが。 なぜだかそれが当たり前のような気がしている自分のほうが恐ろしい。 「来年はちゃんとお祝いしますね?」なんてしきりに言う男の意図はわからない。さっぱりわからないんだが。 「今度こそちゃんとお祝いしてください」と言ってしまう自分のほうが分からない。 うーん。俺はどうかしちまったんだろうか。俺より図体のでかい、稼ぎも多いこの男が、かわいく見えるなんて。 今日も今日とて居座る上忍が作った飯を食い、一緒の布団に潜り込む。 布団は別に敷いてるってのにやたらくっついてくるのが不思議なんだが、どうにも突き放せないのだ。 「もうちょっと、我慢します」 「はぁ。そうですか」 我慢なんかしてないだろうというのは諦めた。 なんかすごく必死な顔してるんだもんなぁ。つくづく変わった人だ。 「俺の誕生日、楽しみです」 妙にしみじみというから、忘れないように祝ってあげないとと思っただけなのに。 「あー九月?でしたっけ」 「イルカ先生知ってたの!」 「ええ、まあ」 何でこんなに食いついて来るんだ? 「そっか!楽しみにしてますね!」 楽しそうだし、これはちゃんとお祝いしなくちゃな。 お祝い…そういえば俺の誕生日…この人に何か貰ったような…? 「うぅ…おやすみなさい」 だめだ、ねむい。 そういえばこんなことが前にも。 「おやすみなさい。お誕生日に一番欲しいモノを貰ったら、いっぱいたくさんしましょうね?」 寝る間際に聞こえた訳のわからない台詞は、夢だったんだろうと思うことにしておいた。 ******************************************************************************** 適当。 五月一杯(`ФωФ') カッ!祝う(`ФωФ') カッ! ご意見ご感想お気軽にどうぞー |