「好きなの?」 「えーっとその。温泉卵がですか?」 温泉宿でゆっくりと休暇をすごし、さてこれから飯だって時になって、見知らぬ男がいきなり話しかけてきた。 温泉卵をちょうど割った時に声をかけてくるから驚いた。 いや好きなのは俺もだし譲るつもりもないんだけど! 何なんだこの人。…ってそもそもここは個室というか、俺の取ってる宿なんだが。 「変質者…?」 思わず零した呟きに、男は首を横に振ることで答えた。 「え?いいえ違います」 真顔で違うと言われても、他に表現しようがないというか、お前が言うなといっても大丈夫なもんだろうか。 「じゃあ出てって頂けませんか?ここは俺の部屋ですんで。温泉卵ならすぐそこの売店でも売ってますよ」 不審感を押し殺し、極力刺激しないように追い出そうと試みた。 が…その笑顔はなんだ。なんでそんなに嬉しそうなんだ。 「そうですか!じゃ、お土産に買って帰りましょーね?」 馴れ馴れしい他人ほど恐怖を覚えるものはない。 かといってそれを表に出せば…なんでだろうな。この人。行動がおかしいってだけじゃなくて、妙に空恐ろしいというか。 会話は成立していないとはいえ、穏やかに微笑んでいて無害そうに見えんだが、不思議と刺激するとなにをするかわからないとさえ思えてしまうのだ。 「えーっとですね。それはご自由にしてくださって大丈夫だと思うんですが」 いいから俺の問いに答えろ。出てってくれって言ってるだろうが! そう叫ぶことをためらわせたのはその奇妙な恐怖感からだ。 早くしないと飯が冷める。これを食べたらみやげ物屋でよさそうなものを物色して、それからもう一度温泉につかると決めているのに。 「え?いいんですか?イルカ先生の部屋、狭いでしょ?」 「はぁ!?」 狭い呼ばわりも腹が立つが、コイツを俺は知らない。それがなんだって名前を呼ぶなんて真似ができるんだ。 クナイに手を伸ばし、臨戦態勢を取る。 名前が割れている以上、このすっとぼけた態度すら態とだとしか考えられない。 「あ、ごめんなさい!失言でした!…その、二人だと狭いですから俺の部屋に移りませんかって言いたくて」 「へ?二人?」 何言ってんだこいつって、俺は多分あからさまに顔に出していたと思う。 見知らぬ侵入者と同じ部屋って何の拷問だ。 「あれ?聞いてませんか?明日まで休暇申請だしてますよね?それを今週一杯ここに滞在してもらって、俺と一緒に任務をこなしてもらうはずなんですが」 「へ?」 「おっかしいなぁ?ま、俺としても骨休めできるし、イルカ先生と一緒ならって引き受けたんですが…」 任務。任務といったかこの男は。 それはつまりこの人は忍で、しかも多分高確率で知り合いだ。親しげな口調からして間違いない。 …それでアンタ誰だなんて聞く勇気は流石に持てなかった。 「式が途中で事故ったのか…!?」 それが届いていれば同行者が誰なのかなんてすぐにわかったはずなのに。 「あらら。ま、それなら詳細は俺から説明しますから…とりあえず、一緒にご飯食べましょ?」 「あ、えっと。はい」 マイペースな人だ。少々胡散臭さは拭えないが、そののんびりした口調で話されるとどうも警戒しているのが馬鹿らしくなる。 …細かいことは後で良いか。 「おいしそ。たのしみですねー?」 対面に座り込んだ見知らぬ同胞とともに、俺はとりあえず飯を食うことにしたのだった。 …覆面忍者はちゃんと常に覆面つけててくれよと叫び、覆面なんてしてたらキスもできないじゃないなんていわれる羽目になるのは、それからすぐ後の話。 ********************************************************************************* 適当。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |