軽い気持ちでした約束だった。 危険な任務の多い中忍以上の忍で、身寄りがない連中なら、大抵似たような相手は作っておくものだ。 いざというときに動いてくれる相手を。 もしもの事があれば自室に仕込んだ武器や巻物の処分先を知っていれば後の処理が楽だし、生きて帰れても負傷していれば入院時に自室から着替えなり身の回りの物なりを用意してくれる人間が必要だからな。 買ってなんとかすることもできるが、弱ったときに一人でいるのは堪えるもんだ。できれば誰かにそばにいてもらいたいと思うのは当たり前だと思う。前もって自室のトラップの解除法なんかも教えあって、家具家電からエロ本の処分までを請け負いあうそんな相手が、長いこと俺にはいなかった。 というかだな。三代目が色々と気を遣ってくださってたのと、教え子に複雑な事情があるせいで簡単に決められなかったというか。なにせ相当信頼してなければ難しいからな。 内勤がメインとはいえ、任務があればいつでも拝命するのは変わらない。 多少の不安と情けなさとを、実は自分で気付かないうちに燻らせていたのかもしれない。 顔は笑みを形作って入るのにも拘らず、どこか寂しさを貼り付けたようなうすっぺらいそれに、同情したってのもある。 それに俺よりもずっとこの人の方が切実だ。いつぞやは自分忍犬に手助けして貰ったが看護師に怒られたとか、忙しい後輩に助けてもらったが散々文句を言われただけならいいが、一部のトチ狂った連中に襲われかけたとか、果ては自称ライバルに押しかけられて大怪我を押して勝負をしなければならなくなったりと、中々苦労が多かったらしい。 そんなわけで、俺も酒の勢いもあってか、男の申し出を承知したのだ。 「ホントに?いいの?」 怯えた子どものように縋りつかれて、極僅かな迷いは一瞬で吹っ飛んだ。 「もちろんです。ただその、俺はずぼらなのとそうたいした物を持っていないので、あいつに残してやるものがちょこっとあるくらいですが」 「リストにしましょう。俺のも」 「えーっと。後は家の構造なんかもですよね。ここじゃあれだから俺の家でいいですか?」 「そうしましょう。ぜひ」 そうしてトントン拍子に話は進み、酔っ払ったまま俺んちで雑魚寝をした日から、俺たちは互いの保証人のようなものになったわけだ。 …そして今、それを猛烈に後悔している。 「アンタは!一体何回入院する気なんだ!」 「面目次第もございません…」 「今までこんなに入院してなかっただろうが!もっと気をつけて下さいよ!」 病室で怒鳴るのが良くないことなんて俺だって分かっている。だが毎度毎度式が来る度に内臓がひっくり返るような思いをしてるんだぞこっちは。 それなのにこの上忍ときたら俺が遊びにきたみたいにへらへらにこにこ…!もうちょっとしゃっきりしろってんだ! 今までももちろん入院したことがない訳じゃない。この人のこなす任務はほぼ高ランクのみで占められ、Sランクが連続なんてこともザラだ。 でもなぁ。俺と契約してからその回数がとんでもなく跳ね上がるってのはどういうことなんだ! 「…んー。その、つい」 「何が?なんかあんのか!とっとときりきり白状しやがれ!」 「うっ!だってイルカ先生が心配してくれるんだもん。俺、一人じゃないんだなぁって。里に帰ると迎えに来てくれるし」 「ま、まあそうですが」 「だからほら、隠さなくてもいいかなぁって」 「はぁ?」 呆然とする俺にぽつりぽつりと語ることには、どうやら今までは相当派手にやっちまったとき以外はこっそり黙って治していたらしい。だがこの度俺という便利な中忍、本人は信頼できる相手というが、あえてこう呼ばせてもらう。とにかく、こうして見舞いに来る人間を得て、気が緩んだのだと主張しやがったのだ。 「アンタは…こっちがどれだけ心配してると思ってるんだ…!」 「…うん。ごめんなさい」 素直に謝るあたりは評価できるが、今までの無茶っぷりも許せん。甘えるにしたってちゃんと事情を説明してくれれば、ここまで心配しないで済んだ。てっきり目の調子が悪いんじゃないかとか、何か重篤な病気に罹ったんじゃとか、そりゃもう日々鬱々と悩んでいたというのにこれだ。 「家に帰って誰もいないのがねー…ちょっと堪えちゃって。ここで倒れたら一緒にいられるかもーって、もしかしたら思ってたかもしれないです」 縋るようにぎゅうっと手を握る男の瞳は酷く虚ろで、だから俺は。 「うっし。わかった。アンタ俺んちに越してきなさい。荷物は当座必要なモンだけで運びますから。いいですね?」 「え!でも!」 「いいですね?返事は?」 「は、はい!」 「俺のうちに帰ってくりゃあいいんだから、気合入れて怪我しないようにしなさい。ぶっ倒れるのもな!」 「はい!」 知り合いの家にこの間生まれたばかりの子犬のように勢いよく飛びついてきた男は、その結果傷を悪化させ、入院期間は数日の延長を必要とした。 そして我が家に上忍がやってきてからたった数日で、最後を看取って欲しいだの遺産は好きなようにしてくれていいだのと、的外れな口説き文句を喚き散らして泣き出したのをぶんなぐり、恋人同士なんてものになったのは…。 多分この男があまりにも必死なくせに、ちょっと馬鹿だったせいだと俺は思っている。 ちなみにこの契約を交わした時点で、俺たちが同姓婚をしたという噂が気付かぬうちに随分大きくなっていたらしい。 同僚に恐る恐る付き合い始めたと伝えたとき、今更かよと怒鳴られる羽目になったが、上忍が最近怪我したらイルカ先生に触れないとか頭の悪いことをいいつつも、負傷率が格段に落ちたので、ちょっと耳を引っ張るだけで済ませておいた。 ******************************************************************************** 適当。 ぜっふちょう ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |