夜、己を包み込む暗闇はいつも通りだが、夏の夜特有の生暖かい空気は肺を澱ませている。 木々の合間に身を潜ませ、闇に溶けながら、だが例えようもない程の違和感が自分を支配していた。 いつも通りのはずだ。 額宛を与えられた時からずっと、この闇の中に生きてきた。 己がイキモノであることさえ忘れるほどに、気配を、意識を殺し、ひたすら目的を…与えられた任務をこなすことだけを考える。 それが当たり前だった。他の生き方があるということなど考えもしなかった。 だから、当然。今こうしていることに疑問など持ちようもなかったはずなのに。 …以前はこうじゃなかった。暑さも、虫の声も、耳に届きはしても、留まることはなく、感じるのはターゲットの気配だけ。 ことりことりと規則的に波打つその命の源を、一瞬で止める。 そのためだけに何時間も、時には何日もその身を闇に浸した。 自分が研ぎ澄まされた最高級の武器であることを、何の感慨もなく受け入れていた。 だが、今は。 虫の音に縁側で俺に微笑むあの人を思い出し、この蒸し暑い空気にすら、あの人と過ごした夜を感じてぞくぞくする。 帰りたいなんて。 昔は少しも頭に浮かびさえしなかったのに。 帰還は次の任務に立つためのものでしかなかったのに。 …今は、違う。 瞳を閉ざし、気配を探りながら…思い出すのは温かい体温と、力強い意思を宿したあの瞳、それに誰彼となく人を引き付けるその微笑み…あの人のことばかり考えている。 任務に立つ前に触れた体の熱さも、「ご武運を」とだけ言って、切なげな瞳をそっと伏せたのも、この借り物の瞳で写し取ったかのように鮮明だ。 「帰りたい、か…」 今ここにいるのは任務を果たすためだ。 …それはつまり、忍としてあるために当然なことであるはずだ。 だが、ここは俺の居場所ではなくなった。 やさしいひと。俺はきっと泣かせてばかりいる。 共にある事はきっとあの人にとって苦痛ばかりであるというのに、それでもいつだって力強いその微笑で俺を支えてくれる。 上忍だからって容赦なく叱るし、抱きしめてくれる。 「待ってますから」 そう言って俺の全てを支配する強すぎる思いをくれる。 だから。 闇に身を浸すのは、それが当たり前だからじゃない。 …愛しい人の下に帰るためだからだ。 「矛盾してるねぇ?」 くすりと笑う声すら吸い取るような闇の中にあって、眩しすぎるあの人を思う。 帰るために。 例えそのためにどんな犠牲を払おうと構わない。 こんなにもここにあることに違和感を感じるのに、当たり前のように闇に溶けていた頃よりずっと、俺は強くなっただろう。 この飢餓感に近い執着は、闇よりもずっと強く俺を支配するから。 よく出来た機械のように任務をこなしてきた日々よりも、今の方が命汚くなった。這ってでもあの人に下に帰りたいと思うようになった。 「早く、帰ろ」 自分の居場所に。 もどかしい時を過しながら、あの人が待ってくれているだろうことに、胸が軋むほど嬉しいと思った。 ********************************************************************************* 適当ー! ねむいー! ではではー!なにかしらつっこみだのご感想だの御気軽にどうぞー! |