はぴばれ!(適当)


 バレンタインといえばチョコの日だ。受付でもたっぷり用意されたそれは申し訳程度のリボンのついたつつましいサイズのものだが、ほとんどの忍が喜んでもらっていく。もちろん既製品だ。忍の身でおいそれと手作りのものを口にするような輩はいない。
 いやまあ一度手作りと言うか、五代目特製…というよりも五代目の調合した、見るからに怪しげな薬物が混入された代物を配らされたこともあったんだが、その後の被害が甚大だったからな…。
 チャクラの保ちが異常に良くなる代わりに興奮が治まらないなんてもはや毒といっていいだろう。その日不運にもチョコを受け取った上に、例年通りの既製品と勘違いして素直に口にした忍たちは、こぞって不眠と収まらない興奮に苦しみ、嵐のごとく押し寄せる大量の苦情で受付の機能が停止しかけた。
 その後の対応もまた酷かった。訪れる端から五代目が細かく聞き取りして採血してデータを取り、流れるように拳で眠らせて怪我は速攻治療するなんていう恐ろしい対処法を目の当たりにして、放っておけるはずもなくて、慌てて止めたんだ。止めたんだが、お前も被検体にされたいのかいなんてものすごい勢いで凄まれて、その上さくっと受付から叩き出されて終わったからな…。あの後何があったのか、脳天にくらった拳の威力に負けて意識を手放したせいで未だに知らないんだよな。せめてもの抵抗として、意識を取り戻してから必死で懇願した甲斐があったのか、今年は普通の市販品だ。
 去年の悲劇が繰り返されたら溜まったもんじゃない。あれはまさに地獄絵図だった。うっかりおやつに一個拝借した同僚も大変なことになってたもんなぁ。治療された翌日も虚ろな目でチョコを見せると怯えてたくらいだ。俺も腹は減ってたから一歩間違えれば危なかった。流石に職場で配ってるモノには手を出さないに決まってるが、貰ったものを横流ししてくる甘いものが嫌いな…しかもチョコのことを殊更嫌っている知り合いがいるからな。
 その癖この時期になると里で一番といっていいほどにチョコの匂いを漂わせる男。…はたけカカシだ。  毎年毎年大量のチョコらしきものを抱えているのを羨ましく思いつつ、こっそり様子を伺っていた。だってな。でかい手提げ袋何個も一杯になるくらいチョコ持ち歩いてたんだぞ?それどうするんだろうと思うだろ?今思えばそのまま放って置けばよかったんだよなぁ。
 だがあるときたまたまチョコの日に焼却炉の掃除当番をしていたら、そこで貰ったものを焼却するというからもったいないと呟いたのが運の尽きで、きちんと毒物薬物術その他の判別を行ったモノたちが、俺の口に納まることになったわけだ。
 そうして選別されたチョコの数は決して多くはなく、せいぜい数個といった程度だった。ほとんどが有名だと大騒ぎしていたチョコレート職人の手になるもので、おそらくその数個であってさえ目ん玉が飛び出るお値段であることは確実だ。俺でも十分消費できる量ではあったが、逆にそれだけの量、異物が混ざりこんだものを贈られると知って、憐憫の情に狩られたというかだな。
 本当ならそんなあつかましい真似はできないから断るつもりだったのに、普段から丸めている背をさらに小さく小さく縮こめて、チョコが正直匂うだけでも怖いのと呟くのを見てしまえば、かわいそうで見ていられなかったんだよ。うっかり事情も知らずに燃やすなんてもったいないと力説した後だっただけあって、もったいないよねなんていいながらさらにしょぼくれていくんだぞ?びしょぬれにされた犬みたいに。
 …まあ、俺でよければと言ってしまった言葉は死ぬほど後悔したけどな。口にしてしまった言葉はなかったことにできない。男としても同胞としても、それから人としても。
 そうして、俺とかの上忍の間には、決して口外できない秘密ができてしまった。事情はどうあれ、あつかましくも他人あ様のチョコの上前を跳ねてる訳だからな。おまけにとびっきりの本命チョコぞろいだ。口にするのも恐れ多い。…それにこれがバレたら恨まれるなんてもんじゃないだろうって事実も俺を普段異常に慎重にさせた。
 今年も来るのかな。来るんだろうな。サクラのだけは我慢して食べてちゃんとお礼も言ってたみたいだが、それ以外は…本当にぞっとするほどの量を毎年押し付けられてるもんな。バレンタインの翌日になってからこっそり俺の家に持ち込まれた、他人への愛が篭ったチョコはたいそう美味かった。味だけは、だが。とにかく自分の撒いた種とはいえ、心情的には女性の真心を裏切っているわけで、ダメージが大きい。
 せいぜい生徒からの義理チョコくらいの俺からすると羨ましいような気もしていたあの頃が懐かしく思える。なにせ実情を知ってしまうととてもじゃないがそんなこと、口が裂けても言えないからな。
 同じ里の仲間なのに、狂い死にしかけるほどの薬も混ざっていた。燃やすのを手伝ったときに、匂いを嗅ぐなと言われて気づいたんだが、アレだけの高温で燃やしても効力を残すようなチョコって、どれだけ媚薬つっこんだんだよ!普通に死ぬだろ!
 それとも元暗部相手だとあの量で妥当なんだろうか。俺も階級にしては薬物耐性をつけてる方だが、あんなもん食ったら多分死ぬ。速攻死ぬ。興奮しすぎて股間の前に心臓がはじけちまうだろう。どうかしてる。
「あ、イルカ先生」
 噂をすればだな。珍しい。この日は逃げ回ることにしていると言った通り、大体山を成すチョコと数個の安全だというチョコを分けて俺のところに持ってくるのはバレンタインの翌日が多かった。
 なんかちょっと顔色が悪いような気がする。緊張でもしているのか、妙に動きがぎこちない。やっぱり警戒してんのかな。受付のピークは疾うに過ぎたとはいえ、ほとんど人が絶えるのはもう少し後になるだろう。ひそやかに、だが確実に視線を集める男にとっては、恐怖でしかないに違いない。
「こんばんは。カカシさん。あのーチョコ、いります?」
 本当に心の底から止められるなら止めたいと思っている。だがそうも行かないのが宮仕えというヤツだ。…不快にさせるのは申し訳ないが、これも規則だ。綱手様がチョコがらみでなにか賭けでもしているらしく、受付に入った担当者は、確実にチョコを勧めるよう指示されてしまっている。かわいそうだよな。本当は見るのも嫌なんだろうに。目をしょぼつかせてもそもそとしんどそうにサクラのチョコを食ってるのをみたときは、思わず酒奢って慰めちまったもんな。しきりにすまながるのがまた哀れを誘ったっけ。庇護欲をそそる上忍なんて初めてだ。
「ありがと」
 どんなに嫌な顔をされても平気でいられるよう覚悟は決めていた。むしろ慰めることしか頭になかった。だから差し出したものの下げる準備はしていても、まさか受け取られるとは思っても見なかったから拍子抜けしたなんてもんじゃなかった。
「どどどど!どうしたんですか!無理しなくていいんですよ!?」
「いーのいーの。ね、イルカ先生。お仕事はいつ終わるの?」
 くるりと首をかしげる少女のようなかわいらしい仕草は、とても凄腕の上忍には見えない。この人のこういうところが危険なんだよな。里の外で変態親父とかに狙われそうだ。
 なんだかなぁ。俺の目の届くところにいるときくらいは守ってあげなきゃって思うよな。特に今日みたいな恐ろしい日には。
「もうちょっとです!」
「そ?じゃ、待ってます」
 ちょこんと受付のソファに腰掛けるのはいつものことだが、今日は駄目だろう今日は。なにせどこにいたってチョコが追いかけてくる日だ。また死んだ目をしたこの人をみたくなんかない。今だって顔色が…妙に赤いな?まさか熱でもあるんじゃないだろうな?とにかくここに放置するのは危険だ。
「…待ちなさい。ええと。どっかの店…でもだめだな。ああ俺ん家!わかりますよね?はい鍵。散らかってますが勝手に適当に使っていいのでお茶の場所もわかりますよね?」
「え!い、いの?」
 何怯えた顔してんだこの人は?いいに決まってんだろう。外に放っぽり出したらどんな酷い目にあうかわからないのに。
 この人を守れる機会は少なくて、だからこそできることは全力でがんばりたい。
「いいからほら、急いで。俺が帰るまで外でちゃ駄目ですよ?」
「りょーかい」
 よしよし。素直だ。今日は残業せずに帰ろう。なんかしら食料はあったはずだが、二人分、それも慰めるには些か心もとない。魚好きだし、適当に見繕って帰ろう。作ってる間の腹塞ぎにすぐに食べられるものも買って帰らないと。
「気をつけて帰るんですよー」
「はーい」
 文字通り風のように姿を消したのに満足して席に戻ると、隣に座る同僚が痙攣していた。
「え?お、おい?どうした?」
 まさか最近流行っているタチの悪い風邪でももらったかと駆け寄ってみれば、いきなり胸倉をつかまれた。なにすんだ。おい。
「…イルカ。お前チョコ他に誰かに配ったか?」
「へ?いやだってさっき交代したばっかりじゃねぇか。カカシさんだけだろ」
「ならいい。頼む。俺からの一生のお願いだ!今すぐ帰れ!」
「は?いや何言ってんだ。交代いないから手伝ってくれってお前今朝…」
 そもそも今日はもしかしてカカシさんの避難所にならなきゃいけなくなるかもってのが頭の片隅にあったから、アカデミーの授業が終わったらそのまま帰宅予定だったんだ。それをこいつがシフトが薄くて不安だからっていきなり俺に頼んできたのに。
 まあシフトが一人ってのは時間帯をみると不安になるのもわからなくはなかったし、カカシさんが姿を現さなかったからうまいこと隠れられたんだろうと引き受けたんだけどな。
 明らかに真っ青で震えている同僚を捨て置けるはずがない。普段ならわざわざ応援を頼んだりすることのないヤツなのに、俺を呼んだのは、体調不良もあったんだろう。
「いいから!帰ってくれ!頼む…!俺はまだ死にたくない!」
「わかった。病院行こうな?交代…俺が残ったら駄目なんだよな?今スズメ先生とあとは…」
「いいから!本当に頼む!帰ってくれ!」
 こりゃだめだな。埒があかない。担いで連れて行くのは簡単だが、ここを完全に空っぽいにするわけにもいかない。どうするか。
「お?うみの?…おお?どうしたソイツは」
 いいタイミングで救いの神が!綱手様ならコイツの風邪も一発で治してくれるはずだ!家に帰すのは確定にしろ、綱手様が座っていてくれれば、応援を呼ぶ時間くらいは稼げるだろう。
「すみません綱手様!こいつがいきなり震えだして…!治療を!」
「まかせときな。それでお前はなぜここにいるんだ?」
「え?ああ今日はこっちの手伝いに…」
「お前も働き詰めだろうが。免疫力落ちたのがうろうろして感染が広がっても困るし帰んな。コイツは私が治すし、もうすぐシズネも来るからね。家に帰ったら手洗いとうがい忘れんじゃないよ!」
「は、はい!ですが!せめて応援の式を!」
「…お前、本当に仕事が好きだね。まあ好きにしな。お前は帰るんだよ。…ああ、ちょうどいい。お前は感染してないってことがはっきりするまで出勤は許さん」
「ええ!?でも!」
「ほら、帰れ!明日は休みな!発熱したらすぐ呼ぶんだよ!いいね!」
 …文字通りつまみ出された。首根っこつかまれてぽいっと放り出されただけでこんなにも遠くに飛ばされるって、どれだけの力を込めたんだろう。前回よりはるかにマシな扱いだが、心へのダメージは前回の比じゃない気がする。俺、多分綱手様より重いしデカイし男なんだが。年齢も見た目だけならあっちのが若くみえるしな。
 なんとなく敗北感に苛まれつつ、追い出された職場に戻れるはずもないから商店街に足を向けた。感染とか言われちまうと不安で、そういえばと懐に仕舞いこんであった最近配られた使い捨てマスクとかいう代物を取り出してつけてはみたものの、本当にこれだけでなんとかなるんだろうか。綱手様が感染対策とやらをしてくださっているらしいから大丈夫だと思いたいんだが。
「…さっさと買い物済まそう」
 もし俺も感染してたら、あの人に接触しない方がいいだろう。今のところ火影岩まで走り出して叫びたいほど元気だけどな!
 とぼとぼと歩く俺の背後で大丈夫です!大丈夫ですから!ぎゃー!とかいう悲鳴が聞こえてきた。…綱手様の治療は確実に治るけど恐ろしく乱暴なんだよな。基本的に治ればいいと思ってるから、ちょっと位乱暴でも適当でもいいってことらしい。
 明日はわが身という言葉が脳内を踊って、ぞっとした。
 帰ろう。飯は食わなきゃいけないから本当にとっとと買い物を済ませよう。
 ちょっとだけ目から水分がこぼれたのは、気のせいだってことにしたかった。

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適当。
ばれんたいん1。

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