「ねぇねぇイルカ先生、チョコ美味しい?」 「おう!もちろんだ!ありがとな!」 この時期の調理実習は毎年恒例チョコレートだ。薬物混入前提ってのが深く考えると薄ら寒くもなるが、チョコレートそのものだけじゃなく、混入する薬物の分解にも気をつけなきゃいけないから、温度管理や手順なんかが重要になる。 あくまで知識としては知っているが、この時期の調理実習室はくノ一の秘伝を伝達する場でもあるから、ガッチガチの結界に固められていて、男は前を通るだけでも寒気を感じるともっぱらの評判だ。 斯く言う俺も、この時期だけはあの部屋の前を決して通らないようにしている。新任のとき、蒸発させすぎた薬物が漂ってるのにあたって、しばらく寝込んだことがあるからだ。 安心して食べられるのは、こうしてチョコレートの性質の基礎だけを学んでいる幼年クラスからもらう物くらいで、残りは大抵…そりゃもう恐ろしい薬物がたっぷり盛られた見た目だけは美しいシロモノばかりだからな。 「えへへ!イルカせんせーにチョコ上げちゃった!きゃー!」 「上手にできてたぞー!」 走って転げそうになりながら逃げて行くくノ一のたまごを微笑ましく思いつつ、本命にも喜んでもらえるといいなぁなんてことを考えていた時のことだ。 「イルカ先生」 「へ?うお!なにやってんですか!カカシさん!」 どんよりと暗い影を纏った男は、確かに顔見知りであるはずだが、人相が普段とは変わっている。 まず唯一見えている目の下に濃厚なクマが張り付いていて、その目も充血して淀んでいる。漂う気配はまるで凄惨な任務の後チャクラ切れでも起こしたときのように気迫で、しかも声まで地を這うように低い。 なにがあったんだ。任務なのか。 不安にかられて駆け寄った俺の手には、いつの間にかかわいらしい桃色の箱が載せられていた。 「今日、ですよね?」 「へ?あ。ああそうですね。おすそ分けですか?」 上忍からおすそ分けってだけでもちょっと恐ろしいのに、この人のなんか絶対に危ないだろう。モテるし、有望株だし、花嫁候補が勢い余って媚薬だけじゃなく洗脳薬でも混ぜ込んでたらとんだとばっちりだ。 「いいえ。これはアンタに」 「へ?そ、そうですか。えーっと。俺も…お!あったあった!はいどうぞ!」 ギリチョコだったのか。この人は胡散臭い外見にそぐわず、意外と義理堅い人だもんな。これから本命に渡しに行くのに律儀にも俺へのチョコを渡してからにしようとでも考えて、焦ってたのかもしれんな。 慌ててこっちも用意しておいた一口チョコを渡しておいた。味はそこそこだがこういうもんは気は心ってヤツだし、どうひっくり返ったってこの人の財力に俺が敵う日は来ない。ここんとこ毎年のように仲間内でも男女問わずギリチョコを交換するのが流行っていて、さっきも似たようなものをもらったばかりだ。 この人も多分渡すって行為自体が大事なんであって、そもそもが甘い物が得意じゃないからな。野郎同士でチョコレート交換って言うのも中々アレだが、人懐っこいこの人には楽しいのかもしれないし。 「…いいの?これ。貰って」 「ええどうぞ。あ。これ一応ビターなんで、甘すぎないといいんですが…」 俺にチョコを寄越すのは野郎が多い。あとは食堂や商店街のおばちゃんだ。となると甘い物好きの方が少なくて、毎年俺のお勧めチョコはぶーぶー言われるから、今年は甘さ控えめの物を選んだんだよな。この人にも渡すことになったんだから、ある意味大正解だったといえよう。 なかなかやるな。俺。 「貰うよ?それに貰ってくれたよね?」 「え?ええどうぞ?見たことないチョコですけど美味そうですね!ありがとうございます!」 ちっちゃいけど高いってのがチョコレートの常だから、きっとこのチョコレートも飛びっきり高くて美味いに違いない。 ほくほくしながら礼を言うと、不穏な気配を残したままの男は覆面越しでもはっきりと分かるほどにんまりと笑って見せた。 「…後でね?」 「へ?ああそうですね。受付で!」 報告書、まだ書いてなかったんだなぁ。あれだけ疲れてそうなのにわざわざチョコなんかのために…いい人だ。 後でこのチョコも食べてお礼と感想も言わないと。 そんな風にして、意外とチョコの日も悪くないもんだと暢気に思っていた俺は、迎えに来た男の手によって、チョコレートよりずっと簡単に蕩かされてぺろりと食われてしまったんだが…。 告白の証を食べちゃったんだから責任とってくださいといわれれば、なんとなくそんな気がしてきてしまうから不思議なもんだ。 と、言うわけで、俺には今チョコを切っ掛けにでいた恋人がいるんだが…。 「もう一生。アンタは俺以外からチョコ食ったらだめですからね?」 そう凄む姿が意外とかわいらしく思えるから、まあやっぱりチョコの日ってのは悪くないものなのかも知れん。 ******************************************************************************** 適当。 のんびり中忍は盛られた薬物に気付く前にぺろっと食われちゃったとかなんとか。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |