うみのひ(適当)



「海に行きたい」
唐突にそう言い出した男は、ここ数ヶ月里を空けていた。
内勤の俺でさえ任務詰めで、目が回るほど忙しいんだから、腕のいい上忍で名も売れているこの男ならそりゃもう依頼は引きも切らないだろう。
一応恋人という立場に収まっている身としては心配もするし多少の寂しさもあったが、だからこそ、休みを取れなんてことは言えなかった。
そんなの無理だってわかってんだよ。こっちも。
体調を崩しでもしたら首に縄をつけて里長の前で腹を切ってでも直談判しただろうが、無理はするが無茶はしない男は、程ほどに疲れ果てて帰って来ては、十分とは到底言いがたいがそこそこに回復して里を発つことを繰り返していた。
まあ、その。…やることはやってたしな。というかやり倒されることも多かった。家に帰るなり勝手に入り込んだ上にベッドの上に陣取っていた男に引っ張りこまれて飯も食わずに朝までなんてこともあったくらいだ。
ストレス発散の道具にすんなと怒鳴りつけてやりたい所だったが、名前を呼んではそりゃもう嬉しそうに腰を振ってむしゃぶりついてくるのが哀れというか。
何をそこまで必死になるのかとこっちが戸惑った。
逃げも隠れもしないし、帰れるのなら連絡の一つも寄越してくれれば、多少のもてなしもできるものを、帰還が決まって真っ先にした事が俺の家に潜入することと、風呂に入る…のはまあ当然だが、汚いといやだろうと思ってちゃんと洗っておきましたと胸を張られた日には眩暈がした。
そうして抵抗しそびれているうちにこっちも久々の交歓に我を忘れ、ついでに体力も根こそぎ奪われたせいで文句をいう余力などなくなっていたわけだ。
で、明日というか、今日の仕事は休めただろうかと身動きさえままならぬ体で、必死で頭に予定を思い浮かべていたときには、とっくに男の手により休ませますという断言にちかい電話を勝手に済まされていた。
挙句これで独り占めだと騒ぎ、風呂に入れてくれたのは有難いがついでに盛られてもう無理だと言ったところで止まるはずなく、こっちも散々煽られて止まれずに、あっさり陥落した己の体を呪いながらせっせと淫行に励み、風呂に入っても洗った先から突っ込まれて出されたら意味がないと文句を言えたのは、散々やってぐったりしてからで、独り占めと宣言された通りに、そりゃもう何もかもを抱え込まれたままこなす羽目になったのだ。
そもそもが、ある日突然トチ狂った男の手により、同性から告白と同時に押し倒されるという自分の人生にもっとも縁遠いと思っていた展開から始まっており、その執着ぶりは凄まじく、常軌を逸した行動は、一時火影預かりで監禁しようかと真剣に議論されるほどの酷さだった。
もちろん男が里に大人しく捕まってくれるはずもないので、俺がもらえたのは洗脳には気をつけろという投げやりにもほどがある言葉と、この男に限っては、いくら抵抗しても上忍に対する反逆罪には問わないというお墨付きだけだった。
しかもその頃にはあまりに必死で愛を請うイキモノにすっかり情が湧いていたのでなし崩しにというか、その。
…この男には死ぬほど女が寄ってきていたというのに、何をまかり間違って俺なんかを選んだものか不思議だと改めて思ったもんだ。
そして今日も、当然のことながら足腰が立たない。
トイレに行くのだって苦労しそうだってのに、海?
俺の怪訝な表情に気付いてか、男はとびっきりの笑顔のままで、滔滔と海の素晴らしさとやらを語りだした。
「今回の任務はね、海辺だったんですよ。来る日も来る日も鬱陶しいのが来るから叩きのめして、依頼人も適当に煙に巻いてとっとと帰れる算段して、そうやって疲れたら海を見ていたんです」
「そうですか」
任務内容は…この程度を口にする程度ならギリギリか。この人には写輪眼という二つ名があるから、上に知られたら確実にマズい類の機密だが、そこを突っ込んだところで無駄だろう。
だがまあ帰りたいのはよく分かる。消耗戦を強いられるタイプの任務は、肉体もだがなにより精神が磨耗するから。
「海はねー。綺麗なんですよ?いつ見ても。日が出てると青くキラキラ光ってて、夜は深い深い闇色で、何もかも飲み込んでしまいそうな色だし、朝はじわじわ紫になっていって、赤く染まって、それからまた青くなるんです」
子どもみたいだなと思う。手八丁口八丁で交渉事を有利に進めるのが得意で、言葉巧みにというのがまさにぴったりなほど口が上手いのに、こういう自分の思ったことを表現するのがとてつもなくへたくそだ。
そこが可愛いと思うのが、恋のなせる業なのかどうか。
「海…遠いですけど、いけるといいですね」
幾度となく繰り返したぼんやりとした希望に過ぎないと思っていた。
だから曖昧で、だが希望を持たせた応えにしたつもりだ。
「海はね。凄いんですよ。だからアナタのことばかり思い出してました」
「は?」
意味がわからない。この男は頭の回転がよすぎるせいか、それとも育った環境のせいか、こうして脈略のない話をする事がよくあったんだが、今回は普段庭をかけてわかりにくい。
「何でも受け入れて、いろんな表情があって、いつもそこにあるんです」
だから、アナタみたいで、でもアナタじゃないから寂しかった。
そういって擦り寄ってきたのを、呆けたまま受け入れた。
ええと、なんだ、その。要はこれは惚気か。それも当の本人である俺への。
なんて恥ずかしいことをと思ってもいえるはずがない。
かといって顔に凄まじい速さで血が上っていくのを止められもしなかった。
「かわいー。もうね。イルカせんせのことばっかり考えてたから、最後の方には海見ては勃起してましたよー大変でした」
「ばっ!なっ!アンタ何考えて…!」
二の句が継げずに罵ることも出来ずにいたら、ご機嫌な男はぎゅうぎゅうと抱きついたままぼそりと耳元で呟いた。
「海はアナタなので、アナタに包まれてアナタの中でイけたら最高だなって」
だから、海に行きましょうね?
凄絶な艶を滲ませて覆いかぶさってくる男には、色々と言い聞かせてやらねばならない。
…終わってから。
何せ俺ももう止まれそうにないから。
キスが降ってきて、噛み付くようにそれを返して、それからはもう目くるめく時間を過ごした。
妙な所でひねくれて我侭で、欲望には素直な恋人との相性は、どうやら最高であるらしい。


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適当。
あついよう
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