受付にて(適当)


「痛いのは好きじゃないんでしょ?」
そう言って男が差し出したのは、何故か薄甘い匂いのする液体で。
やたらと機嫌良さげなその態度に身震いした。
…訳が分からない。
男の奇行には、このところ頭を抱えてはいたのだ。
ある日突然、深夜受付をしている俺の元に、男はやってきた。
見ず知らずの相手でも受付なら笑う。
営業スマイルってもんは大事だし、そもそも任務をこなしてきた仲間をねぎらうのは当たり前だ。
だから男が報告書を差し出してきたのを受け取って、普段通りに微笑んだ。
「お疲れ様です」
…普通の台詞だ。奇をてらったわけでも、ぞんざいにいったわけでもない。
それなのに、男は俺にいきなりとんでもないことを言い出した。
「ねぇ。アンタのこと、めちゃくちゃにしたいんだけど」
穏やかな声に不釣合いな内容に、とっさに身構えたのは当然だと思う。
…それが、男の奇行の始まりだった。
驚いてとっさに応えられたのは、「仕事中なので困ります。痛いのは嫌いですし、そもそもそんなことされる理由が分かりません」なんて甚だ中途半端なもので、上忍である男にとっては鼻で笑われそうな内容ではあったかもしれない。
「ふぅん?」
そう言って男が視界から消えてくれるまでの時間は、恐ろしく長く感じた。
それから、男は俺が深夜受付に入るたびに、やってくるようになった。
差し出す紙切れには高ランク任務をあっさり片付けたなんて中身ばかりで、だが囁く男の言葉は相変わらずで。
「笑ってるの?また。…そんなに俺にぐちゃぐちゃにされたい?」
…そんな台詞に凍りつくのはある意味日課になりかけていたのだ。
任務帰りで気のたった忍相手に殴られる位のことはあるにはあったが、男は別格だ。
ほんの気まぐれで殺されかねないだけの実力差は素直に恐ろしい。
とはいえ流石に実行に移されることはなかったし、一言でも「されたくないです!」とでもいえば「そ?」なんて言っていなくなってくれるので、ある意味油断していたともいえる。
からかわれているだけだと思い始めていたんだ。
それがまさか本気で、しかもここまでわけのわからない行動をとるなんて予想し切れなかっただけで。
甘い香りのそれがなんなのか、検討がつくのがいやだ。
「…未使用の支給品は返却してください。それから任務でもないのにそういったものを使うのは…」
歯切れは悪い。そりゃそうだ。
なんだって同じ性別の男から、媚薬なんてものをちらつかされなきゃならないんだ。
「んー?だってこれ効果そんなにないし。痛いの嫌じゃないの?」
「痛いの以前に痛くなる可能性のある行為自体が嫌といいますか…!」
冷や汗で水溜りが出来そうだ。
会話が通じないってのがここまで恐ろしいことだとは思わなかった。
「んー?ま。諦めてよ。そのうち飽きるかなって思ったんだけど、やっぱり欲しいし、ぐちゃぐちゃにしちゃいたいし、なんだかもう我慢できそうにないんだよね」
さらっとめちゃくちゃなこといいやがった。こいつ。
「我慢してください。アナタなら他にいくらでも相手がいるでしょうが…」
必死で言い募る俺に、剣呑な視線は注がれ続ける。
逃げるべきか。それとも。
「いらないもの貰ってもしょうがないでしょ?欲しいもの諦めるのって嫌いだし」
…これは、まずい。逃げるにしても逃げ切れる気がしない。
淡々としている男の声音に本気を見て、総毛だった。
変わった人だと思ってはいたが、なにがどうなって俺にここまで執着するのかさっぱりだ。
「なんだって俺なんかに…!?」
その呟きに男が微笑んだ。
「だって、アンタいい声で鳴きそうだし、反応もかわいいし、なんかさわり心地よさそうだし」
全部下方面か。つまりこいつは真性の変態なのか。
「硬いです。声も反応も普通です」
退路は男にふさがれている。窓から逃げるにしても分が悪いにも程がある。
「ま、諦めてよ。好きになっちゃったんだもん」
「は?」
諦めろと好きになったのつながりが分からない。
…とりあえず好きなんてのは初耳だ。
「…普通は口説くのが先でそんなもんもってきたりはしません。諦めろってなら、普通は断られたほうが諦めるんであって、告白もされてないのに…!」
このとき、問答無用で断っておけばよかったのかもしれない。
男が、笑った。
「あ、そーなの?じゃ。…好き。付き合って下さい。そっちの腕にも自信はあるから最高に気持ちよくしてあげる。それに…他の男でも女でも、アンタに触ったら殺しちゃう自信あるから諦めてよ」
そんなめちゃくちゃな台詞に呆然と立ちすくんでいる間に、男はさっさと行動を開始していた。
「ってことで、よろしくね?」
勝手に人の唇を奪った男の笑顔だけは、天使のように美しかった。
*****
…それから、男は毎日のように受付にやってきた。
「ねぇ。好きなんだけど。縛りたいなー?あと好きっていって?つきあって?」
めちゃくちゃな言い分はいまだに理解できない。
だが。男の瞳が、俺だけを移すその瞳が、分かり安すぎるほどに愛を囁くから。
「…とりあえず、お友達からなら」
言葉の割りにちゃんと待てができるようだし。
そう思って諦め半分に許可を出してやった。
「ホント!じゃ、今日からよろしくね!」
…で、今にも尻尾があったら振り出しそうなほどに喜んだ男にまんまと押し倒されるなんて、やっぱり予想しきれなかったんだが、なんだかんだと宣言どおり気持ちイイ上に、表現方法は大分おかしいが、俺への執着振りがなんというか…必死で。
気づけばすっかり馬鹿ップルなんてものになっていた。らしい。
「なんでこうなったんだかなぁ…」
最近良くそう呟く俺に、男はいつだって満面の笑みを浮かべて答えてくれる。
「んー?俺の愛ってやつのおかげでしょ?」

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適当。
ねむいので。
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