月明かりは密やかに(適当)



「月が綺麗ですね」
口説き文句かと思ったかもしれない。
それを言ったのがこの人じゃなければ。だけど。
「そうですね」
たしかに食われそうなほど大きな月だ。
そういえば、受付所でも待機所でも、月見がどうのと言ってた連中がいたっけ。
そんなこととは関係なくちょっとした自己満足のためにこの人を捕まえてしまった。
…他に予定があったかもしれないのに。
モテモテだもんねぇ。この人。
俺とはどこまでも違いすぎる人だ。
名前目当ての女がよってくることはあっても、心の底から心配してくれる奴らなんて極少数だ。
「へへ!カカシさんと一緒でよかったなぁ!」
「そーですね。俺も嬉しいです」
今一緒にいるのは、すごく下らない理由だ。
寂しいだの寒くなってきたからだの言い募り、本当の理由は決して口にせずに誘い出した。
一緒に食う飯は美味くて、幸せで。
…全部曖昧にぼかして、たまにでいいからこうして過ごしてもらえたら、それでいいと思えた。
誕生日なんて気にしたことなかったんだけどねぇ。
お祝いーなんてガキ共が構われてるのを見て、大人げなく嫉妬した。
生まれてきてありがとうって、すごい言葉だと思うのよ。俺は。
そんなこと、誰にも言われた事がない。
というか、そもそも祝われたのってホンのガキの頃だけだし。それに戦争が始まって先生も忙しくなってから、そうなると任務先でいつの間にか過ぎてしまってから気付くことの方が多かった。
みんなそんなもんだ。多分。特に俺と同年代の忍は。
でも、この人なら。
この人なら教えればきっと祝ってくれる。それも盛大に、一生懸命になって。
ま、流石にそんな勇気はなかった。
俺みたいなのに惚れられてるだけでかわいそうなのに、わざわざ更に面倒ごとを増やすことはないでしょ。
「…そ、それでですね。あの。えーっと」
「はい?」
あーなんだこれかっわいいんだけど。照れてる?何に?
思いは純情なはずなのに、体はどこまでも即物的で言うことを聞かせるのも一苦労だ。
…浚って帰ってめちゃくちゃにしたくなるじゃないの。我慢するって決めたはずなのに。
「俺んちで!月見!あとその!忘れてらっしゃるかもしれないんですが、誕生日!」
「え!」
うそ。何で知ってるの?いや知っててもおかしくはないんだけど。だってこの人事務方の仕事すごい量やってるらしいから。
気に留めてくれたんだ。それだけで嬉しい。
「あ、やっぱり、その、ご予定が?」
「ないないないないない。一切ないです。行きましょう行きましょう!」
普通なら引くほど上がりこむ気まんまんの俺に、ホッとしたように笑ってくれた。
これから死ぬほど辛い我慢大会になるだろう。
でも、こんな日にこうして側で笑っててもらえるなんて最高でしょ?
「へへ!よかった!」
「その、ありがとうございます」
舞い上がるあまり全速力で駆け出しそうな足を抑えながら、ゆっくりと歩き出した。
月あかりは俺の動揺なんて知らずに密やかに降り注ぎ、照らされている人はまぶしすぎるほどに輝いて見えた。


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適当。
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