「起きたの?」 「カカシさん…?」 どこか儚く微笑むのは最愛のひと。 痛みを感じるってことは、まだ生きてるんだろう。 …きっと悲しませてしまった。 優しく頬を撫でる手にもっと甘えていたいのに、逃げるようにすっとはなれていった。 「じゃ、もういいかな?」 「待って!どこへ行くんですか!?」 嫌な予感がする。 この人のこんな顔は…今までも時々見たことがある。 疲れきって、諦めたような…。でも、それはいつも一瞬で隠されて。 それなのに、今は…何かを決めてしまった顔をしている。 「先に、行ってる。だから…追いかけてきてね?」 任務なら、どこまでも追いかけていく。 この人の背を守ることができるほど強くはないけれど、いつだって側にいて支えたい。 …でも、これは違う。 「…くっ!里抜けする気ですか…!?そんなことできない…!知っているでしょう!」 傷口はまだじくじくと痛み、身体を起こすのが精一杯だ。 重罪をそそのかすにふさわしい、見るもの全てを魅了する微笑を浮かべているのは…本当に俺の大切な人だろうか? まるで魔物のように赤い唇がつりあがり、俺を誘う。 罪と分かっていてもなお、従わざるをえなくなりそうなほど強く…。 「だって…ここにいたらイルカ先生は俺だけのものにならないでしょ?」 「それは…!でも一番大切なのはアナタだけだ!」 守りたいものは沢山ある。 里に、仲間に、そして金色の子ども。 でも何よりも一番大切で、俺を縛李、支えるのは…いつだってこの銀色の男だ。 飄々としているようでいて、わがままで自尊心が強くて、それに、誰より臆病で。 それなのに俺を当然のように手に入れた。 その、抗い難い魅力で。 俺は今もまるでクモの巣にとらわれた羽虫のように、その支配から抜け出せないでいる。 「ウソツキ。…そんな怪我して。…置いていこうとしたくせに。」 「ちがう!そんなつもりじゃなかった!確かにこの怪我は俺のミスです!でも…!」 この人は俺が傷つくのに敏感だ。 …特に、自分以外のもののために傷つくことを許さない。 その執着が快いなんて…。そんなふうにゆがんだ自分を知りたくなんか無かったのに。 「俺以外のために死ぬなんて許さない。」 「死ぬ気なんか無い!あなたを置いてなんかいけない…!」 そうだ。俺の骨のひとかけらさえこの人のものだ。 いつだって、俺はこの人に縛られる。 死ぬかと思ったときも、この人のことばかり考えていた。 置いて、いけないと。 「そう…。そう思ってはくれてるんだ?」 「あなたを…愛してる。だから、俺は…!」 こんな陳腐な言葉よりずっと、俺はこの人のために存在しているのに。 俺を捕らえ、食らい、存在の根本をすっかり全部侵食してしまったのは、このひとなのに。 「なら逃げよう?ここにいても、アンタは傷つけられるだけ。」 「できません…!追われても俺がいたら逃げ切れない!…アナタこそ、俺を置いていく気なんですか!?」 逃げられるものならとっくに逃げている。 この里は異端を嫌う。 元は異端者たちが集って出来た里なのに。…いや、だからこそなのか。 番を同じ性に求めたことを咎められるのも罵られるのもかまわない。それが罪ならば、それで消されてもいい。 それでも、…何をされてもこの人だけが俺の唯一の相手だから。 譲れない思いに殉じることは怖くなかった。 もはや守る必要も無いくらい育った子どもは、仲間を得て以前よりずっと強くなった。 今更俺の手は必要ない。 …ただ、あの子がまた傷つけられるのを見過ごせなかっただけ。 だから、こんな怪我ぐらいなんでもない。 そう、俺だけが傷つくのなら構わないのだ。 この人と逃げても、すぐに追われる。 俺がいればこの人は俺を庇い、守り、…そして散るだろう。 おれをおいて 「それなら…」 「…それなら…?」 逃げて、この人を失うくらいなら俺が消えた方がいい。 俺には他の方法なんて思いつかないから…。 もう大切な誰かにおいていかれるなんて、耐えられない。 「閉じ込めてもいい?どこにも行かないように。」 「え…?」 その微笑みは柔らかく純粋で。 …まるで新しい遊びを思いついた子どものようだ。 「誰にも触れさせないように。ここに。」 「なにを…!?」 暗く狭い部屋にあるのは、俺が横たわるベッドと、小さな窓だけ。 入り口さえ見つからない。 ここなら誰にも…。 暗い期待に胸がざわついた。 「結界はねぇ。もう、準備できてるの。それにほら、こーんなのも沢山用意したよ?」 「縄に、鎖…?」 すべてが俺を閉じ込めるために用意された道具。 俺だけのためにこのひとが。 「ほら。足につけるのとか、色々。」 「あ…。」 そうだ。縛られていれば、どこにもいけない。 どこにも、いかなくていいんだ。 「なんて目ぇしてるの。」 「閉じ込めて、くれるんですか…?」 俺を縛って、閉じ込めて。…それ位俺に執着してくれている。 こみ上げてきたのは誤魔化しようの無い歓喜だった。 「…そんなに欲しかったの?」 「アナタが、縛ってくれるなら。」 カカシさんは嬉しそうに微笑んで、その手に持った鎖で俺を縛る。 冷たい金属と鉄の匂い。 これがこの人の執着の確かな証。 「うん。いいよ。ずーっと、ここにいて?」 「ここで、アナタと。アナタとだけ。」 自分が消えるときまでこの人と共にあると己に誓った。 永遠なんてものじゃなくていいから、ただ自分が終わるまでこの人のために生きたいと。 …でも、それはこの人を縛りたかっただけなのかもしれない。 その強さとはうらはらに、どこか欠けたこの人に、ずっと前から抗い難いほど縛られていたから。 だから…こんな無骨な拘束具に狂おしいほどの喜びを感じている。 「そう。ずーっとね?」 こんなにゆがんだ思いは…きっといつか破綻する。それでも…身動きの叶わない身体を抱きしめる腕に、安堵のため息をついた。 この人は、もうきっと二度と俺を離さないと。 ********************************************************************************* こっそり増える拘束具シリーズ? ちょっと長め? いつも通り変な話。 |