星空の下で

「いいか。この森を抜けるまで絶対に振り返るな。」

一応上官だ。だって暗部だ。それに俺たちの隊を率いていた上忍は既にいない。
…というよりも、もう俺しか残っていない。
だから、俺はがむしゃらに走った。

それが正しいのかどうかも分からずに。

金属同士がぶつかり合う硬質な音が耳に突き刺さり、戦闘の激しさを俺に叩きつけてくる。

「くそっ!」

戦いたい。だが、あの暗部は振り返るなといった。…つまり、これから見てはいけないことをするということ。
俺に向かってくる敵は殆ど背後の暗部が止めてくれているから、ただひたすらに走り続けた。

「いた。」

呟きに近いその声はまるで獲物を見つけた獣のようで…高揚を隠そうともせず、ギリギリと高まるチャクラもその純粋な戦意をみせつける。

きっと、もうすぐだ。

その予想通り、すぐに背後から狂ったように鳴く鳥の声と閃光が煌いて…それから、何かが破裂するような音とともに吹き飛ばされて意識を失った。

*****
目を覚ますと、そこには瞬く星とそれと同じくらい輝く銀色の暗部がいた。

「おはよ。」

「あ、ありがとうございます!で、でも!?」

とっさに礼は言えたが、現状がどうなっているのかが良く分からない。
頭の下に敷いているのは暗部の足で、それから見上げる先の暗部の面は…何故か外れている。

何でこんな状況になってるんだ?

「うん。面壊れちゃったのよ。それに、しとめたやつが自爆なんかするから、あんたまで巻き込んだ。」

自爆…そうか、だから俺は吹き飛ばされたのか。
こともなげに素顔を晒して穏やかに微笑む暗部をみていると、さっきまで戦場で追い詰められていたことなんかウソのように思える。

「ありがとうございました。もう、大丈夫ですから。」

とにかく生き残った以上、仲間のためにも任務を果たさなくては。
体中が痛むあたり、よほど強く打ち付けたらしいが、まだ戦える。
フラフラする足を叱咤しながら立ち上がろうとした。
…そのまま抱き込まれてしまったけれど。

「今日は晴れてよかったねぇ。願い事した?」

「え、ああ…そうか…。」

今日は、七夕だ。

「今頃空の上でいちゃいちゃしてるだろうから、きっと願い事もかなえてくれるよ。」

やけに楽しそうな暗部につられるように俺も微笑むと、暗部はくすくす笑いに乗せて、囁いた。

「俺のお願いも聞いてくれたし。」

「それは…良かったですね。」

願い事。…こんな下らない戦いが早く終わればいいということ位しか思い浮かばない。
だが嬉しそうにしているのに水を注す気もしなかった。
結局当たり障りの無いことしかいえなかったのに、暗部はソレにも笑顔を崩さない。

「…こんな夜はさ、やっぱり好きな人と過ごしたいじゃない。」

「はぁ…そうですね?」

優しいこの人の恋人がだれなのかは知らないが、これから会いにいけるところにいるんだろう。それなら、なおのこと俺は膝から降りなくては…。
再び体をばたつかせ始めると、暗部がその足を救い上げて笑った。

「ね。あのさ。暗部だけどもう顔みちゃったし、俺と星見る間だけでも付き合ってよ。」

「はい。その、見てるだけしかできませんが。」

何だか良く分からないが、星を見るくらいならいくらでもできる。
…相手は命の恩人だし。

「ああ、その顔、わかってないよね。」

俺は同意したのに、なぜか暗部に不満げな顔をされた。
…だが、わかってないのは事実なので、どうしようもない。

「ごめんなさ…」

謝ろうとした俺の体は、再び横に引き倒されていた。

「アンタが好きだって言ってるの。」

星空の下、もっというと暗部の下に敷かれて、…これはつまり告白だろうか?

「あ、あの!?」

「なんにもしないから、安心して。ま、でもアンタがいいなら最後までやるけど?」

にやりと笑ったのは顔だけで、瞳は戦いの残滓を残し、炎のように欲望を揺らめかせている。
鋭すぎるソレに気圧されそうになりながら、必死で断りを入れた。

「いえ!そ、そのとりあえず遠慮します!」
「そうね。とりあえず…星、みようよ。」

思ったより軽く流されて、とりあえず俺の上からはどいてくれた。

緊張と警戒でびくつきながら、そのまま横になってならんで…それから、腕をつかまれたまま星空を眺める羽目になったが。

*****
「星、綺麗ですね。」

確かにこれなら川を渡るのも楽だろう。
握られた手は気になるが、もう今日は何も考えたくないから丁度いい。
仲間…失うのは初めてじゃないけど、何度だって苦しいのは同じだ。

「そうね…。」

空を見上げているこの暗部も、だから俺を…。
こうやって温かい誰かと一緒に空を見ていると、きっと癒されるから…。
傷を舐めあうのは好きじゃないけど、一人でいたくないときに側にいてもらえてよかったと、正直思った。

「ありがとうございます。」

なんの礼か分からないと自分でも思ったが、口は勝手に動いていた。

「ま、これからも口説くから、宜しくね?」

「え?」

てっきり聞き返されると思ったのに、何故かふわっと笑った暗部がそういって…俺の唇を攫っていった。
面食らってぼんやりする俺に、暗部は「にぶいねぇ…?」なんていいながら、楽しそうだ。

「わざわざそこまでしてじゃれなくても…。」

悪趣味な男だ。

…でも、こんな七夕も悪くない。今日は本当にろくでもない日だったけど、一緒にいてくれる誰かがいてよかった。

…その時そう思ったのは気の迷いだったのかもしれない。

「イルカ。」

俺の名を舌の上で転がしてにんまりと笑う暗部は、もう一度俺に口付けた。
…今度は息を奪うほど激しく。

「…は、ぁ…な、なにすんですか…!?」

「俺はねぇ…ちゃんと働くし、川なんか渡れちゃうか安心してね?あんたのそばに行くのには、後もうちょっと時間が掛かるけど…必ず行くから。」

「は?」

「じゃ、また。」

「訳が分からない…。」

俺の呟きを聞く人はだれもいなかった。

****

言いたい放題言って、風のように去っていった男は、宣言どおり暗部を抜けてきて俺の家に居座った。…ついでに俺の身体にも。

本人曰く七夕の夜に祈ったからだそうだが、七夕ってのも案外侮れないってことだろうか?

あの時と逆に俺の膝の上でくつろいでる男をみるにつけ、そんなコトを思っている。


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とりあえず七夕ネタ。
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