ゆめうつつ(適当)


 歩くのに疲れたってほどじゃなかったが、目に付いた茶店に立ち寄ったのは、もしかするとやっぱり少しは疲れていたのかもしれない。
 任務漬けってほどじゃないにしろ、アカデミー教師にも任務がたっぷり言い渡されていて、このところ休みらしい休みなんて縁がなかった。
 幸い忍装束じゃなかったこともあってか、店の主人らしき老婆は笑顔で対応してくれた。このところのきな臭い情勢は、忍だけじゃなく一般人にまで不安を抱かせている。これまでも何度か宿を断られたこともあった。そういう意味では今日はツイてた。
 任務とはいえ着慣れない服には違和感が拭えなかったが、この格好でいたおかげでこの美味い団子と温かい茶がいただけたんだからな。
「うめぇ!」
「そりゃようございました。お茶もどんどんおあがりくださいね」
 思わず零した言葉にも、笑ってお代わりのお茶を出してくれて、ついつい釣られてまんじゅうまで買い込んでしまったのはちょっとした失態になるのか。
 帰っても誰も待っちゃいないってのになぁ。お土産にお勧めですよ何て言われちまうと、ついつい財布の紐が緩んだんだ。このところの扱いに密かに疲弊していたらしいことを、そんなことで知る羽目になるとは思わなかった。
 しかも一箱10個入りだ。受付に持ち込むにしろ、今常駐してるのなんて2人いればいい方で、下手すりゃ無人だからな。
 幸い任務の報酬だけはきちんと支払われている。里のために滅私奉公するのは忍としては当然だが、先立つもんがなきゃなにもできないだろうと言い切った五代目様の啖呵には胸のすく思いがした。
 折角だから、五代目に差し上げようか。側近のシズネさんいわく、目を離すと賭場に行きかねないので気をつけてくださいなんて冗談も言ってたけど、甘栗甘の栗鹿の子は一口でぺろりと食っていたから、甘いものは好きそうだ。
 行き先が見つかって良かった。一人で食うには流石に辛い。
 誰も、俺の土産を欲しがる人なんていない。誰も、…本当に?
「あ、れ?」
 何かがおかしい。
 大事な誰かがいなかっただろうか。里には、守りたいものが、ずっと。
 両親じゃない。幼い頃に英雄になった二人を尊敬はしていても、今はもう、いない。
「どうしたんですか?」
「どうしたって、え?あれ?」
 ああ、もう木の葉についたのか。あの子はどうしているだろう?
 この人は、誰だっけ?
 この銀色の人は。
「…もう任務なんていかなくていいんですよ?」
 そうか。いや、でもそうだったか?この人の名前が思い出せない。すごく、大事なことだった気がするのに。
「俺、報告が」
「もういいんですって。ほら、俺も任務なんて行かなくてもいいし、あの子が平和にしてくれたんですよ?」
 指差す先には見覚えのある金髪が、火影の名を赤く染め上げた笠と、外套を翻して火影岩の上に立っている。
 それを見上げて、知らないはずの、いや、思い出せない男に手を握られると安心した。
「…なんで、でしたっけ?」
「もう戦争も戦いも終わり。みんなで平和に暮らせるんですよ」
 顔を隠す布を下げて、口元のほくろに、そういえばいつもなんで顔を隠してるか聞いたことがあったなぁなんて断片的な記憶ばかりがめくれあがるささくれのように痛みと共に蘇ってくる。
「平和って?」
「いっしょにご飯食べて、お風呂も入って、いちゃいちゃして、ああそうだ。温泉にもいきましょうね?」
 笑う男の顔がなぜか見えない。いつもそれを望んでいたはずの言葉を並べられているのに、どうしても。
「あんた、だれだ」
 俺の望んだあの人は、戯れのようにそう口にしては、任務に追われていて実現したことなんてほとんどなくて、たまの休日には朝から布団に引っ張り込まれて…。
 そうだ。この人は。
「はたけ、カカシでしょ?」
「…違う」
 そうだ。違う。顔かたちは一緒でも、チャクラが同じでも、根本が違う。
 甘い甘い夢は濁った泥水のように染みこんでくるけれど、それがどんなに心地よくても、これは、ニセモノだ。
「なぁんでかなぁ。あんただけはかからない。何度夢に落としても俺じゃないっていうよねぇ?終いには俺のことまで忘れちゃうし?任務ってそんなに大事?薄情だねぇ?」
「うるせぇ!ここはどこだ!俺は、こんなことしてる場合じゃ…!」
「しょうがないなぁ。ここにいれば幸せでいられるのに。…もう一回眠って、やり直し」
 意識を少しずつ削り取られていくのがわかるのに、指先一本動かない。悲しそうに笑う人だけが妙にリアルで、最後に名前を呼ぼうとしたはずだが、声になったかどうかさえ定かじゃなかった。
*****
「イルカ先生!おきて!イルカ!」
「…ふが?え?また、夢?」
 記憶の通りの顔が、今はすんなり思い出せる。珍しいなぁ。慌ててるなんて。この人が焦ってるとこなんて、俺に好きだって言ってきたときに、思わず俺もなんでとか言った勢いで、ついでにキスしちまったときくらいだぞ?
 若気の至りというか、あまりにもこの人が必死で好きだって気持ちがこう、爆発したと言うかだな。
「夢じゃないよ。現実。よかった…!チャクラ、大分減ってるのわかってる?」
 言われてみれば身体に妙なものが巻きついていて、立とうとするだけで軽くふらつく。夢、妙な夢をずっと見ていた気がする。どれだけ眠ってたんだ。俺は。
 それに、そうだ。この人からは血の匂いがする。
「お、おお?なんだ、これ。カカシさんは大丈夫なんですか!?」
「自分のこと心配してよ!…ああ、この血?これは…うん。後で拳骨でも説教でもしてやって?」
 指差した先ではボロボロになったかつての教え子二人が転がっていて、二人とも、利き腕の先がすっぱり失われていた。包帯でその先を覆っているのもかつての教え子で、その厳しい視線は二人だけに注がれている。
「なんで」
 何度見ても信じられなくて、零した言葉にカカシさんが後でね、なんて言葉だけで終わらせようとするから思わず詰め寄ってしまいかけた。そんなことをする前に、ため息混じりに教えてくれたけどな。
「…あの子がね、憎しみも怒りもぶつかり合ってふっ飛ばしちゃったの。ついでにあいつと自分の腕ごとね」
「馬鹿野郎…」
 細かい話はともかくとして、大体のことは予想がついた。二人そろって危なっかしい子だったが、育って強くなってもこれか。いや、強くなったからこそか。
「叱るのは後にしてあげて。血を流しすぎた。二人ともギリギリ生きてるってだけだから」
「わかってます。あんたもフラフラでしょうが。休んでなさい!今から適当に寝床作って、湯を沸かして、何か食えるもの、探してきます」
「うん。そう言うと思った」
 眉を下げて力なく笑う人が、朝日とも夕日ともつかない赤すぎる陽を背にあぶなっかしそうにふらりと立っている。
 そうだ。この人じゃなきゃ駄目なんだ。どんなに望んだとおりそばにいてくれても。
「好きですよ」
「…なにそれ!」
 今更驚いて見せたのが嬉しくて、その唇を奪っていた。そういえば初めての告白を貰ったときも、あんまりかわいいから同じことしたっけなぁ。
 反応もあの時と同じ。真っ赤になって唇押さえて睨んできた。
「生きてりゃなんとかなりますって!」
「ん。そうかもね」
 水はある。木はちょっとばかり遠いが、術の反動かなにかでぶっこ抜かれたのが大量に転がっているから寝床はすぐに作れるだろう。魚は最悪残り少ないチャクラでも雷遁で気絶させればいけるはずだ。
 あの泥濘のような生ぬるい夢の欠片は、背伸びを一つしたら消えてしまった。
「イルカ先生。俺、あんたのことやっぱり好き」
「へへ!知ってますよ!」
 さあ、行こう。
 踏み出した大地はどこまでも赤く赤く、それでも息が止まりそうなほど美しく見えた。

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適当。
夢ってどんなのだったのかなぁというアレその1。

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