あまい、あまい(適当)


貴方と一緒にいると、自分が根っこから腐っていく気がするの。
「だからごめんね。さよならイルカ」
あっさりと俺を振った彼女が、颯爽と歩き去るのを呆然と 見送った。フられるのは初めてじゃない。
…この手の事を言われるのも。
でもだ、だからって慣れるわけがないし、今回こそはと思っていた。
つまり、正直そろそろ結婚も考えていたってのに…これはもう、飲むしかないだろう?

「あんた甘やかしすぎなんですよ」
普段は覆面の男がうんざりといった様子で杯を干した。
落ち込みすぎて周りを見るよゆうなどなかったが、頼んでもいないのに場末の居酒屋についてきて勝手に同じテーブルにつき、好き勝手に飲み食いしてるこの男はなんなんだろう。
ふらりと寄ってくることは今までだってあったことだ。
そのときも好き勝手に振舞うこの男に、最近は慣れさえ感じてきていた。
つまらない話も聞いてくれて、落ち込めば慰めてくれる。男は自分のことを話すことはあまりなかったが、時々唐突にあまえるように身を寄せてきて、俺がそれを慰めることもあった。
俺は多分、この年になって変わり者の友人が出来た事を喜んでいたんだろう。
だが、所詮上忍。戯れに中忍をからかっているだけだったのかもしれない。色恋沙汰がらみの醜聞に事欠かないこの男に、理解しろなどと無理な話だろう。
…恋人なんだから甘やかして何が悪い。好きだって言われて大事に大事にしてたのに!
「そんなんだからアンタ捨てられるんですよ」
放っておこうと思った矢先にこの台詞。
心底馬鹿にしたように言われて黙ってなどいられなかった。
「ばーかばーか!このモテ上忍!」
…酔っ払ってたんだ。それは反省してる。あの後勘定を叩きつけるように置いて飛び出し、道端の猫にまで振られた愚痴を言って、鬱陶しげに尾を振られた後無視されて、それすらも悲しくなって泣いた。
我ながらあまりの酷さに蒼白になるほどだ。
…目覚めた場所が玄関だってのも笑えないけどな…。帰りついたはいいが、意識を手放してしまったものらしい。
「あーあ…」
一人は、寂しい。寄り添う誰かが欲しかった。…ただそれだけだったのに。
まとわりつく酒気をシャワーで流し、大急ぎで出勤した。失恋したからって仕事は待っちゃくれない。おまけに今は秋。農家からの依頼が多い繁忙期でもある。
「おはようございます。イルカせーんせ?」
…すっかりこの人にした事を忘れてたのは、その忙しさのせいにしておきたかった。
笑顔が、恐い。
「ちょっと来なさい」
有無を言わさぬ口調に冷や汗が滴った。
「え、あの!その、昨日は本当に申し訳ありませんでした…!」
「ん。わかったからおいで」
「ですがその…!勤務中…」
「じゃ、命令ねー?この人持って帰るから」
「いやだからちょっと!」
みてるんならみんな止めてくれよ!
「じゃーね?」
無駄にいい笑顔しやがってこんちくしょう!
心の中の叫びなど見抜いているだろうに、男は上機嫌で俺を受付から連れ去ったのだった。
+++++
蛇に睨まれた蛙の心境ってのは、こんな感じなんだろうか。
「昨日のことはおぼえてるみたいね?」
酔っ払ってたから忘れてるかなーって思ってたけど。
上忍が輝かんばかりの笑顔でそんな事を言うから、冷や汗だけじゃなく涙まで出そうだ。
「おぼえて、います…」
いくらなんでも誤魔化す何て男らしくない真似はできない。
なるようになれと顔を上げると、恐ろしく近いところに上忍の顔があった。
「あら残念」
何が残念だかしらないが、気付かないでいたら何されてたんだ…。顔が近すぎる。何で口布さげてんだ?
…怪しい。
「申し訳ありませんでした!暴言はお詫びします!」
責任がとれるならとりたい。できればなかった事にしたいのも本音だ。この人は大切な友人だから。いや、友人だったから。…恐らくは一方的な思い込みだったに違いないけれど。
今まで貰ったものはきちんと返したかった。戯れであっても、その優しさに無聊を慰められたのは事実だから。
モテる男にもてない男の気持ちを理解しろって方が無理な話だろうし。
「ねぇ。モテる俺が嫌?」
「…いいえ。ただ、その。酔っていたもので」
モテるモテないじゃない。…多分。ここまで差があったら嫉妬すら出来ない。
ただ多分、理解してもらえなかったことがつらかったんだ。そこまで甘えていい関係じゃないってのにな。
いつも側にいるからつい、勘違いしたんだ。きっと。
この人とはもっと距離を置くべきだった。立場をわきまえずに失敗したのは二度目だ。…あの時つっぱねられて理解したつもりだったのに、寄ってくるようになったから。
言い訳だな。要は。
「もういい」
…そうだな。もうこの人には近づかない方がいい。切り捨ててくれるならそっちの方が楽だ。
そうじゃないと、きっとまた俺は期待する。
ちゃんと制裁を受けて、それから今度こそ甘えていい相手を見つければいいだけだ。
ああでも、この人の手はやさしかったなぁ。いつの間に依存しかけていたのやら。
気をつけて、今度こそ慎重に新しい人を探そう。甘やかして、甘やかさせてくれる温かい人を。
「くっ!」
押し付けられたのは校舎の壁だ。連れてこられたここは倉庫ばかり固まった一角だから、今の時間なら殆ど誰もいないだろう。
殴られるのは慣れてる。壁際じゃ逃げて威力を殺すこともできないのがきついが、殺されるってことはないだろう。…多分。
「甘やかされるの好きでしょ?それに甘やかすのも」
「…」
そうだ。俺は多分、愛すのも愛されるのも好きだ。大切な相手にはなんでもしてあげたくなるし、優しくされると幸せな気分になる。
だって寂しいだろ。一人は。…もうなれてしまったけど。
「あげるばっかりじゃ辛いでしょ?でもねぇ?貰うばっかりってのも辛いの。知らなかった?」
「は?」
「アンタ相手が許容量が溢れて溺れるくらいなんでもしちゃうでしょ?だからみんな逃げるんだよ。あんたに依存したくないから。…みんな忍ばっかりだしねぇ?」
一般人相手なんて無理だ。いつ置いていくかわからないのに。…置いていかれるかわからないのに。
「それのなにが悪いんですか?俺が鬱陶しいならそれでいいんです。もう二度と関わりません。…申し訳ありませんでした」
何もしなくても人が寄ってくるんだろうな。それで珍しいのがいたからちょっとからかってみただけなんだろう。
我ながら女々しいなぁ。…それに寂しい。
「だから、溺れないの、欲しいでしょ?いくらでも甘やかしていいのが」
今更否定する気にもなれなかった。この男ならウソも虚勢も見抜いてしまう。
「そうですね。これから探しま…っ」
手が、暖かい。緊張で冷え切ったそれを包み込むものがあるからだ。
「俺にしときなさいよ。俺もねぇ。めちゃくちゃ甘やかすのが好きだし、甘えるのも大好き」
うっとりと頬ずりしながら、歌うように言う。
甘えるのは好きってのは頷ける。…だが俺にしとけってのはどういうことだ?
「アンタ、どうせすぐ…」
いなくなるくせに。すぐ飽きて捨てられるのが目に見えているじゃないか。
死の匂いが近いくせに。…里の英雄なんていっても、俺を置いていくだけじゃないか。
「アンタみたいに必死になって守ろうとしてくれた人って始めてだもん。受付で食って掛かってくれたの覚えてる?」
「え?ああ、はい」
任務帰りのこの人を、あろうことかうちはの目を奪った化け物だ何だと…そんな馬鹿を怒鳴りつけただけだ。
相手は上忍だったし殴られもしたが、俺もちゃんとやり返したし、火影様にもすぐばれて双方ともに処分も食らった。
相手は国外長期任務で、俺が火影様のマッサージっていうのはどうなんだろうと思ったけどな…。
鼻血を我慢しながら肩を揉むなんて経験はあれっきりで十分だ。
…そういえば、その後からか。中忍試験のあと派手にやりあったこの人が、妙にまとわりついてくるようになったのは。
「だからねぇ。俺を守って?俺に守らせて?」
その腕を振り払えない。俺を捕らえてからめとる腕は、どうしても欲しいものによく似ていた。
「後悔、しますよ?」
どうせすぐ飽きるだろうに。
…どうせばれてるんだろうに。俺がこの手を振り払えないと。
「しないよ。しても別に構わない。だから」
ずっと一緒にいましょうよ?
掠め取るように交わしたキスは、誓いにも似て。
始まってしまった関係を俺に突きつける。
「ばーか。モテ男。変態。…そう簡単には逃がさないからな?」
「随分な言い様だねぇ?…俺も逃がさないから」


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適当。
痛いので甘め。
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