「春ですねぇ」 「そーですね」 縁側でのんびりと茶をすすりながら、隣に腰掛けた上忍に相槌を打った。 今年の冬は恐ろしく寒くて、それが嘘のようにこの所暖かくなったのが嬉しくてしょうがないらしい。 犬使いなのに猫みたいな人だ。 そんなことを考えていたら、庭先で甲高い声が上がった。 「うるなぁあぁあぁぁ!」 春。そういえばそんな季節だな。 毎年のことだがうっかり軒下で子猫なんか産まれた日には、里親探しに奔走することになるんだ。 子猫はかわいいから結構なんとかなるんだが、母猫が…。 「恋の歌は…気狂いみたいなのに胸に来ますね」 「はぁ。そうですか」 のんびりして見えるのに随分詩的なことを言う。 恋か。もしかするとこの人も恋をしているのかもしれない。 それならこんな所で油売ってないで、その人のところへ行けばいいのに。 急に苛立つ己に、少しだけ驚く。 …今までこうしてふらりと家に訪れる男を、多分俺は当たり前のものと思いはじめていたからだ。 この男は上忍で、みてくれもいい。そんな男が気まぐれに遊びにくる理由など考えたこともなかった。 「あ、いた」 そういうと上忍が視線を向けた。 ああ、確かに猫だ。 思考が途切れたことを少しだけありがたく思う。 …考えたってこの人の行動の理由何てこの人以外に分かるはずがない。 随分と大きな声で喚き倒している割りには小柄な白猫で、戦う縞模様の猫に押されている。 その側に悠然と立つ黒猫。…あれが雌か。 目の前で血で血を洗う戦いが繰り広げられているというのに、楽しげにすらみえる。 この人も、こんな風に戦うんだろうか。あんな風に驕慢な女を得るために。 この人から色恋沙汰の話を聞いたことがないが、普段ののんびりした姿を見ているとどうも結びつかない。 「うあぁああう!」 「フーッ!」 縞猫が飛び掛って、白猫が後ずさった。でも逃げようとはしていない。 「追い払ってきます」 ここは俺の家の庭だ。恋の鞘当なんてどこか他所でやって欲しい。 …猫は好きだが、血なまぐさいのはごめんだ。今はみていたくない。 「ん。ちょっと待ってて」 物好きな。…なぜだか酷くいらだたしく思ったが、追い散らすのも面倒になって、耳障りな声は無視することにした。 「じゃ、茶でも」 「みてて」 せめて距離を取ろうとしてるってのになんなんだよ。 …もう放っておいてくれ。あんな物はみたくないんだ。 視線を逸らしたかった。だができなかった。 毛を逆立てて背を丸めていた白猫が、初めて自分から飛び掛ったのだ。 「あ」 「ね?」 面食らったのか反撃が遅れた縞猫がうなり声を上げて逃げていった。 そうして黒猫が。 「んなぁあーぁあ」 甘い声を上げて擦り寄る。どこか誇らしげにさえ見える白猫へ。 まあ、こっちの勝手な思い込みだろう。あの小さいイキモノは思いを果たすことだけで頭がいっぱいだろうから。 「さ、野暮なことはやめときましょう」 「そうですね…」 止めることもできた。だがする気が起きない。 あの必死さが、胸を締め付ける。 「ね、イルカせんせ」 「はい。なんですか」 すっかり脱力していた。猫たちは自分の思うままに振舞っているだけだというのに、勝手に思いつめている自分が情けなくて滑稽で。 だから唐突に成されたその行為の意味など到底考え付かなかった。 「んん!?」 「ふぅ。…ね、俺もいつだって戦います。まあ、俺もアナタも男だから、かわいい雌猫に勝つのは難しいのは分かってるんですけど、それでも」 アナタが好きです。 そんなことを言うから、俺は。 「煩い。黙って俺の側にいろ」 「ん。嬉しい…!」 抱きしめられて口づけあって、まさかそのまま寝室に連れ込まれるとは思っても見なかった。 気狂いの猫よりもっと癇症な声をひっきりなしに上げる羽目になるなんて、少しも。 「春ですねぇ」 「…ぇえ…」 寝室で猫よりもずっとたちの悪いイキモノがたっぷり吹き込んだ愛とやらで、俺はすっかり骨抜きにされてしまった。 「これからもずーっと、この春を手放すつもりはありませんから」 あのほそっこい白猫のように誇らしげに男が告げて、性懲りもなく硬いものを押し付けてくる男には、応えの代わりに口付けを返しておいた。 ********************************************************************************* 適当。 はるー ご意見ご感想お気軽にどうぞー |