「ちょっとそこまで」 こんな所にいるなんて、想像もしなかった人をみかけた。繁華街には人が溢れてはいるが、こんな場末の店の前で見かけるにはこの人は不釣り合いだ。 夜の闇にあって、白く浮き上がるように見えるのに、気配はまるでないから、幻でも見ている気がしてきた。 思わず「どちらへ?」などと、不粋な事を聞いてしまった。こんな所をうろつく用など、一時の温もりと一瞬の快楽と慰めを求めて以外に有り得ないのに。 誤魔化すというにも軽い返事は、いかにもこういう所に手馴れた上忍らしい振る舞いだ。 自分もこの辺りにはそれなりに詳しい方だとは思うが、全ての店を知っているわけでもない。 この辺りのどこかにこの上忍好みの隠し宿でもあるのかもしれない。 「ね、イルカ先生は?」 朴念仁だという自覚はある。 だからこそ、からかわれたのだろう。 経験が全く無い訳じゃないが、人に誇れるほどの物でないのは確かだ。 快楽に溺れないための訓練として、一時この類の店に通ったことはあったが、性に溺れるほど己に余裕が無く、自分の性格からしてそこまで奔放になれなかった。 ただ上を目指し、里のために生きることばかり考えていたから。 「もうすんだので。…では。俺はこれで」 幸い、今の自分は着流し姿だ。 いい大人の男同士、これ以上詮索されることはないだろう。 そういう何をしてきた訳じゃないが、色めいた行為を匂わせるようなことを言ってしまったのは小さな意地だったかもしれない。 余りにもここの空気に溶け込みすぎる上忍に、同じ男として嫉妬した。 何をするでもなく、たたずんでいるだけで色香を漂わせる男は、俺の胸にも小さな痛みをくれたから。 …話はこれで終わりだと思っていた。 「へぇ…随分と匂いの薄い女だったみたいね」 いきなり肩を抱き寄せ、耳元で囁いたのは…先ほどまで穏やかに微笑んでいたはずの男だった。 ばれた、らしい。 だがそれよりも、わざわざ俺につっかかる理由が分からない。 あからさまにそういう行為を匂わせる行動は、いかにも物慣れないのに意地を張るなといわれているように思えた。 「…そうですね。あの、これ以上は」 もう誤魔化す気もなくなった。 ここまでの行動を見れば、この上忍なら俺が何のためにここにいるのか察してくれるはずだ。 任務でなければこんな所になどこないと、わざわざ言わなくても分かっているようだから。 「よかった。…ちょっと焦っちゃった」 「は?」 予想外の反応が返ってきた。 「…だってねぇ?折角夜這いしようと思ってたら、こんな所までいっちゃうから。ありえないって訳じゃないけど、やっぱりイヤだし」 「はぁ…?」 言いたい事は良く理解できなかったが、とにかくこれ以上ここにいる理由は俺にはない。 夜這いだのなんだのと大げさなことを言っているが、要するにここで女を待っていた所に、たまたま俺が通りがかったのがまずかったってことだろうか。 確かにこの上忍の相手と知られれば確実に狙われるだろう。面倒は減らすにこしたことはない。 だが帰れない。…男が俺の肩を抱きよせてしまったから。 「あの、手を」 つかまれた肩に痛みすら感じるほど強いその力は、さすが上忍だと思わせるが、俺がからかう相手には向かないなんて、この男も良く分かっているはずなのに。 「ここじゃヤダなぁ。だって、ここはウソで一杯だから。…いこ?」 「え…わっ!」 離してくれといった肩は離してもらえたが、代わりにあっさり抱き上げられてしまった。 肌蹴てしまった裾は直してはくれたが、こんな格好で街中を歩けば目立つ。そうなると任務のために整えたこの格好が無駄になってしまう。 一番に考えたのがそのことだった。 「だーめ。…ずっと見てた。だからもう、誰にも触れさせたくない」 とっさに逃げようとしてしまったらしい。壁に打ち付けられた背中に衝撃が走って、思いのほか痛んだ。 「何を…!」 それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。 連れ込まれた裏路地で、男が狂おしい瞳で俺を見ていたから。 そう、俺だけを。 「あーあ。だってこんなコトするつもりなかったけど、任務だって分かってても無理」 食われそうな…いや、実際これから食われてしまうのかもしれない。 「こんな所にくる方が悪い」 噛み付くような口づけと同時に、裾から入り込んだ手が危うい所を焦らすように触れていく。 器用な白い指は、印を結ぶ以外のことにもむいているようだ。先ほどの印象以上に手際のいいそれは、俺の反応を入念に確かめ、煽っていく。 「ん…っふ…っ」 気がつけば、力の入らない体を支えるために、男の腕に縋って喘いでいた。 その腕は俺を支え、捕らえ、きっと絶対に最後まで捕らえておいてくれるだろう。 …今度こそきっと連れて行ってくれる。 幼い日の暗い記憶がよぎって、そしてすぐに快楽に塗り替えられた。 「続きは、後でね?」 あやすような響きとは裏腹に、男は俺を抱きかかえてありえない速度で駆けて行く。 これから何が起こるかなんてわからないほど馬鹿じゃない。 …これからされることを、望んでいるかどうか気付けない位馬鹿だったらよかったのに。 月光をはじいて煌く髪をどこか遠くに感じながら、変わってしまうだろう自分を予感した。 ちょっとそこまでなんていいながら、きっとどこまでも俺を変えてしまうであろうこの人を、そしてそれを望んでしまうだろう自分を。 ********************************************************************************* さらに、適当ー! ちゅうとはんぱ!なんか半分以上寝てるから中身心配ですがあげちゃえってばよ!←だめじゃん。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |