飴玉いっこ(適当)


「春ですね」
「そ、そうですね?」
桜もかくやとばかりの満開の笑顔が恐ろしい。
さりげなさなどまるでなく差し出された手の平は、その上にのせられるはずのものを言外に要求している訳だが。
当然のことながらその手に渡せるようなものは何一つ持っていない。
まあそもそも安易に上忍から物貰った俺が悪いんだけどな…。危険なイキモノだって知っていたはずなのに。
でもだな?知り合いの上忍から任務報告のついでみたいにしてあげるって渡されたチョコ が、まさか愛の告白だなんて誰が思うよ!?
美味そうかつ高そうなチョコは、見た目以上に俺の舌を蕩けさせ、一個食べただけでため息が出るほど美味かった。
が、しかしそれが地獄への片道切符だと知っていたなら絶対に受け取らなかったと断言できる。
誰が好き好んで男とヤりたいと思うものか。任務中に粉をかけてくる連中に絡まれたことがないとは言えない。まだチビだった頃はほそっこくて、目つきは今と同様さほど良くはなかったものの、近所のおばちゃんにかわいいねなんて社交辞令を頂戴する程度にはほどほどの見た目だったわけだ。
何度かやられかけて、ぶん殴って懲罰くらいつつもあのクソガキは凶暴だって噂がたったころには誰もそんな気を起こさないくらいいかつさを増していた。
今でさえ見た目より素早い俺だが、当時はまだチビだった分さらに早かった。そしてその素早さで逃げ回り、隙を見て股間を一撃。しかも技名までつけてた。時々はチャクラも込めてた、か?…そんなことを繰り返せば、わざわざ面倒なのに手を出す輩は激減するのも当然で。
報復に来た奴らには、股間バスターだけじゃなくて目つぶしからのかんちょーまで仕掛けてたからな…。いたずら盛りだった過去の俺の犠牲者に、今ならほんの少しだけ申し訳なく思える。
…だがしかし、この人にそんな手が通じるはずもない。
超のつく実力者だ。上忍で元暗部って肩書きだけでも震え上がるってのに、ついでに火影候補なんておまけ付で、いらんことに顔までいい。性格もいいらしい上に、こんなややこしい目にあった直後に床上手なんて聞きたくもない情報まで耳に飛び込んできた。
千人切りだか何だかしらないが、男相手じゃ勝手が違うだろうに。
お断りするという選択肢しかないとしても、下手を打てば死ぬより恐ろしい目に遭いかねない。
そしてだからこそホワイトデーの襲撃に備えて休みをとったってのに…!どこから漏れたんだかしらないが、なんで今日なんだよ!
「まだ用意してなかったですかね?」
「ええええとですね!そうですね!?」
「…でも俺、帰ってこられるかわからないんですよね?」
「え!?」
なんだそりゃ。任務か。任務なのか?帰ってこられないかもってなんだ!?どういうことだ!
「なんでもいいんですけど、ダメですか?」
そんなこと言われたらどうやって断ろうか悩んでいたのがすっ飛んでしまった。
「ミルクキャンディーです。疲れも取れるしカルシウムも摂れるんです。食べなさい」
「ありがとうございます」
くっそう無邪気に笑いやがって…!たかが飴ひとつに喜んでるのはそれが俺からもらったせいだって考えてもいいんだろうか。
「それくれてやるんだから絶対帰ってきなさい!いいな?」
「は、い」
なんだその…恋する乙女みたいな真っ赤な面は!くっそう!ペースが狂うだろうが!
腹立ちまぎれに口布を引き下げ、飴玉を口の中に放り込んでやった。
「むぐ!」
「帰ってきたら覚悟しやがれ…!」
我ながら随分と殺気立った声だったが、当の本人は碌に返事もしないでへらへら笑いながらでてったから大丈夫だよな?
「お、おい!大丈夫なのかイルカ!?」
「まあなんとかなるだろ?多分」
勢いで告白を受けた…みたいなことになってるが、あんな状態で送りだせねぇしな。帰ってから…受けちまったもんは受けちまったんだから一応しばらくはお付き合いってのをせざるを得ないだろう。
だがあの様子だと噂は100%嘘だと思う。千人切りがあんなにテレまくってもじもじしないだろ?多分、色恋沙汰に不慣れで本当に俺相手に恋人として好きとかそういう感情を持っているかは疑わしい。死ぬかもって事態で混乱して、自分の感情の正体すらわからずに思い余って告白してきただけなんじゃないだろうか。
つまりいきなりやられるとかそういった恐ろしい事態からは脱がれられるはずだ。
「帰ってきたらお帰りって言ってやって、まあそっから始めるよ」
まずはチョコ貰ったんだから返事よこせなんていう脅迫染みた告白のやり直しと、どうしてそう思っちまったかの辺りをはっきりさせれば解決するに違いない。
あの必死さがちょっと可愛いとも思っちまったしな?
同僚にそう宣言した俺が、必死さだけはホンモノだったが、任務はあの人にとっては簡単な単なるAランクで、なにがあっても諾以外の返事を受け付けるつもりなどなかったことなんかを知るのは、ベッドに連れ込まれてからの話だったっていうのは、笑えない話になるのかもしれない。
懐っこい犬みたいになった上忍が床上手だったおかげで尻は痛いが死ぬほどではなかったってのも諦めた要因かもしれん。
「イルカせんせ。また飴玉くださいね?」
ちなみに、甘いものが苦手だというこのイキモノがねだるから、俺のポッケにはいまでも白い飴玉が収まっている。



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適当。
ホワイトデーはフライング。
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