溺れた人(適当)


誰でもいいからくれてやると、だから選べといわれたから選んだ。
どうしても欲しかったものを手に入れていいと言われたら、迷う方が馬鹿でしょ?
その代償に死ねと言われるような任務を宛がわれたからなんだっていうの。
何度謝られても気にもならなかった。だって、折角手に入るんだもん。死んでなんていられないでしょ?
だから選んだ相手の名を聞いて顔色を変えた里長に、俺への要請の撤回を求められても頷かなかった。
一度約束したんだから、絶対守ってちょうだいね?
おねだりなんてしたことのない俺のお願いを、顔中を絶望に染めているくせに頷いた里長が滑稽で、腹の底から笑えて来て仕方がない。
だってくれるって言ったじゃない?それがモノや金や女だなんて一言も言った覚えはない。
ずーっとずーっと欲しかったんだもん。今更なにがあったって、なかったことにはしてやらない。
例え、それが本人からの懇願だったとしても。
里長はどこで見初めたと取り乱してはいたが、実のところ随分と前からあの男のことは気に入っていた。…いやそんな生易しいもんじゃないか。
ずっと、欲しかった。多分初めて見たときから。
無鉄砲で負けん気が強くて、仲間のためなら真っ先に飛び出して行くところも、忌み子を慈しみ、誰よりも何よりも憎まれて付けねらわれているその子どもの側で、腹を出して寝る豪胆振りも、それから涙もろくて時々一人で慰霊碑の両親に会いに行って静かに泣いているところも、全部がだ。
強さはほどほどで、外へ連れ出すのは今のままじゃ不安だけど、もう少し鍛えてやれば俺の隣に立つこともできるだろう。
情に流されやすいから少しばかり頭の中身をいじらなきゃいけないこともあるかもしれないけどね。
条件を飲むに当たってどうしてもとごねられたから、約束通り、手を出すのは特Sランク任務を片付けてからにした。
帰って来たことを言葉では喜びながら、複雑そうに呻いていた老翁は、約束通りあの中忍を貰い受けると言ってやったら、無体は強いるなと寝言を言っていた。
意思はまだ奪うつもりはない。頑固で強情っぱりだと知っているから、どうしても手がかかるようなら体が慣れるまでならありかもしれないけど。
「一緒の任務に出してください。その方があなたも言い訳しやすいでしょ?…ねぇ。火影様」
気に入りの中忍で、何かと目をかけていたと聞く。ならば何故助けてくれなかったと詰られるのは避けたいだろう。
里内で俺に召しだされたら、流石に鈍いあの男も、里の関与があったことを理解するのは間違いない。ああ見えて実は聡いしね?
自分が売られたと理解するのなんてきっとあっという間だ。
その絶望を見てみたい気もしたけど、そんなこと、わざわざ教えなくても任務だといえば逃げないだろう。性格的に。
「貰っていくよ」
捨て台詞にどんな顔をしたのかなんて興味もなかった。
アレが手に入る。そのことだけで頭が一杯だったから。

そうして任務に出た。あてつけの様にまた高ランクで、おまけに総隊長としてだ。
権力って、便利だよねぇ?
すぐに食ったりなんかしなかった。もったいなくてそんなことできない。後方支援と俺たち暗部の補佐につけられた中忍たちの中に混じるあの人に、わざと俺を見せ付けておいたくらいで、もちろん部下たちにも徹底的に躾けた。
アレは俺のモノだから、何かあれば最優先で守れと。
任務自体は単純な掃討で、俺じきじきの命令に喜んだ部下が頑張ってくれたおかげでさほど時間は掛からず、誰一人しくじることなく終わりを迎えた。
ゴミ掃除が片付いたその日、あの人を呼び出した。任務だと、そう伝えて。
「ん、あ」
「イルカ。ねぇイルカ、起きて?」
「ぅん、…あ、れ?」
手に入れて、これからずっと俺のモノだという事実に舞い上がって、少しやりすぎちゃったかも?
俺の下でぼんやりしてるのも可愛くて、折角綺麗にしてあげたのに腰が落ち着かなくなってきた。
これ以上は駄目だ。っていってももうとっくにマトモに歩けなくしちゃってるから、手遅れといえなくもないんだけどね?
とりあえず、後は里に帰ってから、たっぷり美味しくいただけばいい。
「任務終わったから帰るよ?」
「え」
安堵と恐怖と少しの落胆、それに疑いに満ちた瞳。なんて綺麗な。
「アンタと俺の任務は続行。…指名任務、断らないでしょ?」
「…!は、なにいって」
「ま、断らせないけどね。歩けないでしょ?俺が連れて帰ってあげる」
「いりません」
「そ?ま、俺はどこでもいいから、ここで何度ヤってもいいけど」
「っにいってんだ…!」
「帰りましょ?って話、してるんだけど?里に」
無言の圧力に、思ったよりあっさり白旗を揚げた。ま、そりゃそーか。全裸で身動きも取れない状態だ。暗器も仕込みの類も全部はずしちゃったもんね。
…まだ里に捨てられたなんてことは気付いてないだろうし?
「…勝手に、しやがれ」
そうやって身を投げ出す潔さが愛おしい。
これから同じように任務を与えられて、例え使い捨てにされても、絶対にこの人の下へ帰る。奪われるくらいなら殺してでも。
「うん」
背を向けたツレナイ人を抱き締めたら、大きく一度フルリと震えた。だがそれでも絶対に怯えた態度は取らない。虚勢だと分かっていても、そういうとこ、大好き。もしかしたら死を選ぶほどの屈辱を与えられても、絶対に折れないところが、その強さとしなやかさがどうしても欲しかった。
憎まれても拒まれてもいい。…もうこの人は俺のモノなんだから。
嬉しくて嬉しくて背に縋ったまま笑った。わざとらしいほどの深くため息しかもらえなくても、それでも良かった。
素肌の感触を楽しむように手を滑らせるだけで我慢した。最初は身を硬くしていた人も、その内眠ってしまったようだ。よっぽど疲れていたんだろう。
苦悩に満ちた寝顔に興奮する辺り、俺も大概狂ってる。
「好きになって、ごめんね?」
でも後悔はしていない、奪われてばかりで初めて与えられた一番大切なモノを手放すなんてできないから。
いつかこの人に殺されても、その最後の瞬間までこの人は俺のモノだ。
「ばか、やろう」
そんな寝言にさえもときめく胸に、我ながらまるで少女のようだと笑っておいた。



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適当。
乙女。
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