1年目のお正月(適当)


「ねぇねぇせんせー。お年玉ください」
 コタツの天板にあごを乗せて揺らしてくるおかげで、さっき入れたばかりの茶がぱしゃぱしゃと湯飲みの中で踊っている。 
 同じく剥いたばかりのみかんの皮でもつぶしてかけてやろうかと思わなくもないんだが、強姦スレスレの告白もどきにほだされた原因の一つでもある、やたらと器量よしな面にそんなことをするのはやや気が引ける。痛そうな顔されたら余計なことまで仕掛けたくなるもんな。…いや、多分しれっと避けるんだろうけど。
 素顔…あれはいっそ兵器と呼んで差し支えない代物だった。今のほにゃほにゃと文句を付けているぶーたれているはずの顔ですら、綺麗過ぎて思わず触りたくなる。美形は得だな。
 こんな顔で、好きだから頂戴なんていわれた日には、相手の正気を疑いたくなるってもんだろう。何をだと聞くまでもなく、身につけていたどてらと忍服はぼろきれに変えられ、皮膚に傷一つないことに思わず驚いている間にも、隙だらけだから早く俺のモノにしなきゃとやたらと焦った声と態度で圧し掛かってくる始末。
 ああこの人あほなんだなぁとしみじみと噛み締める暇もなく、足を開かされて指つっこまれてな。まあ殴るだろ。普通に。それは俺たちに許された権利でもある。自分の上げた悲鳴がひぎゃあという大変情けないものだったことには目をつぶっておく。
 下忍に…子供にこの手のことを仕掛けただけでも懲罰だ。ちなみに相思相愛とやらでも処罰はくだる。人道的な理由もないわけじゃないんだろうが、もっと現実はシビアだ。
 出来上がっていない子供に無体を強いるような真似を許せば、将来の戦力低下に直結するからな。懲りずに繰り返そうとするような連中の中には、去勢されたヤツもいるって話だ。名家の連中だと最終的に座敷牢行きとかな。ホントかどうかなんてしらないが。
 この手の噂は穏健派と名高い木の葉であっても、大戦中ならありうる話なだけに、未だにまことしやかに年かさの忍たちから伝わってきては、アカデミー生や成り立て下忍たちを震え上がらせている。
 そして中忍はというと、同意があれば許される。やりたい奴はしっかり皆のいる前で誘いをかけて、ないならない。ありならありで返事をするだけでいい。こそこそやるとチキン野郎とか言われちまうからな。こっちから誘いをかけるのももちろんありで、そっから先は各自で自由にお楽しみくださいってシステムだ。 まあだから、俺に殴られても同意なんて少しもなかったというか、今みたいにコタツにみかんと渋いお茶とせんべい片手に、くつろいでたら襲い掛かってきたんだから、むしろ不法侵入でぶん殴られるどころの騒ぎじゃなかったんだよなぁ。もはや手遅れだが。
「ねぇ。おとしだまー」
 まあ懲りちゃいないけどな。ぶん殴られてもすがり付いてきて、じゃあ誰のものにもならないって約束してっていうから、それじゃあんたのものにもなれませんよっていったらさめざめと泣き出したから慰めて風呂に入れてみかん食わせて寝かしつけて、翌朝また性懲りもなく押し倒してきたからまたぶん殴って…。
 そう、この綺麗な顔でめそめそするのがたまらなく俺の胸を鷲掴みにするんだよなぁ。俺はもしかして変態なんだろうか。こんなのにほだされて同性同士だってのに懇ろになっちまった時点で薄々感づいてたけど。
 ああ、年の初めに微妙に嫌なことに気づいちまったかもしれんな。
「お年玉って、なんだかわかってますか?」
 一応聞くのは、この人は俺が誰かに物をあげるという行為を非常に嫌っていて、相手が子供でも取り返そうとすることがあるからだ。
 あんたにもあげるから我慢しなさいと懇々と諭した結果がこれになっている可能性が。…むしろそれ以外考えられないというかだな。
「わかんないけど俺も欲しいんです。だってナルトもサクラもサスケも紅のとこのもアスマのとこのも、それ以外にもいっぱい上げてたでしょう!」
 教え子には色々と差支えがあるから渡さないが、卒業生にはわずかながら初詣のついでに買い食いできるくらいはやっている。おそらく自分以外にたくさんなにか与えている俺が気に食わないだけか。金はうなるほど持ってるもんなぁ。そのありがたみも理解できちゃいないようだが。
 憩いの我が家だった中忍寮は周りに知れ渡りすぎているという理由で一方的に引き払われ、一軒屋に強制的に引っ越させられてしまった。暗部がわらわら沸いて出たのも驚いたし、とりあえず家ができるまで仮にって住まわされた木造建築は文字通り一瞬で生えてきたものだし、それから引っ越した家もさりげなく上等な建材で、妙に凝った造りで、謎の仕掛けが満載だ。未だにどうして俺だけトラップにひっかからないのかわからない。調べようとすると他のが入ってきたらどうするんだと泣かれるのが楽しくて、ついつい調べては寝床に持ち込まれて…まあ、それはいいか。
「お年玉と、カカシさん限定福袋、どっちがいいですか?」
「ふくぶくろ?俺限定?え?え?なんですか、それ?」
 元々福袋…というか、この人がどうも祝い事に疎そうだから、教えるためにもそれなりに用立てたものを渡すつもりだった。まさかお年玉なんてものの方に反応するとは。
「カカシさんにしか上げないものです。皆と一緒のお年玉の方がいいなら…」
「俺だけのがいいです」
 ひしっとすがり付いてきたのも、半分泣きそうな顔をしてるのも、俺の心臓を直撃する。
 よろこんでもらえるといいんだけどな。
「じゃ、はい。どうぞ」
「…俺の?俺だけ?」
「ええ。ほら、俺の作った目録が」
「先生の字だ」
 子供みたいにほにゃっと笑み崩れるから、こっちまで嬉しくなって思わず撫でてしまいたくなる。やっぱりな。俺の書いた文字が書いてある袋がネックだったんだろう。中身よりも。
 だがうっかり手を出すと即寝床に連れ込まれるからな。危険なスイッチを入れるのはちゃんと中身を確認させてからにしなければ。
「あ、俺の好きな酒。つまみも。これって、着物?あ、この袋。先生が配ってたのとちょっと似てる」
「年始のご挨拶セットです。全部すんだら家でゆっくりそれ飲んで御節食べましょうね?」
 カカシ先生がお年玉しらないみたいだってばよと、もらったことないなんてかわいそうだとめそめそと鼻水混じりに教えてくれた教え子に感謝した。
 俺も二親を早くになくしたから、この手のことにはちょこっとばかり怪しいところはあるが、少なくとも一般的に習慣程度のことなら知ってるからな。
「へー?どう?これ」
 肩に羽織ってくるくる回ってくれたところを見ると、着物はどうやら気に入ってもらえたらしい。この人にとっちゃ安物かもしれないが、俺がガキの頃からお世話になってる呉服屋さんで仕立ててもらったものだ。
「似合ってます。揃いで俺のもあるんで」
「おそろい?」
 純粋無垢なんて言葉は似合わないはずなのに、この人はどうしてこんなに幼い笑い方をするんだろう。まあある意味いろんなものが欠けすぎているせいで、純粋なのか。こんなもんしょっちゅう見せられたら、心臓がいくつあっても足りない。
「ええ。おそろいです」
 あ、やばい。…俺が新年早々理性をすっとばしてどうする。
 引き寄せかけた腕を湯飲みを手に取ることでさりげなく誤魔化した。気を取り直してさっさとご挨拶に行ってこよう。この人の部下たちも、今頃初詣にいってるはずだ。火影さまにも一応は一声かけさせてもらおう。
「…したい」
「あとです。あと」
「絶対?」
「絶対です。…俺も我慢してるんですよ?」
 よくわからんが、この台詞が効果絶大だったようだ。
「ん。じゃ、早くいきましょ?」
「そうですね」
 常にない速さで着替えを済ませて、俺の分まで持ってきてくれた。どうやったんだか気になるが、それより優先すべきことがある。
 気が変わらないうちに。それから、俺がうっかりやらかさないうちに色々とコトを済ませておいた方がよさそうだ。
 いそいそと着替える横で、恋人は脱がせたいだの俺限定のもらっちゃっただのと鼻歌交じりに俺を眺めていた。
 まあうん。こういうのも一年の始まりとしては悪くないもんだな。

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適当。
新年なのでおみそのなかまで春がきた二人。

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