心中(適当)



捨てられるのは俺の方だと思っていた。
女が切れたことがないという噂だったし、実際、女に良く声を掛けられていた。
一緒に過ごすようになってからもずっとそれは変わらなかった。
まあ、対外的にというか、さほどべたべたしていたわけじゃないから、殆どの人間が俺たちがそういう意味で一緒にいたことを知らないだろう。
ごく一部の、男の友人というか、悪友というか、それなりに親しくしていた人以外は、おそらくは階級を考えると多少珍しい、仲のいい友人適度に思っていたんじゃないだろうか。
まあ、そういう意味でも寝た。
当然、同性相手は初めてだったから、痛みや寝てしまったことへの後悔もした。
なにせ切っ掛けが思い出せないが、ある日突然何かのタガが切れたように襲い掛かってきたから。
抵抗して、力負けして、恐怖よりも何故こんな真似をするのかという怒りの方が先立って、挙句好きだ好きだと泣きながら人を揺さぶってきたもんだから、色々と諦めた。
男というイキモノである以上、相手を組み敷きたいという欲求は分かる。
たとえ恋情などなくても欲は湧くし、男は何もかもが許される立場にいるから、それを押さえ込む必要がなかったんだろうと、そのときは思った。
だが一度切りだと思った行為は繰り返され、二人きりになると途端に独占欲を露にするようになった男に、執着されていることだけは理解した。
甘えるように擦り寄ってこられると情が移る。
ましてやこの男は上忍だ。危険度の高い任務ばかりをこなし、時に人であることを忘れたように振舞う。
怪我をして帰ってきては、手当てそっちのけでなし崩しに行為を強請られて、気がつけばすっかりほだされていた。
でも、俺は男だ。その内どこかでかわいらしい女性を見つけて出て行くだろう。出来売ればその女性が逞しくあればいい。
この男は完璧なように振舞うけれど、中身は脆いから。
こんな関係は…忍の世界じゃそれなりに良くあることだ。情人は欲の発散と安定のためにいるのであって、恋仲であるのとは少し違う。
決してそんな関係を望んだわけじゃなかったけれど。
失えば寂しいと、それもおそらくは精神の平衡を欠きかねない勢いで嘆くだろうという自覚をしながら、それでもいつか来る別れを当たり前のように思っていた。
どうやら違ったらしいとこういう形で思い知るとは考えたこともなかったが。
いつかは来るだろうと思っていたそれは、予想だにしなかった形でやってきた。
男は上忍で、そして里の中でも火影さえ望める立場にいる。だからいつかはそういう形での要請が来るのは予想していた。男だって想像しなかったわけじゃないだろうに。

…まさか子をなすことをを迫られて心中を図るとは思わなかった。

いきなりクナイを突きつけられて、ああ邪魔になったんだなと思った。
たしかに体を交えていれば、古傷や体の動かし方のちょっとした癖なんかも知ってしまっている。後腐れなく消してくれるならそれもいいと思った。
少なくとも苦しむのは一瞬で済む。誰かの隣で、その誰かとの間になした子を抱いて笑う男など見たくはなかった。
だから抵抗をしなかったというのにこの男は。
「ヤダ。やっぱり連れて行けない。…ねぇ。でも忘れたら許さない」
泣きながら、その手に握った鋭い刃を、躊躇いもなくのど元に沈み込ませた。
おそらくは首を落とすつもりだったそれを止めるのは間に合ったが、男が一方的に通ってきていた俺の部屋はあっという間に血の海になり、俺は緊急の式を飛ばしながら失神するまでチャクラを注ぎ込んでいた。

目覚めたのは見知らぬ、だがおいてあるものからしてある意味見慣れた部屋で、嗅ぎなれた消毒薬の匂いで木の葉病院の特別室あたりらしいと見当がついた。
隣には男が眠っている。もう何日たったのか、目を覚まさない。
里の誉れの刃傷沙汰だ。大騒ぎになったのは想像がつく。そうしてすべてをうやむやにするための工作が既に成されているだろうことも。
…挙句こうして拘禁されている。二人そろって。
男は再度死を選びかねないのと、回復のために眠らされ、俺はといえば、後追い防止のためとやらで手足を拘束され、口にも箝口具が嵌められている。
同じ部屋に運び込まれたのは、意識を失ってもなおチャクラを注ぎ込み続ける俺を引き離せなかったかららしい。目覚めてから容態がある程度安定したと知って初めて手を離したんだそうだ。
そう教えてくれた呆れ顔の里長の顔に、何の反応を返すこともできなかった。
「好いた相手がいるなら言えばいいものを」
吐き捨てるように男に言っても、おそらくは聞こえてなどいないだろうに。
こうして転がされていては慰めることもできないから、視線だけで詫びると、また深いため息を吐かれた。
「お前たちはなんだってこんな無茶をするんだい…!子を成せといったが、寄り添う相手がいるならそれでいいんだよ!ったく!」
額をなでる手は優しい。まるで母の。
頬を伝う涙を拭って、微笑んでくれた。
「そろそろあっちも起こせるから、それまでお前はそのままだ。…まあもう後を追うような馬鹿な真似はしないだろうけどね。上の連中がうるさいし、コイツへの仕置きでもあるから勘弁しておくれ」
ええ、もちろん。だって俺が悪いんだ。大人しく殺されようとしたから、だからこの人も諦めた。ぶん殴ってでも止めればよかったんだ。せめて幸せになってくれと言おうとしていたら、すぐにこの人がしようとしたことを止められたはずなのに。
「寝な。…起きたら、コイツと一緒に説教だ」
すぅっと意識が遠のいた。起きたら、会えるなら眠るのももう怖くない。
「あーあ。馬鹿な子を持つと大変だよ」
苦笑する声とは裏腹に優しい手に、もう大丈夫だと信じる事が出来た。

起き抜けに里長にまで嫉妬して大暴れしてくれた男のおかげで一悶着あった。
俺だってしたことないのにという言葉が、縛り上げられた俺への最初のひとことだったらしいから、腹が立つより呆れるしかないだろう。
やっぱり逃げるだのなんだのと散々に駄々をこね、病院を破壊しかねない状況になってから、俺が目覚めてこの人の名を呼んだ。
それからはもう早かった。しがみついて泣くし、クナイを止めた時の手の傷跡を見て泣くし、それなのにそんな格好してたら興奮するとか言い出すし、もう散々だ。
説教はされた。というか、男は肉体言語で食らっていた。
俺は…この馬鹿を頼むと言われたくらいで済んだので、あまりの男の駄目っぷりに多少感謝したくらいだ。
一撃で岸壁を粉砕できる女傑に殴られたら、俺は多分死ぬと思う。
男も相当辛そうだったが、一応ガードできていた辺り流石上忍だ。すぐに治してもらってたしな。
「俺の」
「はいはい」
「ねぇ。俺の」
「はい」
まだしばらくは病院にいろと言われて、俺も相当重症だったということを知った。
単純な外傷だけだった男より、俺のほうが危なかったらしい。
手の傷も深いが、何よりチャクラ切れで死に掛かっていたのだと後で聞いた。拘束していた布にも回復の作用があるとか何とか説明もしてもらえたが、最後までピンと来なかった。
眠る男ばかりを見ていたから、まるで気付かなかったんだよ。
早々に懲罰任務に追い出されたはずの男は、こうしてすぐに戻ってきては俺に懐くので、里長も諦めたらしい。
「食べて。早く抱きたいんだから治して」
勝手なことばかり言う男は、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
まるで女房のようだなと笑った女傑には、俺の難だから当然でしょなんて言い出すしなぁ。
状態は、もう大分いいらしい。一度は機能を止めた内臓も、今は動き始めたおかげでこうして飯も食えるようになった。
心配性の男がこうして完全に治るまではとここに押し込めていることの方が問題だ。
「早く、治したいです」
呟きはただそれだけの意味だったのに、男が色悪な顔でにやついている。
「ん。そーして?」
きわどい所に指を滑らせ、下手したらここで始められかねないので突っぱねた。
どうも力がまだ入らないから弱弱しいものになったが、それでまた顔色を変えて俺を寝かしつけてきたからある意味正解か。
退院したら大変だろうな。こりゃ。…男を感じたいのは俺もだから言わないけど。
「好きですよ」
「え!」
驚いた顔。そりゃそうか。言ったのは初めてだ。
うん。こんな顔が見られるならまた言ってもいいかな。
「も…覚えてなさいよ…!」
毒づく男の声さえも甘く甘く。
それはこっちの台詞だとか、二度と早まった真似をするのは許さないとか…起きたらキスをしてもらおうとか。
そんなことを思いながら、襲い繰る眠気に逆らわず、意識を手放したのだった。


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適当。
ふんいきでおたのしみくらさい。もうちょっと長くかきたいかも。
ご意見ご感想お気軽にどうぞ。

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