しんぷるいずざべすと(適当)



塵一つないとまでは言いがたいが、すっきりきれいに片付いた部屋に言いようのない満足感がこみ上げてくる。
「うっし!」
完璧だ。
うずたかく積まれていた巻物も参考書も、処理しきれないまま封筒にみっしりつまっていた書類たちも、書き散らしては丸めて放ってあった反故紙も、洗濯したはいいがそのまま無造作に積み上げてあった服も、食ったまま流し台に放り出してあったカップラーメンの空き容器も…とにかくありとあらゆるものたちが整然とそれぞれがあるべき場所に収まっている。
山となったゴミはきれいに分別してゴミ捨て場に置いてきた。
ビールの缶の多さを突きつけられてこんなに飲んだだろうかと焦りもしたが、最近の激務を思って少しばかりの贅沢なら許されるだろうと勝手に納得しておいた。この程度のことなら、羽目を外すというほどのもんじゃないはずだ。
うん。これでいい。なにもかも綺麗さっぱり片付いた。完璧だ。
…どこか落ち着かない気分がするのは気のせいだ。
シーツを交換したベッドの上にねっころがって、天井を見上げて瞳を閉じた。
些細だが異常なほど神経に障る違和感を、なんとかしてやり過ごすために。
「気のせい、だ。きっと」
*****
「ま、こんなもんでしょ」
そう大して帰ってこない部屋だからと掃除をついつい怠っていた。
ゴミ箱一杯の紙くずも、新術開発のために溜め込んだ資料や、術の詳細を記録した巻物なんかも綺麗さっぱり片付けた。
忍犬の毛は意外といろんな所に潜んでいて、転がすタイプの粘着シートをたっぷり使い、もちろん掃除機も駆使して、もうフローリングがざらつくなんてことはない。
任務の帰還がずれ込んだせいで、冷蔵庫で干からびていた野菜たちも謝ってから土に返したし、ついつい溜め込んでしまった忍犬フードの試供品も思い切って古いものから捨てておいた。
イチャパラは保存用はいつものように結界の中にあることを確認して、ポーチに入れておく1冊をのこして他の残りは本棚にもどしたし、ごちゃついていた隠し戸棚の中の丸薬なんかも綺麗に整頓しておいた。暗部時代に使っていた痛みを感じなくする薬や、一振りで国一つ滅ぼせる毒なんかも厳重に封をして、モノによっては無毒化して処理しておいた。
見た目はそう大して変わらないけど、完璧だ。
何もかもが整った部屋。
これで気分よく過ごせるはずなのに。
「変なの。…あー…なんでよ」
落ち着かない。手が、足が、何かを求めて勝手に動こうとする。
ここは俺の居場所じゃない。だって足りない。

でも、何が?

分からないのにどうしても過ごしやすいはずのこの部屋にいることができなくて、気付けば外に飛び出していた。
探さないと。どこへ?なにを?
足は勝手に走りだしたまま止まらずに、胸のざわつきは酷くなるばかりでむしろ痛みさえ感じ始めている。

たらないたらないたらない。いちばんだいじなものなのに!

「あ」
いた。そう口が動いたのが分かった。
それから俺自身も眩暈がするほどの強烈な歓喜と欲望に支配されて、息を乱して固まっている男を捕まえるために瞬身する。
「捕まえた!いた!あんただ!」
「ああくそ!わかんねぇよ!わかんねぇけど…!あんただ!足りないんだよ!どこ言ってたんだ!っつーかでもあんた誰なんだよ!」
二人して訳の分からないことで喚いているのに、嬉しくてたまらない。幸い二人の他に人気などないし、この人がいればもうそれだけでいいんだから後のことはどうでもいい。
ただ確かめないと。
抱きしめた体は十分に鍛え上げられた男のもので、しかも素足だ。その足にも欲情して、擦りつけた腰に同じ状態のモノを感じてたまらなくなった。
視線が絡み合う。濡れて、飢えて、欲しがって狂いそうなほど求め合って。
結局、居心地がいいはずの部屋にはもどらなかった。
…そんなに長い時間我慢なんてできなかったからね?
*****
「あー…なんだ。俺は、ガキか」
少しだけとはいえ反省した。道端で盛った挙句に近場の茂みに引っ張り込んで…というか、もつれ込んでだな。お互い我慢がきかなかったから。
そんな風にやっちまうって、十代のやりたい盛りならまだしも、もう三十路にも手が届こうかと言う年齢で流石にやりすぎだ。
「ガキじゃないでしょ?立派でしたよー?こことか、こっちも」
「さ、わんな!もうこんなとこでやれねぇよ!」
胸やら腰やら、もっときわどい所までまさぐる男は、どうやらまだ湧き上がる欲がおさまっていないらしい。…それはまあ俺も一緒なんだが、流石に三回も抜かずにやったら多少は冷静になる。やりたいのは山々だが、羞恥心ってものが捨てきれないし、異常事態だってことがわかるだけになあなあにできない。
見知らぬ男だ。そのはずだ。それなのにお互いに生き別れた番にでも出会ったように、それこそ狂ったみたいに欲しがって、今も押さえ込むのに苦労するほどだ。
「ここじゃなきゃいいの?どこがいい?俺の部屋綺麗に掃除してあるよ?」
「そりゃ俺もですけどね。いまだかつてない綺麗さですけど」
俺の部屋だって綺麗だと自慢しかけて気がついた。
何かが、おかしい。
「記憶操作とかされたんでしょうけど、もう俺は見つけちゃったし、あんたの部屋でも俺の部屋でも、お互いの痕跡消されちゃってたとしても、もう手遅れです」
指が絡む。吐息が絡む。それから多分心も。とっくに絡め獲られてがんじがらめで、離れることなんてできやしない。
「だって、あんただ。あんた以外ありえない」
「そういうこと。ま、場所はどっちでもいいですけど、あんたの家の方が近いかな?」
「そ、うですか、ね?」
この男の家を知らないからわからないが、どうしてかそんな気がしたから頷いた。
腰を使いすぎてへにゃへにゃした歩き方の俺と違って、男は危なげなく歩を進める。
俺の部屋へ。…もう、なんだかわかんねぇけど、とにかく俺の部屋はこれで完璧になるんだろうということだけは確信していた。
「名前、教えて」
「イルカ。うみのイルカ」
「ん。俺はね。カカシ。はたけカカシっていうの。よろしくね?」
もうとっくに体のほうは宜しくされちゃったけどねーなんて、歌うようにいう男の耳をひっぱってやったりしてたら俺の部屋についていて、やっぱりカカシと名乗った男がいる俺の部屋は完璧で、嬉しくてしがみついて。
気付いたらまたあんあん言わされていたのは、流石に脳みそのネジがとっぱずれすぎていたかもしれない。
*****
「イルカ」
「ん。カカシ、さん?うー…いってぇ…やり過ぎだってあんだけ言ったのにあんたなぁ…!」
「うん。ごめん。…あのね?術、解けそうだけど」
「あー…どっちでもいいですが、そうですね」
「もー!どっちでもって酷いんじゃない?愛のメモリーでしょ?きっと」
「ああ。どっちにしろ俺はあんたにめろめろみたいですから。あんたもでしょう?」
「そんな殺し文句!ずるい!大好き!」
「はは!まあ、その。えーっと?末永く一緒にいましょうか」
「そんなの当たり前でしょ!」


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適当。
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