ソイツの様子がおかしいってことと、どうやら俺がまたしても貧乏くじを引いちまったらしいことには上忍待機所に入ってすぐに気付いた。 上忍の中でもコイツは特に任務漬けの日々を送っていて、ここにいること自体が珍しい。ソイツが普段黙ってエロ本片手にだらしなく腰掛けているソファに、今日は悩ましげな吐息を吐きながら、あからさまに俺に向かって呟いた。 挨拶もなしに、だ。まあヤツにとってはいつものことなんだろうけどな。 「なし崩しがいいか軽く監禁がいいか迷ってるんだよね」 「はぁ!?どっちも犯罪だろうが。懲罰受けてぇのか?」 聞き流して適当に話を切り上げるつもりが、できなくなった。 何考えてんだこいつは。…まあいつも何考えてるんだか分からないやつだったけどなぁ。ここまでじゃなかった、はずだ。 強くて強すぎて、周りと自分とは違うってことを自覚した上で、他人との距離を取る。コイツはそういうヤツだった。 見た目もおやじさんとそっくりで目立つ。それも不愉快がられる方じゃなくて、目を引く方で。 エロ本持ち歩いてるのに女には常に狙われているような男だ。ちょっと声をかけりゃあ殆どの女がついてくるだろうに、それが監禁。 相手がよほどお硬い女なのか、それとも訳ありか…まさかどこぞの大名の娘じゃねぇだろうな? 「ああそれは大丈夫じゃない?多分」 大丈夫ってことは、おえらいさんの娘とかじゃなさそうだな。むしろ忍か。他里の人間ってこともありうる。 「…で、相手は?」 わざわざ声を掛けてきたんだから何か聞きたいんだろうと、探りついでに水をむけてやったのに、視線も合わせやがらねぇ。 「ナイショ」 なげぇ付き合いだ。後ろ暗い事があるのは分かる。派手にやらかすときこそしれっとしてやがるからな。こいつは。 「ま、まあやっちまうんじゃねぇなら…」 「ん。スルよ?そのために決まってるじゃない」 手を出さないでちょっとばかり時間を取らせるくらいなら、まあまあ許容範囲だろうと譲歩してやったってのに、初めて視線を合わせたかと思えば言うにこと欠いてこのセリフ。 「…おめぇよ…」 ため息は重く、部屋の空気も重すぎて、いつの間にやら他の上忍連中の姿も消えてしまっている。ああくそ、めんどくせぇ。 「んー?監禁コースは途中からでも行けるかなぁ。とりあえずなし崩し狙うことにするよ」 パタリと本を閉じ、立ち上がって迷わず窓から出て行こうとしている。 「お、おい!」 「じゃ、ありがとう」 相談にもならない会話のどこに礼を言ったのかわからねぇが、それより何より問題なのは…。 「…誰なんだよ相手は」 とにかく次に会った時問い詰めて、止めとけと言っておいてやらねぇと。 「ああめんどくせぇ」 会話の間中くわえたまま忘れていた煙草は、燃え尽きそうになっていた。 …数日後、やたらと腰を庇う顔見知りの中忍と、寄り添うと言うより付きまとうように張り付いてはなれないヤツの姿を目撃して、俺は自体を悟ったんだが…。 これはもう、どうしようもできねぇような気がする。 まさかその足で任務に行って、そのまま決行するとは思わなかったんだ。すまねぇイルカ…! 「あ、アスマ先生!」 「ん」 視線が鋭い。獲物を奪われないように威嚇する獣のようだ。 めんどくせぇな。コイツ。 「すみません。授業があるのでお先に失礼します」 「お、おう!がんばれよ!」 「ありがとうございます」 相変わらず礼儀正しい気のいいヤツだってのに、コイツは。 「おいてめぇ…!」 「うん。俺のだからよろしく」 「よろしくじゃねぇだろうよ…」 幸いイルカの方もまんざらじゃなさそうに見えるが、こいつのことだ。術でも薬でもなんでも、どこの誰よりも詳しいからな。 「もうちょっとかかるかなぁ。なし崩し。ま、我慢できなくなったら監禁するけど」 「するな!…あーなんだ。アイツはよ、嫌だったら死ぬ気でかかってくるだろうから、気長に我慢してやれ。それに嫌がったら我慢するのもあーその、あ、愛っつーかだな」 「そうだね」 ふっと気配が緩んだ。…なんだ?コイツ。 「…わけが分かんねぇぞ」 「ん、いーの。アスマなら止めてくれると思ったんだけどねぇ?俺の方が強すぎたみたい?」 「何がだよ…おめぇいい加減に」 確かにコイツとやり合ったら勝つ自信はない。いいとこ相打ちだろう。だがなぁ。そういう話をしてる場合じゃないだろうに。アイツのためにも少しばかりモノの通りってもんを叩き込もうとしたとき、それはもう綺麗な顔で笑ったんだ。コイツは。 「愛ってヤツじゃないの?やっぱり」 そのままいそいそと背を追いかけていくのを見送って、これは所謂犬も食わないってやつにはいるんだろうかとため息をついておいた。 ******************************************************************************** 適当。 あついようあつい。 |