腹が痛い。というか下していると言うかだな。 体は丈夫なほうだと思っていたんだが、流石に限界だったらしい。 そりゃそうだよな。あんなことされたらおかしくもなるよな。 それはもうどういうことなんだと叫び出したい経緯でもって、人生初のありえない体験をした体は、あからさまな不調を訴えてきている。 トイレの便座に腰掛けたまま、腹以外にも軋んで痛みを訴える箇所を刺激しないように、身じろぎさえ出来ないでいる。 「おーいイルカー!大丈夫か?」 「お前もう帰れよ?な?お前がぶっ倒れるなんて…その風邪相当だろ?それともあれか。なんか悪いもんでも食ったのか?」 「でもコイツ普段腐ったもの食っても平気だぞ?」 「…お前ら。トイレで騒ぐなよ…」 もっと言うならそっとしておいて欲しい。 痛みや不快感ならどてっ腹を掻っ捌かれたことも、背中に大穴空けたこともあるから耐えられる。 それよりなによりいたたまれないこの気持ちの処理の方に困り果てているだけだ。 「だからさ。お前もう帰れよ」 「代休だって溜まってたろ?有給も使ってないじゃん」 「そうだそうだ!お前のその風邪、感染ったら困るだろ?な?」 まるで感染源のような言いようだが、そうでもしないと普段の俺なら腹を壊した位じゃ梃子でも帰らないせいだってことは分かっていた。気を遣ってくれているんだ。感染力の強い病気でもなければ、基本的には多少の無理は承知で働いちまうからな。 …ここにいても俺じゃ役に立たない。それに気分も滅入るばかりだ。 「…すまん。帰らせてもらう」 「授業もないし、明日も休みだろ?そうしとけ」 「届けは出しとくからな!」 「暑いからってクーラー入れすぎるなよ?温かいもの食ってゆっくり寝てろよ?あとおさまんなかったら速攻医者行くんだ!」 「ああ、ありがとな」 俺が抜けた後の処理についてきゃわきゃわと騒ぐ様はアカデミー生と変わらないが、アカデミー教師らしく心配性の同僚たちの気遣いが今はありがたかった。 そもそも腹はもう空っぽで出るものも出ない。今朝も食欲なんてなくて、逃げるように出勤してきたし、まずもって家でさんざっぱら下したからな。今はもうただ痛むだけだ。ついでに出口のほうもだが。いや入り口か。入り口なんかに使用する予定はなかったんだが。 「うぅ…!」 思い出したくない諸々が甦ってきて、渋り腹の痛みよりもそっちの方が辛い。驚いて見上げる先で苦しいような悲しいような表情で、だが明らかな興奮を隠そうともせずに見下ろしてきたときのこととか、引き裂かれる瞬間の痛みと、その瞬間の切なげな吐息と名を呼ぶ声と、重なり合う皮膚の熱と、腹の中でありありとその存在を主張していたあの人の…。 「…帰ろう」 流石に家にはもういないだろう。いないはずだ。いなくなっていて欲しい。 何の弾みで俺を選んだのかなんて知りたくもない。…いいとこ孕まない処理の相手だ。同じ性を持つ、それもそれなりにゴツイ俺相手にあれだけ興奮できたってことは、毒か薬か何かに中りでもしたんだろう。 あんな夜を知りたくなんてなかった。ただの淡い憧れのまま殺すつもりだった感情が、今はもうこんなにも押えようがないほどざわめいている。 こんなもの恋にもならない。だが恨むこともできない。 おっかなびっくり尻を拭いて、もうあの白い残滓があふれ出てこないことにホッとして、それからよろよろと立ち上がって扉を開けた。 ら、いた。諸悪の根源が。 「ぎゃあ!」 「痛い?ごめんね。俺のせいで。手当てするつもりだったんだけど、気持ちよすぎて止まれなくて…薬飲んで?」 「ふぐ!」 口に何かを押し込まれた。唇が重なっていて、その錠剤を喉の奥に押し込んでいるのはこの人の舌で、ついでにしても尻なんか揉まなくてもいいだろうが! 「ああ、塗るのも持ってきたから。ここでは…ちょっとね?帰れるって聞いたから、帰りましょう?」 「は?え?」 いやだからあんたなんなんだと叫ぶ前に抱き上げられて、次の瞬間には家についていた。 俺の家だ。明らかに術による移動だった。この手の術は媒介するものを仕込んでおく必要があるはずなのに、いつの間に俺の家に? というかだな。尻がすーすーする。この人は服を脱がせることまで天才的に上手い。いやでもなにすんだ!ナニする気なんだ! 「ああ、腫れてる。今日は無理かな?切れてはいないみたい。よかった」 「わぁ!っく!や、やめッ!」 何が良かっただ!普通にイテェよ!下したのも訳のわからんこと仕掛けてきたあんたのせいだろうが!多分! 傍若無人に尻に指を突っ込まれて、それからぬるぬるしたものをぬりこまれたから、またあんな行為を仕掛けられてしまうんじゃないかと怯えたものの、気付いたらベッドで布団を掛けられていたからどうやら難を逃れたらしい。今のところは、だが。 「熱出ちゃうかな?俺の家の方が色々揃ってるけど、安心できないよね?それに閉じ込めたくなっちゃったら困るし」 前半は分かる。どうやら介抱してくれる気でいるらしいのは、全力でお断りしたいが。だがそれよりも、閉じ込めるって何だ。困るのは当たり前だが、なに言ってんだこの人。 「勢い余っちゃってから言うのはかっこ悪いんだけど、好きです。そばにいさせて」 一応口調だけは懇願の形をとってはいるが、実質は命令なんじゃないだろうか。 堂々と勝手に家に上がりこんだ上に、尻をむき出しにした俺をベッドに運ぶ手際ときたらすさまじく早くて、ベッドにいる事に一瞬気付けなかったくらいだった。いつの間にか一応家においてあるが普段はその存在すら忘れていたパジャマも着せられている。 帰れって言っても無駄だろ。むしろ刺激しないほうがいい気がする。…多分。 この人への処理できない感情のせいってだけじゃなくて、忍としての勘も、ゆらゆらと揺れる視線に潜む熱を見逃せないと言っている。 なんてイキモノに目をつけられちまったんだ。俺は。 「…あの、ええと」 「返事は後でね?今弱ってるでしょ?断られて洗脳とかしたくないし」 「せん、のう…!?」 「そろそろ痛いの治まってきたかな?食事の用意しますね?」 言われて見れば痛くない。迷いなく台所に向かった上忍が、俺の家で、しかも手馴れた素振りでエプロンなんかもつけて俺の飯を作っているこの状況。 なんなんだ。一体。どういうことだ。 「うう」 下手に呻いたのが悪かったんだろう。俺のせいじゃないといいたいが。 おかげでこの男はどうやら相当心配性だってことを身を持って思い知る羽目になった。 …三日三晩、甲斐甲斐しく世話を焼く上忍のせいで家から出してもらえなかった俺が、その間中たっぷり自称愛の言葉とやらを吹き込まれ続けたのは、殆ど洗脳と変わりないんじゃないだろうか。ついでに状態を確かめると称してたっぷり尻をいじ…いやその! 「イルカ先生。一緒に帰りましょ?」 「あー…はい」 迎えに来てくれるのは嬉しい。未だ返事はできていないが、とっくに落ちてしまった自覚はある。 …でもなぁ。多分これは俺を逃がさないためなんじゃないだろうか。 「手、つないでもいーい?」 「あ、はい、その。…どうぞ」 「ふふ、ありがと」 痛みを感じるほど強く手を握って、幸せそうに笑うこのイキモノをどうすべきか。 それが目下の所俺の一番の悩み事である。 ******************************************************************************** 適当。 あついようあつい。 |