銭湯3(適当)



「お。イルカじゃないか!」
やっぱりコイツも着たかと声を掛けてみれば、背後に恐ろしいイキモノが張り付いていた。
ななな!?なんでいるんだ?こんなとこに!
…恐ろしく逆立った銀髪、顔の半分を覆ってる覆面。どれをとっても間違いなくカカシさんだ。
「アオバさんもですか?ここのお湯やっぱりいいですよね」
確かに湯加減はよかった。任務帰りにたっぷり堪能してついでにフルーツ牛乳をたしなみながらマッサージ機に日ごろの疲れを癒してもらって、気分良く帰ろうと思ってたのに、なんてことだ。
「ゆ、湯加減は相変わらず最高だったぞ!」
「ふぅん?」
瞳を輝かせてるイルカはいいとして…。
恐い。恐すぎる。背後のイキモノの殺気で折角のフルーツ牛乳の味もわからなくなりそうだ。
イルカには邪道と騒がれるこの飲み物こそが、銭湯では至高の癒しだと信じていたのに。…それはいまや俺の口の中で泥のようなものに変わっていた。
だってそうだろ?殺気まみれで俺を睨んでんだぞ!ここの所異常にイルカにご執心な某上忍が!そんなんで味なんか分かるか!
…狙ってるのは知ってたが、まさかここで出くわすとは…!
誘ったのは十中八九イルカだろうが、この人なんでほこほこついてきちまったんだよ!勘弁してくれ!アンタ元暗部だろう! この時間は比較的空いているから穴場だったってのに…。
「じゃ、早速説明しますね?カカシさん。これがロッカーで、お金は後で返ってきます。ここに貴重品とか脱いだものを入れてください。他の銭湯だと刺青禁止ですけど、ここは大丈夫ですから安心してくださいね」
「へー。ああ、こういうロッカーは使ったことあります」
「そうですか!基本的には同じようなもんです。あとタオルは…持ってきてますもんね!」
「ええ。一応家にあったのを」
視線を合わせないようにしながら聞くともなしに聞いていると、流石イルカだ。まあ確かにカカシさんならこういうの知らなくてもおかしくないもんな。
…イルカの前だと凄腕上忍も子どもみたいに見えるのか。新しい発見をしたな。それにしてもタオルの柄酷いな。へのへのもへじとか…まさか特注でもしてんのか。良くあの人の忍犬も同じ柄の布巻いてるよな。
「それから石鹸とかシャンプーとかはおいてないんで、こだわりがなければ俺のどうぞ」
「いいの?じゃ、お借りします。後で何かお返ししますんで」
あ、シャンプーすごい速さでロッカーに隠した。何無駄に本気だしてんだこの人。
…一緒にシャンプーってシチュエーション狙いか。分かりやすいなー…。
にしてもあのシャンプークソ高い暗部御用達のだよな。さすが高級取りはちがうなぁ。
「はは!じゃ、後でここで一番のお楽しみがあるんで、それにしましょうか」
「お楽しみ…?」
…イルカめ…!まさかアレを勧めるつもりじゃないだろうな…?
コーヒー牛乳なんてものを飲むくらいなら、普通の牛乳のがいい。そしてやはりフルーツ牛乳こそが…!
「まあまあ、まずはお湯です!ここのは源泉からたっぷりくみ上げてくるんで、ほんっとーに泉質が良いんですよ!」
「ふぅん。温泉って水でしょ?運ぶの大変そう」
「番台のおばちゃんが元上忍なんです。だから細やかな気遣いもできるんでしょうね」
「へぇ」
一見気のないフリに見えるが、カカシさんさっきから必死だな。
チャクラ探ってるのは…アレか。おばちゃんが上忍だからって、嫉妬とかしてないだろうな。…してるんだろうなぁ。俺にまで殺気立ってるくらいだもんな。
俺は清楚で優しいお姉さま以外に興味はないっつーの。世話好きなところはポイント高いかもしれんが、同じもんぶら下げてる上にザルを通り越して枠で頑固者の同僚に一欠けらだって反応しない。
だからこっちみないでくださいよカカシさん…!
「鍵はちゃんと忘れずに。手首とかに留められますから」
「良く出来てるね」
「へへ!そうでしょうそうでしょう!銭湯ってすごいんですよ!」
「ちょっと驚いたかも」
「へへー!後でもっと驚きますから!さ!支度しましょう」
そういってイルカが服に手をかけた途端、凄まじく低い声が耳元で聞こえた
「…まだそこにいる気…?」
分身か。それとも幻術か。おばちゃんが怒ってないってことは、根回し済みなのか!?
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るわ。コイツももう飲んじまったしな!」
「まーたそれですか。どうせならコーヒーぎゅ…」
一気に飲み干して空っぽになったフルーツ牛乳のビンにイルカがうだうだ文句を言ってる間に、汗が引くまでと思って脱いでいたベストを速攻着た。
冷ややかな空気のお陰で、汗はとっくに引っ込んでいる。…冷や汗が変わりににじんでるけどな。
「さようならー」
触らぬ神にたたりなし。忍にとって逃げることは恥じゃない。
荷物をまとめて牛乳瓶はそっとおばちゃんに手渡し、全速力で駆け出した。
よって、二人がその後どうしたのか俺は知らない。
ただあの日から随分距離を縮めた二人を時折銭湯で見かけるようになったお陰で、俺の憩いの銭湯タイムは時折サバイバルタイムに様変わりするようになった。
しかも相変わらずイルカはコーヒー牛乳だし!カカシさんはまあ牛乳だったから許すけど。
だれかこの至高の味わいを理解してくれる仲間はいないものか。
…今度ライドウとか誘ってみるかな。アイツいつも予定なさそうだからいける気がする。ゲンマはなー…なんでアイツがあんなにもてるんだろうな。顔か。やっぱり顔なのか。それからあのソツのない女あしらいの腕。どうにかしてモノにしたいもんだ。
「あ、イルカせんせ。ここ見ちゃいますね」
「え!あ、ちょっとアンタなんてとこに痕を!」
こっちがやさぐれててもいちゃこらこいてるバカップルは気にしちゃいないからな。さっさと帰ろう。
最近慣れすぎて無言でそっと姿を消す俺に、今日も勝ち誇ったような笑みを浮かべる上忍は、少なくとも本気みたいだからいいよな?イルカもなんだかんだで楽しそうだし。
「あー…むしろゲンマに合コンセッティングしてもらうか…」
あんなもん見せられたら、独り身の寂しさが身に染みる。
とはいえどことなく侘しさを抱えちゃいるが、なんだかんだいってあの二人をみているのが楽しいってのは否定しない。
いっそのことそれこそあいつら誘ってみるか。二人のいちゃつきっぷりにどんな顔をするだろう。
俺は少しばかり上向いた気分で、今日もキンキンに冷えたフルーツ牛乳を飲み干したのだった。


ちなみに俺の思いつきは後日実行にうつされた。
なんでかしらないが、二人ともものすごい乗り気だったんだよな。
でもなぁ。ふたを開けてみれば、ゲンマは喜んで普通に声かけてるし、ライドウは「どういうことだ!?」とかいいながら目ぇ剥いてあせってるし。
その上フルーツ牛乳は全力で否定された。あんなに美味いってのに。ありえないとかマズイってどういうことだよ。
ライドウは牛乳派でカカシさんと同じもん飲んでるし、ゲンマなんかビールとか言い出すんだぞ!邪道だ邪道!
こうして俺の平和な銭湯生活にはアクセントが加わった訳だが。
…俺の地道な努力の甲斐なく、フルーツ牛乳派は未だに増えていない。
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適当。
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