銭湯(適当)



「ねぇ。銭湯って行ったことある?」
顔見知りの上忍…というにはそこそこ付き合いのある男に唐突にそう言われて面食らった。
任務中は元より、普段から飄々とした態度を崩さない男だ。
腕はいい。それはもうすこぶるつきにいい。
仲間を庇いすぎるきらいはあるが、この人が一緒でなければ生きて帰れなかっただろう経験を幾度もしたもんだ。
真面目というより忍馬鹿だな。女関係も大人しい。まあ他の上忍連中と比較したらって程度だが。
花街で綺麗に遊ぶことはあっても、素人と火遊びなんざ持っての外。勿論言い寄るくノ一連中は山ほどいたが、それも恨まれないようにさらっと交わしているのを知っている。
女あしらいにはそこそこ定評も自信もある俺なんかよりずっと、この人のほうが遊びって意味じゃ向いてるんだろう。
俺なら。遊びでもなんでもそのときだけは本気のフリができる。むしろそれが礼儀ってもんだと思ってもいる。
花町ってのはそういう所だ。一夜限りの本気の恋に、溺れず醒めず、駆け引きを楽しむためにある。
だがこの人の場合は本当の意味で“遊び”だ。本気なんて欠片もありゃしねぇ。
せめてフリでもすれば合わせてくれる女が山ほどいるってのに、だって面倒でしょの一言で、一度抱いたらそれっきり。
憎いともつれないとも嘆く女は数知れず、そのくせその全てに好かれてるとあっちゃ、嫉妬よりも呆れが先に立つ。
寂しい人だからと、どこか遠い目で呟く女たちを何度目にしたことか。
色男ってのはそんなもんなのかね?常に女に追っかけさせてるってのに、自分から追うなんてことは考えもしないらしい。
そのお陰で知り合いと思われている俺に持ち込まれる嫉妬交じりの愚痴は多い。ついでにそれを肴に遊ばせて貰ったりもするから役得っちゃ役得だな。この手の駆け引きに付き合ってくれる酸いも甘いも噛み分ける女たちにとっちゃ、流石に礼儀知らずな態度なんじゃないかと思うが。
いくらでもそんな女がいるんだから、馴染みでもつくればいいものを、一度で袖にするのをまるでルールのように守り続けている。
要するにつかみどころがないくせに、忍としての部分が恐ろしく優秀すぎて、少しばかり浮世離れしてる人だ。
そして、さっきの台詞はそんな男が言い出した言葉にしちゃ不自然すぎた。
銭湯…知り合いの中忍に一人、やたらと温泉好きの男がいて、温泉じゃなくても広い風呂がいいとかで通い詰めているんだが、まさかな。第一接点なんてあったか?それでなくても人付き合いがいい方じゃないからな。修行が趣味なんじゃないかと思う位の忍馬鹿だし。
この人は間違っても自分から不特定多数の人間と一緒に風呂に入るなんてことはしない気がするんだが。
ビンゴブックの常連が、どこで誰が襲ってくるかわからない状況で丸腰になるなんて、殺されにいくようなもんだからな。
斯く言う俺も…まあ面倒だしやらない。ツレが行きたがるなら別だが、自分から態々ってのはほぼありえない。この人も多分好き好んではしないんじゃないかと思うんだが…ってことは誰がそんなものの存在を吹き込んだんだ?
「…なんでまたそんなこと聞きたいんですかね?カカシさん」
口元に加えた千本を揺らしながら聞いてみたのは…まあ要するに好奇心だ。銭湯に入ったことは勿論ある。任務でも、それから下忍の頃なんかは。それを言っちまって会話が終わりになるのが惜しかったんだ多分。
「んー?でってほら、作法ってモノがあるでしょ?」
「作法ねぇ…?」
忍の隠れ湯なんかはつかったことがあるだろう。実際俺と一緒の任務だったときも時間差できっちり分けて風呂使ったし。アレはまあ見張りの意味もあったからしょうがないんだが、どうせならあんときもっとちゃんと見とけばよかったか。
「一緒に行こうって、誘われたの」
案の定。…っつーことはだ。相手はこの人を誘うのに抵抗がないヤツで、この人もわざわざ一緒に入りたいと思うような相手ってことだ。
それは…かなり楽しい話なんじゃないか?
あれだけ他人に関心がない男が、態々人に聞いてまで行きたがるってことは、相当相手に参ってるってことだ。…女か、それとも。
下世話な好奇心がむくむくと湧いてきて、それを押さえ込もうなんざ露ほども思わなかった。
「へー。で、誰にっすか?」
こういうことはさらっと聞くのが一番。他意はないってのを強調しすぎるより、当然の顔でしれっとしてるのが不審がられないコツだ。
ま、この人そういうの気にしないみたいだけどなぁ。
「イルカ先生」
あっさり出てきた答えに思わず千本を噴出すところだった。
…さっき思い出した温泉好きの名前がここで出てくるとは。
まあアイツもいいやつだ。階級や境遇で人を差別しない。いつもニコニコしてる割には、やられたらやりかえす性格で、ちょっと短気だけどな。
いや、ありゃ熱血っつーのが正しいか。
おかげで狐っこもよく懐いて、忌み子だってのにすくすくとまっすぐに、ついでに育ての親に似てか、直情気味の無鉄砲に育ったらしいってのは聞いた。
「へー?珍しいっすね。カカシさん、アイツと付き合いありましたっけ?」
二人はどっちかっていえば、まるで水と油だ。少しも重なる部分がない。
イルカは女に晩生で、狐っこの女体変化ごときで盛大に鼻血吹くし、エロ本見せてやったら前かがみになって涙目になるような純情路線まっしぐらな男だ。普通の女は…まあさすがに引くから、ちょっと縁遠いみたいだが、その気になりゃあ幾らでも相手が見つかるタイプだな。忌み子がいなきゃもっと早く片付いてたんじゃないか?
片やこの人は…まあそっけないろくでなしみたいなもんだもんなぁ。人のことは言えねーけど。
「うん。元担任」
「あー…そういやそうでしたね」
すっかり忘れてたが、あのガキんちょ、もう卒業したんだな。一緒にラーメン食ってるときに見かけたときは、ただのやんちゃ坊主にしかみえなかったんだが。この人に認められたってことは見込みがあるんだろう。
…それでなんで裸の付き合いになるんだかさっぱりわからん。
「あの人、いいよね」
「あー…そうっすね。いいやつですよ」
多少のんびりしすぎてるっつーか、鈍い所もあるが、人が傷ついたり苦しんだりしてる気配には驚くほど聡い。
だからこそってんでアイツに狐っこを押し付けたんだろうが、あいつは周りの思惑なんて気づきもしないできっちり育てあげちまったもんな。
貧乏くじ引きすぎなんだよなぁ。あのお人よし。
「ふぅん?」
じろりとねめつけられて、どことなく苛立っている気配を感じた。
…まあつまりはそういうことか。アイツも厄介者ばっかり引き込むなぁ。
「隠れ湯、行ったことありますよね。アレとあんまり変わりませんよ。湯船に入る前に体洗えってのと、手ぬぐいだのタオルだのは湯船に浸けちゃだめってくらいですかね。アイツの方が詳しいでしょうから、教えてもらえばいいじゃないですか。先生なんだし」
「…そ?」
あーあー。ポーカーフェイスが台無しだ。顔は半分以上見えなくても、頬が桃色で、ついでにチャクラも桃色だ。
ろくでもないこと考えてる男ってのは、同性から見てもちょっと引く。ポイントは教えてもらうってとこなのか、それともやっぱりアレか?アイツの入浴姿か?
…イルカもかわいそうに。まあこの人、そっちの方面でも腕はいいみたいだから気持ちよくはしてもらえると思うけどな。
「アイツ晩生ですけど、いきなりやっちまったら、絶対許してくれませんよ」
「…ッ!ちょっと」
「口説いたら、ちゃんと真剣なら絶対考えてもらえますから。がんばってみたらいいんじゃないっすか?」
人の思いをないがしろにするってのは、アイツには絶対ありえない。
…それになぁ。多分ほだされやすいんだよ。この人みたいに寂しがり屋で不器用で、縋ることもできないようなタイプに。
「ゲンマ。どこまで知ってるの?」
どぎまぎする写輪眼の上忍様なんて、珍しいものを見た。
ま、役得役得。心配しないわけじゃないが、多分この分じゃ…何とかするだろう。
「まあ俺は、ダチが悲しむ所はみたくないんで、二人ともがんばって欲しい所っすね」
さりげなく上忍様をダチ扱いしたことに、多分この人は気づかなかっただろう。
にやりと笑ってさっさと踵を返した。
背後で混乱しているらしい気配は、それでもやっぱり上忍だな。すっと気配が落ち着いて、むしろ研ぎ澄まされていくのが分かる。
決闘じゃないんだから、もうちょっと肩の力ぬきゃあいいのに。
どうやら初めて本気になったらしい上忍の恋を、とりあえず応援しておこう。
相手の方も満更じゃなさそうだしな。
「銭湯のよさはこってり語られても、誘われたことなんてねーぞ?イルカめ」
ま、どっちが先に勝負かけたかは、今度聞き出すことにしよう。
今夜は良い酒が飲めそうだな。
ふわふわと桜が降り積もる道を歩きながら、あいつらの恋も咲けばいいと思った。


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適当。
つづくかどうか_Σ(:|3」 ∠)_
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