真夏(適当)


大枚はたいて買った扇風機が壊れた。
と言っても扇風機だからたかがしれちゃいるんだが、問題はこの暑さをどうするかだ。
元々動いたり動かなかったりするようになった壊れかけの古いものの代わりに買ったものだったが、どうせならとこれまでにない機能がついた最新式のものを買ったと言うのにこうもあっさりと動かなくなってしまうとは…。
「ついてねぇなぁ…」
古いのも一応動くからと捨て損なっていたのは良かったのか悪かったのか。
押入れから引っ張り出して二三回叩けば動いてくれたから助かったが、これもいつまでもつか分からない。
修理に出すにも買った店が夏季休業とかで、随分先になると言われてしまった。
これから孫と旅行に行くのだと言われればなんとかしてくれなどとも言えない。
目を離すと止まりかかっているこいつを相棒に、夏を乗り切るのはほぼ不可能だろう。暑いのを楽しむのも風流だと割り切って耐えられるほどの体力が今の俺にはない。
「相変わらずあっついですねぇ?」
お邪魔しますも、百歩譲ってただいまも言わずにあがりこむこの上忍のせいだ。
あがりこむだけならまだいい。麺類ばかりの食事は腹にたまらないなどと言いながら飯をたかるのも生徒が来たと思えば耐えられる。
「…うちには扇風機しかないといったでしょうが」
暑いといったその口で人のうなじをまさぐり、その長い腕は汗ばんだ体を閉じ込めるために使われている。
理不尽だ。
文句ばかりいいうなら、俺なんかにちょっかいかけなきゃいいのに。
「それ、もう扇風機っていわないんじゃない?」
弱りきった年代モノは、いくら調節しようとも微風レベルの風を起こすのが限界だ。
…だからそれも俺のせいじゃないんだよ。アンタだって分かってるだろうに。
「暑いでしょう?お帰りになったらどうですか」
上忍の家ならさぞや設備が整っていることだろう。
中忍宿舎の中でも群を抜いて老朽化が進んでいるこの建物とは比べ物にならないはずだ。
古くて家賃が安くてアカデミーには一番近く、何より長く住んで馴染んだここを気に入ってはいるが、この上忍には恐らくそんな話は通用しない。
「…しょっぱい」
ほらみろ。きいちゃいない。
どうせならもっと着込んでおけばよかったか。
暑いからとひっぱりだした浴衣だけじゃ、この男の思う壺だ。
「物好きですねぇ…」
息が、上がる。
暑さと、熱さと、それから誤魔化しようのない快感で。
「ん、そうね。…ま、アンタが食えれば俺はどこでもかまわない」
ピントのずれた会話はわざとなのかどうなのか。
この男の望むがままにされる体をもてあましているというのに、抗う理由を捜すこともできずにいる。
「…アンタの好きに」
それには答えず吐息交じりに笑う声が耳元をくすぐった。
この男にはなにもかもバレテイルに違いない。
「結婚とかしないの?」そう聞かれて惚れた相手がいると零したときには、まだ飲み友達程度の関係だったはずだ。
一生この思いを告げるつもりはないということもついでに言ってしまったのは、酔いのせいか、それともその相手が目の前にいたせいだろうか。
その日の晩だ。男がやってきて当然のように俺を抱いていったのは。
「じゃ、そーします。…アンタ全部俺のだから」
口調の割りに必死ささえ感じる性急な愛撫にも、もう馴染んだ。
この茶番を俺の手で終わらせるには、膨れ上がった思いが大きすぎる。
いらなくなったら、きっと捨ててくれるだろう。
その日を待ち望んでいるのか、それとも恐れているのか、それすらも曖昧だ。
考えたくないのかもしれない。揺らぎ続ける思考を、このうだるような暑さのせいにできるうちは。
「きもち、い」
ああ、溶ける。体も、思考も、与えられる熱でもうドロドロだ。
いっそ本当に溶けてしまえたらいいのに。
「ふ、ぅ…ッ…あ…!」
啜り泣きにも似た声が自分の口からこぼれるのをどこか遠くに聞きながら瞳を閉じた。
耐え切れずにこの男に縋る腕を見ないで済む様に。


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適当。
あついー…
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