先輩13 -斯くも長き不在-(ヤマト視点幼馴染カカイル夫夫)

梅雨空はまるで泣き止まない子どものように、大きな雫を零し続けている。
そして、目の前の真っ黒い瞳からも…。
「イルカさん…。」
「かえっ…ぅるって…!言ってた、のに…っ!」
可愛らしい顔をゆがませて、苦しそうに息を吐いて、…泣いている。ずっと。
「大丈夫。…先輩なら絶対に帰ってきてくれます!」
先輩は強い。手誰ぞろいの暗部である僕たちの中で誰よりも。
それに…先輩のために泣いてくれるこんなに大切なひとがいるんだから、絶対においていくはずなんか無い。
自分にも言い聞かせるようなその言葉は、まるで祈りのようで、我ながら怖くなった。
失う…何も持っていなかった僕に、仲間の意味を、守ることの意味を教えてくれた人が。
ソレを想像するだけで、足元がなくなったみたいにくらくらした。
「テンゾウさん。…泣かないで。」
こっちが苦しくなるくらいに、掠れた声で。
…イルカさんが僕の頬に触れた。
イルカさんの手をぬらしているのは…僕が零した涙。
いつの間にか泣いていたらしい。
そんなコトに気付かないくらい意識が散漫になっていたってことか。
…我ながら情けないと思うのに、一度こぼれた涙は堰を切ったように溢れていく。
「っ!…ごめんなさい…!」
イルカさんの手にこぼれた僕の涙で、イルカさんが汚れたような気がして凄く悲しくなった。
触れれば先輩の逆鱗に触れると分かっていたのに、慌ててハンカチで拭ってしまうくらいに。
「泣きたいときは泣いた方が楽になるから…っ…」
自分も辛いのに、一生懸命僕を慰めようとしてくれているイルカさんに申し訳なさと共に改めて確信が持てた。
やっぱりこんなに可愛い人を置いていけるはずがない。
先輩が里との連絡を絶ってもう1週間経つ。だからこそ、僕は三代目の命を受けて、先輩の奥さんであるイルカさんに伝令に向かった。
…本当はいつもみたいに木遁を使って渡すか、それとも式にしてしまうべきだと分かっていたけど…イルカさんが心配だった僕は、ついそのまま扉を叩いてしまったんだ。
扉が開くまでには結構な時間が掛かって…その間に十分自分の行動を悔いることは出来たんだけど…開かれた扉の向こうから憔悴しきった様子のイルカさんが出てきたことで、僕の懸念があたっていたことを知った。
出来るだけ完結に事実だけを伝えて…それから、慰めようとしてたはずなのに…僕が泣き出してしまった。
…子どもみたいに。
「テンゾウさん…絶対に帰って来てくれるから…!」
「…ええ!先輩は…絶対に帰って来てくれます…!」
僕の頭を撫でながら、優しい瞳で見てくれる人。僕なんかに笑顔をくれる人。
先輩が一番大切にしている人でで、先輩を一番大切にしている人。
なぜか妙にざわざわする物を感じながら、僕はその手に甘えてしまおうとした…んだけど。
「なら、お前なんでそんなことしてんの…?」
ぞっとするようなチャクラと、低く迫力のある声は…先輩だ!
帰って来てくれたんだ…!!!
「カカシ!」
「先輩…っ!」
何だか自分でも訳が分からないくらいほっとして、思わずイルカさんと一緒に先輩に飛びついてしまった。
見える範囲には怪我はなさそうだけど…。
あれ?なんで先輩が拍子抜けしたみたいな顔してるんだろう?
「ただいまイルカ。それと…一応テンゾウも。」
先輩はイルカさんにキスと抱擁を、僕にはめんどくさそうな挨拶とため息をよこした。
「カカシ…カカシカカシ…っ!」
「うん。ただいまイルカ。遅くなってゴメンね…?」
ずっと我慢していたんだろう。イルカさんが先輩にしがみ付くように抱きついてボロボロ泣いている。
あんまり一生懸命しがみ付くから爪が食い込んで…腕、あれじゃいくら先輩でも痛いんじゃないかな。
でも、先輩も笑ってる。
愛おしそうに、ただ一人の人を抱きしめて。
こみ上げる安堵に、僕はもう一滴だけ涙を零した。
…あの優しい腕が僕を包んだ瞬間、一瞬だけど確かに湧いた黒い衝動…先輩がいなければこの人は…そんな考えに目を瞑って。
*****
幸せそうな二人の邪魔をするのも悪いし、先輩のことだから報告なんかしないで真っ直ぐイルカさんのところに来たに違いない。
そう思った僕は、それとなく先輩に申し出た。
「三代目に帰還をお伝えしてきます。ゆっくり身体を休めてください。」
それだけ言ってできるだけ先輩とまだ泣いているイルカさんを見ないように踵を返そうとしたけど…。
背筋を氷で撫でられたようにぞくっとした。
僕に向けられているのは鋭いチャクラと、真っ赤な瞳…しゃ、写輪眼!?
「わー!?どうしたんですか!?チャクラの暴走ですか!?」
「ええ!?カカシ!大丈夫!?今すぐ病院行こう!」
「ああ、大丈夫だよイルカ。ちょっとね…任務のことでコイツに指示だけ出したら、イルカと一緒にしばらくお休みだから。」
先輩は慌てるイルカさんににっこり微笑んでいなすと、僕にだけ聞こえる声でぼそっと呟いた。
「…いない間なら大丈夫だとでも…?覚悟は、できてるよな…?」
その恐ろしい殺気を帯びた声に、僕は自分の一生の終わりを覚悟した。
僕の…邪な思いなんかこの人にはお見通しだったんだ…。
「…せ、んぱ…」
圧倒的な実力差に声さえ出ない。
ただ、目の前にいる人を見つめることしかできなかった。
僕のあこがれる先輩の姿しか。
「まあ、いい。今回は俺が心配かけたのも悪かったから、ある程度なら譲歩してやる。…さっさと三代目に伝えて来い。俺は最低でも1週間休暇だとな。…ああ、その間の入った任務は全部お前がやれ。」
「はははははっ!はい…っ!」
恐怖に追い立てられるように火影邸に向かったから、悲鳴じみた返事をちゃんと言えたかどうかの記憶さえ、僕には残らなかった。
*****
それから、先輩の変わりに任務に言ったり、その後一緒に行った任務で色々半殺しにされかけたり、何故か華道と茶道とお裁縫をみっちり仕込まれるはめになった。
でも、先輩は無事だったし、その傍らでイルカさんが笑ってくれている。
そのことに、確かに僕は安堵した。
…あの一瞬の魔は、僕の中にまだいるのかもしれないけれど…。
それでも、僕は先輩とイルカさんを、これからも守りたいと思った。

多分…僕は自分の中の衝動に困惑するばかりで、それをどうしたらいいか、まだ分かっていなかったのかもしれない。

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幼馴染で夫夫扱いになってる(イルカはおそらく良く分かってない。)カカイルと、 少年なテンゾウ(チョイ馬鹿)の続きでございます…。
一応これでもお帰りなさい的な何か!ってことで!
こんなんでもご意見ご感想など、お気軽にどうぞ…。

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