カップラーメンにお湯を入れて二分半。ちょうど食べごろの瞬間を狙ったように、あの人はやってくる。 「イルカせんせーなんかください」 もちろん無視だ。最初の頃は任務かそれとも錯乱してるのかよっぱらってるのかと大慌てで玄関先に迎えに出たもんだったが、今となってはカップラーメンの一番美味い瞬間を逃す方が問題だからもちろん無視だ。 最初はあっちももうちょっと巧妙だったというか、丁寧な口調でさもなにかありましたって気配を漂わせてたが、最近じゃこれだもんな。 さてと、ラーメンラーメン。なにが大事って三分じゃ駄目なんだ。三分も待つと浮き上がった具を沈め、麺と汁をなじませてる間に伸びちまう。 だから二分半。もちろんメーカーによって変える。生めんタイプとノンフライは、美味いタイミングがほんっとーに違うからな。もちろんある程度想定して時間を決めるが、それでも時々失敗して悔しい思いをしたもんだ。お気に入りのメーカーのものならほぼ間違えることはないが、もらい物のご当地モノとかは貴重な上にメーカーもその土地のことが多いから緊張する。まあ麺を見れば大体わかるようにはなったけどな。 ラーメン…それはもちろん一楽が至高だと断言できる。あんなに美味いラーメンを、俺は食ったことがない。任務先でも木の葉でも火の国でも、ラーメンとみれば味わってみることにしている俺が、一番美味いと自信を持って言える唯一の店だ。 でもなぁ。財布の事情ってもんもある。それに毎日だって食べたい一楽のラーメンを我慢することによって生み出される、やっと手に入れた美味さの喜びってもんも中々いいもんなんだよな。 だがラーメンは欠かせない。任務中ならさておき、里で生活しているときはラーメンじゃなくても一日一食は麺類が欲しい。となると、どんなラーメンをどうやって食うかは、俺の生活上非常に重要な要素になってくるわけだ。 一楽以外のラーメンをあえて食うことで、その美味さを確かめるような真似にはもう飽きた。店で食うなら一楽ラーメン。そこは譲れない。 だが、ジャンクな味わいを楽しむにはやっぱりこの昔ながらの油揚げ麺が一番って訳だ。 油っぽさと偽者臭い肉の味わいがなんともいえない。伸びやすいから二分半ぴったりにふたを上げたら手早く混ぜて、一気にすする。 美味い。いや味はともかくとして、この一杯で食事として成立せしめるだけのあるパンチの効いた味わい。わびしさの中にも腹の中からあたためてくれる優れものだ。 一気に啜って、いつもちょっと足りねぇなってとこで終了するのもカップラーメンの特徴だ。かといって二個食うのは流石に気が咎める。体が資本の忍やってて、体調崩しちまったら元も子もないからな。この汁に残った飯入れて食うのも美味いけど、今日の所は買ってきた惣菜でも食うか。 「いーなー。ね。俺の分は?」 迎え入れずとも上がりこんできた男は、美味い麺をやっつけてすぐ背中に張り付いてきた。 さっきで迎えなかったのはコイツのこの行動のせいでもある。 一度、いくらなんでも多すぎる訪問に嫌気がさして、居留守を使った。 気配を消して布団にもぐりこんだままいなくなったらこのまま寝ようと思ってたら、勝手に入ってきたんだよな。しかもベッドの上に乗り上げて揺さぶられた。おきてーとか、なんかくださいとか、こっちの都合を丸で考えないセリフをまくしたてながら。 「ありません」 「えー?」 不満げな口調とは裏腹に、幸せそうに俺の膝にへばりついている。 甘えてるつもりか。いい年した男が。 絆されてなるものか。いつだってそう思うのに。 「ほら、帰ってください。なんにもないですよ」 「イルカ先生がいるじゃない?」 ほら、これだ。そんなこと言ってなに嬉しそうに笑ってんだ。 「俺んちですからね」 「そーですね」 くふくふ笑う男は膝に懐いたまま寝る体勢に入り始めている。 何なんだコイツは。追い出しても追い出しても入り込んでくるこの…異物は。 外でならともかく、家では一人でいたいんだよ。子どもたちならともかく、もう俺の手に余る何かを、失うかもしれないものを側に置く気はない。 「…帰りなさい」 「そーね」 生返事と同時に欠伸を一つして、男はそのまま眠り込んでしまった。 ああくそ。また追い出せなかった。 それにひそかに安堵している自分が恐ろしい。他人のぬくもりは毒だ。馴らされてしまえば逃れられなくなる。 受け入れてもどうせ俺だけの物にならない存在なんて、側にあって欲しくないのに。 …泣きそうだ。 こっちの都合なんて丸で考えない生き物は、膝の上で少しずつ俺に毒を染み込ませながら、幸せそうに眠っていた。 ******************************************************************************** 適当。 |