桜が咲く季節がやってきた。 つまり戦いの火蓋は切って落とされたわけだ。 「俺、西側な?」 「んじゃ俺は木の葉山狙いで行くわ。イルカは?」 「うーん?今年は意外と東の川のあたりとかいけるんじゃねぇか?桜の状態も多分丁度いいはず」 「イルカの勘は当たるからなぁ。うっし!そんじゃ各自確保できたやつが式で知らせろってことでいいな?」 「「おう!」」 ここは忍の里だ。ストレスフルな任務生活にどこかネジの外れたヤツばかりで、しかも術の冴えだけはすさまじい連中揃い。 結果、毎年花見の場所取りは熾烈を極める。 「今年こそ上忍連中に負けねぇぞ!」 いきまく同僚の手には馬鹿でかい茣蓙がぶら下がっていて、もちろん同じものが俺の背にも括りつけられている。 「あーでもそりゃ無理だろ。だって今年の担当聞いたか?」 斯く言うそいつの腰にも茣蓙が下げられていて、町行く人々も、もうそんな季節なのねーなんて暢気なことを言ってるわけだ。 ん?でもちょっとまて?今年の担当って…そういやまだしらねぇぞ? 「え?聞いてない、けど、ってことは大物なのか?」 去年はアスマ先生だったからほどほどにやりあうだけで済んだが、毎回そうとは限らない。基本的に任務が入っていない人が適当に担当するって大原則はあるが、面倒ごと押し付けられやすい世話好きな人や、どんちゃん騒ぎが好きな人、相手によってはこっちを徹底的に叩きのめすたちの悪い奴もいて、だからこそ互いに探り合って担当者を割り出して対策するんだが…。 勝ち目のない相手なんて思いつかない。ガイ先生は皆で青春だ!って上忍中忍下忍問わずすさまじい勢いで無礼講させる人で、全員今すぐ腕立て腹筋千回だ!とか言い出してそれはそれで大変なんだがこんな怯え方ってことは違うだろう。 「はたけ上忍だ。はたけじょーにん。勝ち目なんざないだろ普通。次点を狙うしかないだろうなー?」 「…そりゃ無理だろ…」 忙しいはずの人がなんでまたこんな厄介で面倒なことを引き受けたんだろう。 素直に引っ込んでてくれればいいじゃないか。 最強の幻術使いにして木の葉最速といわれる足の速さ。それから犬も使う。 下手したら里中の桜が占拠されかねない。 つーかあの人多分負けず嫌いなんだよなー…。それを思い出しちまうとより一層絶望感がひしひしと…。 「まあ勝負にもならねぇのは確定してるんだし、諦めようぜ!」 明るく言うには中身が酷すぎる台詞だが、ある意味同感だ。無駄な期待をするよりは、確実な結果を。 それが忍ってもんだからな。 「そんじゃ頑張ろうぜ!」 「おう!」 俺の目指す東の山には流れの穏やかな川があって、その側には大きな桜の木が生えている。 任務中に通るにしちゃ外れてるし、道なんてもんは録にないから、一般人も忍も含め、気づいていないヤツの方が多いはずだ。 俺は温泉めぐりが趣味だから木の葉温泉の源泉探してうろうろしてたから知ってるけど、殆ど人通りがないから大騒ぎできる上に、川辺から吹き上げる風で桜が舞って、まさに絶景が拝める。水面に移る薄紅色の海と月を眺めるのも最高だ。 一般人ならまだしも、忍にとってはそんなに距離はない場所だから、程なくして目的地が桜色に染まっているのが見えてきた。 「さてと…トラップはなさそうだな」 まああの人が相手となると、トラップなんて悠長な真似はしないだろう。幻術掛けてくるか犬が襲ってくるかあるいは本人が…。 「あ、やっぱりここでしたね」 「…えーっと。はい」 背後から聞こえる声の主は間違えようもない。 降参とばかりに両手を挙げて見せても、何故か背後から抱きつかれて拘束された。 勘弁してくれ…。 「お花見日和ですねー?」 ふわふわと舞い散る花びらとうす甘い香りだけで十分酔えそうなほどだ。花見にこれ以上ぴったりな場所は里にないだろう。 まあ俺の負けは確定したから、ここで花見ってのは次回以降に持ち越しになったが。 「そうですね。今年はここってことでいいんですよね?式飛ばしたいんで離してもらってもいいですか?」 何人か阻止されたにしろ、多分一人は無事でいるはずだ。 この人は無駄なことを嫌うから、俺以外の人間全員無事って可能性も高い。 なら俺が犠牲になったってことを伝えたほうが確実に場所を取れるだろ? 「んー?ああ、それね。それならほら、木の葉山にしましたよ?あいつらどうせ大騒ぎするんだから、周りの迷惑にならないところの方がいいでしょ?」 「え?じゃあ何であんたここにいるんですか?」 うっかり零れた素直かつ無礼な感想に、何故か男はにんまりと笑って見せた。 「そりゃとーぜん。獲物を待ってたんです」 どこか凄みのある笑みに、下手な任務より恐怖を感じた。 命の危険というより、何かもっと得体の知れないことをされそうな…。 誰か俺を助けてくれ…!って無理だろうなー木の葉山に行ったアイツは無事だろうか?無事じゃないのは確定にしても、中忍で遊ばないで欲しい。 「ま、いいじゃない?そっちもどうせ明日でしょ?今日は俺と飲んでくださいよ。そしたら他の連中にはちょっかい掛けないであげますから。ね?」 そう言われたら乗る以外の選択肢なんて俺にはない。力で敵わない以上、他に手の内ようがないからだ。それにこの男がこんなことをした理由には、うっすらとだが予想がついていた。 「…いただきます」 「よかったー!ここんとこ振られ通しでしたからねぇ?」 そう。この所人懐っこいこの男が、上忍ぶって怒らないのをいいことに、多分誘いを複数回。しかも二桁になるまで断っていた、気がする。 ガイ先生と友人づきあいが長いせいか、どうも勝負を吹っかけてくる事が多くて子どもっぽいこの人のことだ。後でしこたま文句を言ってくるだろうことは予想していた。 …拗ねてこんなことするほど追い詰められてるなんてことにまでは気付かなかったが。 「アンタいくらでも一緒に飲む人いるでしょうに?」 「えー?イルカ先生以外と飲む必要なんてないでしょ?」 またか。この口説き文句みたいな物言いも、いい加減聞き飽きた。要は気に入ってるんだろうが、女がきいたら殺されそうだ。 上目遣いが妙に色っぽく見えるのは、桜のなせる業だろう。これだけ咲き誇る花を他に知らない。飲み込まれそうなほどの薄紅色の海の中にあっても、いっそ浮き上がって見えるほどの美形ってのも、まあ酒のつまみだと思えば腹も立たない。 「あー…美味い酒ですね」 「奮発しましたから」 「そりゃどうも」 こうなりゃヤケだ。飲んで食ってここで潰れても、多少肌寒くても死にはしない気温だし、この男に絡むだけ絡んで、迷惑をかけ返してやるのもいいだろう。 腰をすえて飲み始めれば舌の奢った男が用意した品々は美味いものばかりで、するすると酒が入って行く。 ひとしきり飲んで男にも飲ませて、さあそろそろ酔いも回ってきたし、詫びるのももちろんだが、文句の一つも行ってやろうかと身構えた途端、白い鳥が舞い降りてきた。 「ん?あーあ。無粋な」 「え?」 「あれ?でもこれ違う?」 「俺のです!お!西側確保!やった!」 どうやら無事同僚は勝ち抜いたようだ。これで気兼ねせず飲み倒せる。 「これで気兼ねしなくて良さそうですねー?」 見透かされたのか俺の頭の中身を読んだみたいなことを言いやがる。…まあ事実だけどな。 「そうですね。ここでなら潰れちまってもなんとかなりますし」 ちょっとした意趣返しのつもりの言葉と共に、注いだばかりの杯を干した。この上等な酒と桜に溺れるのも悪くないなぁなんてことを考えていたのがまずかったんだろう。 気付けば見上げる先に桜と男の顔があった。 「あ?なにすんですかアンタは」 「いや、すごいこというから食べちゃおうかなって」 「何を?」 「アンタを」 「は?」 食う。俺を?それはつまりそういうことか。 そんな話は、信じられない。 「鈍い鈍いと思ってましたが酷すぎる」 さも被害者ぶって言うのが気に食わなくて、頬をつねってやったのに荷やつくばかりの男に堪えた様子は少しもない。 「…アンタみたいな女好きが俺なんかを食うと誰が思いますか」 文句にもならない言葉を吐き捨てて、重なる唇に何の嫌悪感もないことに動揺した。 綺麗なイキモノだ。意外と情が強くて、甘えたで、こうと決めたら絶対にゆらがない厄介な。 「好きです。もうずっと前からなんですけどね。ま、気付いてても気づいてなくても、今日ならアンタ騙されてくれると思って。酒も肴もアンタの好みを揃えたんですよー?」 これでアンタの大好きな桜と俺がいたら、もう完璧でしょ?そう嘯く男が予想外に真剣な顔をするから茶化すこともできない。 「…気付いてませんでした。で、酒よりも肴よりも桜よりもですね。俺は前からアンタに惚れてたんですが」 最初は体を張って部下を守る姿と気高さに惹かれ、それからどこか弱く柔らかい部分を必死で隠していることに気付いてしまってからは、瞬殺だった。まさに落ちるようにして恋という名の嵐に巻き込まれて、だからこそ俺にできることはないかとずっと考えてきた。ただ一生言うつもりはなかったってだけのことだ。 そして隠し通すには互いの距離が近すぎることに気付いてしまったから、少しだけ距離を取っただけのつもりだったのに。 「ウソ!」 「だったらいいなと俺も思います」 このこじらせた片恋は苦しいばかりで先が見えない。いっそ早く消えてくれとさえ願っていたというのに、なんでこんなタイミングで。 「それは駄目」 「アンタ駄々っ子ですよね…」 「しみじみ言わないでよ。そんなのアンタの前だけです」 ふくれっつらさえ様になる男に自分から口付けを返したのは…多分、これが最後のチャンスだと思ったからかもしれない。 臆病な自分に言い訳ができる、そうしてこの男を手に入れられる最初で最後の。 「…いいの?」 「今更聞くんですか?」 「ま、そーね?」 濡れた唇が赤い。飢えを隠さない瞳すら愛おしい。 「ぜんぶ、おれの」 満足げに笑うケダモノに食い尽くされるのも悪くないと、そう思った。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |