Bierthday ghost(適当)


「あなたの声が聞きたい」
牢獄の中から歌うように、あの人はそう言った。
俺には名を呼ぶことすら許されていない。
そもそも閉ざされた檻の中にいる人物を、俺は見た事すらなかった。
ただ定期的に呼び出されては、この薄暗くだが静かで頑強な牢に向かい、かごめられた人の呟きを一方的に聞く。
この任務の意味を、俺は知らない。
問うた事がなかったかといわれれば否と答えるが、要はその答えを与えられることがなかったのだ。
ある日舞い込んだこの奇妙な任務に、最初は首をかしげた。
…だが、今は。
「ああ、いいんだ。気にしないでくれ。…この場所でそれが許されていないことは知っているから」
穏やかな声はとても罪人のものとは思えない。
罪人が罪人らしいとは限らないのだとしても、闇の中で響くどこまでも優しい声に、なぜか酷く切なくなった。
この声が、恋人にどこか似ているからだろうか。
こちらからその姿を見ることはできない。
こうして語りかけてくる言葉だけが俺の知る全てだ。
あちらからは時々顔色が悪いとか、無理はいけないとか、遠い昔に失ってしまった人たちのように俺を気遣う言葉が聞こえるから、恐らく見えているのだろう。
「ありがとう。いつも。…また、いつか」
いつも通りに任務は終了した。
後は幾重にも張り巡らされた結界を抜け、五代目への報告を済ませなくてはならない。
静まり返る部屋にいつも後ろ髪を引かれるような気がする。
暗闇は深すぎて、そこにいる存在すら飲み込み、まるで最初から誰もいなかったかのように静寂に沈んでいる。
扉を閉ざし、看守らしき男に案内されるままに外へ出ても、未だ俺の中の何かが暗闇に飲まれているような気がする。
「報告、しなきゃな」
振り切るように歩みを速めた。
今度こそと、何度目かになるかわからない決意を固めながら。
*****
「駄目だ」
一方的な、このあまりにも一方的な関係はいつ終わるとも知れず、里長とて聞き飽きただろう問いにも答えることはなかった。
だが、今日こそは引けない。引かない。
「この任務の意味を教えてくださらなければ、俺は二度とあの部屋に行きません」
「任務拒否か。いい度胸だな?」
この女傑は凄まじく強い。それは身をもって知っている。
…恋人がめちゃくちゃな方法でこの人に自分との関係を告げ、その上他と番わせるなら抜けるとまで言ったからだ。
怒号とともに殴りかかってきた女傑から、ついあの人を庇ってしまった。
おかげで関係が無理やりではないことを信じてはもらえたが、肋骨と肺を傷つけ、五代目手ずから後量を受ける羽目になり、それを誘惑するなと騒いでくれたおかげでそれからまた…。
恋人は嫉妬深い。それから思い出すのもウンザリするほどたっぷりと面倒ごとをしでかしてくれたわがままな男だ。あんなのに惚れた自分が悪いと割り切るようにしているが、未だに色々とやらかしてくれるので気は抜けない。
話は脱線したが、要はこの賭け次第では俺の命すら危ない。
「拒否ではありません。授業に穴を開けてまで目的が分からない任務を与えられている理由を知りたいだけです」
「ほんっとにお前は教師馬鹿だねぇ?あげくにあんなのに引っかかるし。いい男だってのにもったいない」
見せ付けられるような盛大なため息は、ある意味牽制でもあるだろう。
「…過分な評価痛み入ります。ですが、俺は」
「いえない。いいか?いわないんじゃなくて私はいえないんだ。聞くな」
「そんな…!」
「教えてやれるのは、それがあの人を守るためでもあるということくらいだね」
あの人。それはつまりあの閉ざされた空間の主が、罪人ではないことを示していると思った。五代目にとっては敬うべき人だということは確実だ。
それがわかっただけでも収穫だろう。
…少なくとも、毎度命じられる看守からの口を利くなという禁を破る決心くらいはさせてくれた。
「また厄介事に首突っ込んで、恋人泣かせるんじゃないよ!」
追い出されるようにして部屋を辞した。
…またあの部屋に行く日はいつになるだろう。
大抵は月に一度ほどだから、随分先の話だ。
恋人を泣かすなという言葉に思わず頬が緩んだ。あれだけ盛大に反対しておきながら、なにかと俺にもあの人にも心配してくれる。
「母ちゃんみたいだっていったら怒られるんだろうなぁ」
とりあえず、今日は三日ほど任務にでていた恋人が戻るはずだ。またイルカ切れだのなんだのとぎゃあぎゃあ騒ぐだろうから、きちんと迎えてやらないと。
それから風呂にも入っておかなくてはならない。一度あの場所の匂いを嗅ぎつけた恋人に嫉妬されて、散々な目に合わされたのだ。
同僚と飲んだ帰りにもムスっとしていることが多いとはいえ、あんなに強引な行為を仕掛けられたのは初めてだった。いっそ必死すぎると思うほどの性交に、初めて意識を飛ばした。
まあ殴ったけどな。
起きたらいやに殊勝な態度で、ごめんなさいなんていうからつい。謝るくらいならするなってそれはもう思いっきり。足腰が死んでいたからダメージは殆どなかったらしいが。
ショックを受けた顔でぽろぽろ泣かれたときも困ったが、飯も作ってあるわ立てない俺を介助しようとするわで、二度とこんなことはごめんだと思ったんだ。
風呂に入ってかい出しに行ってとなると、時間が少々厳しい。急がなくては。
俺の頭の中から一月後のことは片隅に追いやられ、代わりにわがままで寂しがりやな恋人へと過ごす時間で一杯になった。
*****
その日は意外に早く訪れた。
任務を知らせる式を受け取り、いつも通りに檻の前に立った俺を、優しい謝罪が待っていた。
「こんにちは。…すまないね。本当はもっと間を空けるべきだと思っているんだが、今日だけは」
今日は九月も半ば。…恋人の誕生日だ。
前回呼び出されてから2週間もたっていない。側にいたがる恋人が今日の任務を出来るだけ早く切り上げようとするだろう事を考えると、正直タイミングが悪いと思ったが、この人の事を思って頭を悩ませているのを恋人が不審がっているから、ある意味丁度いいのかもしれない。
「あなたは、誰なんですか」
禁を破った。看守が飛んでくるかと思ったが、そんな気配はない。
ただこの檻の向こうで短く息を呑んだのがわかった。
「外見も似ているが、声も似ているんだなぁ。あんなに小さかったのに。あの子もそうなんだろうか」
喜びが滲む懐かしむような口調に、俺を誰かに重ね合わせていることが伺えた。俺に似ている人なんて限られている。
「父ちゃん、いえ、父と知り合いなんですか?」
「看守をはずしてくれているみたいだね。ここは重罪人しかいない…といっても、随分前から俺しかいないけれど」
ぼんやりした話し方は誤魔化すためというより、元々の癖だろうか。この状態じゃ、長いこと人と話すことすらなかっただろうから、少しばかりずれていても仕方がないだろう。
「今日は、何があるんですか。…ああ俺、聞いてばっかりだ」
「俺はね、お化けだよ。消えたはずの。こんなもの消してしまえばいいんだけど、いざというときに使うために消さないでいるんだ。でも俺は随分前から消えたくてしかたがなくてね」
消える。この人が。…殆ど何も知らない人だっていうのに、何故かそのことにぞっとした。
「駄目です。俺は貴方の事を何も知りませんが、そんなのは駄目だ」
檻を掴み叫んだ。がしゃんと音を立てたことにはっとしたが、今の所看守の気配はない。
「いい子に、育ったなぁ。俺がね、消えないでいるために一つだけ条件をつけた。…その条件が守られているうちは消えないよ。約束したからね。時間が止まってしまったみたいなものだから、そう苦でもないんだ。おばけだから外に出すわけにも行かないけどね」
だから泣かないでくれと、白い手が俺の頭を掠めた。
牢獄の向こうから、初めて。
「あなたは、誰なんですか…」
「すまない。言えないんだ。簡単に言うと昔々ある忍が禁を犯した。失われたもののコピーをそっくり残すために。俺はその産物なんだ。里はニセモノでしかない存在を残そうとしてくれた」
「そんな…」
ありえない話じゃない。里を襲ったあの蛇も、似たような研究をしていたという。
「だから。この気持ちも全部ただのコピーだ。そんなものを気にしなくても構わないんだよ。…あの子に会う決心はつかないけど、その恋人に会うことはできたから。まさかうみのさんの息子だとは思わなかったが」
楽しげな言葉に苦悩は見えない。
むしろおもしろがっているかのようにすら聞こえる。
「あなたは」
「…もう、いきなさい。ああでも、あの子を沢山祝ってくれるとありがたい」
「はい。…はい…!」
「ありがとう」
闇の中で微笑む顔が初めて見えた。…それは恋人によく似た、だが少し違う…。
看守が無言で袖を引く。俺をここから遠ざけるために。
何も言わずに外へ出た。頬を伝うものだけが俺の表現できる全てだった。
*****
「変な顔してるー誕生日なのに!」
「あ…ごめんなさい。ちょっと考え事を」
「誕生日なんだから俺のことだけ考えててよ」
相変わらずのわがままぶりで男が強引に唇を掠め取っていった。
そんなところすらかわいいと思えるほどには溺れている。
それに、絶対にいいたい言葉をまだ俺は言っていない。
「お誕生日、おめでとうございます。カカシさん」
「うん。ありがと」
何も言わずに抱きしめてくれるこの腕を失いたくない。
あの人の手に、とてもよく似ている、この手を。
俺の唯一。誰よりも大事な人。…あの人のために少しだけ泣くことを許してください。
「涙のわけはベッドでじっくり聞くから、ご飯が先ね?」
笑いながらきわどい所を撫でる手をいなし、笑った。
恋人の誕生日をいやってほど祝うために。



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適当。
ちょっと別のをお出ししてみる。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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