酒と桜と酔っ払い(適当)



「溢れる寸前まで注がれた一杯。
よく冷えたそれを一気に干した。
美味い。たとえそれが見知らぬ男と交わすものであろうと、酒の美味さは少しも損なわれてはいなかった。
…こんな山奥でこんな目に合うとは思わなかったが、悪くはないかもしれない。
もらい物、というか、目の前で同じように酒を飲んでいる男の持ち込んだものは、目が飛び出そうなほどの一品だ。
俺の記憶がたしかなら、決してこんな風に無造作に飲み下される類のモノじゃない。
一年に数本だけ出回るもはや伝説になりかけたこれを求めて、わざわざ依頼にきた人もいたほどだ。
「おいしいですか」
「ええ」
美味いに決まってるだろうというのは止めておいた。
上忍の虎の子を頂いている身だ。たとえそれが任務中に厄介ごとに巻き込んでくれたことへの礼だとしても、無駄に争う必要はない。
「よかった」
ふっと笑った顔があまりに無防備で、すこしばかり罪悪感が首をもたげる。
通りがかりに戦闘に巻き込まれたのは事実だ。お陰で多少なりと負傷もしたし、危うく依頼品を壊す所だった。
とはいえ事故みたいなもんだ。こっちがさっさと気づいて逃げれば良かった。
戦闘の気配を感じてやり過ごすか逃げるか迷っているうちに囲まれたのは、どっちかっていや俺のミスだしな。
移動速度が速すぎて、チャクラを感知できてから逃げるまでの間が作れなかった。
挙句、とっさに依頼品をしまいこんだ結界ごと、俺まで吹っ飛ばされそうになるなんて、とんだ醜態だ。
それをこんなにも気にしてくれるなんて、この人大丈夫だろうか。それとも暗部ってのは毎度毎度こんな風に戦闘に巻き込んだ相手に酒を振舞うものなんだろうか。
疑問は尽きないが、男は楽しそうにしている。
「…酒、おいしかったです。残りはもったいないですからどうぞあなたが」
「いえそんな。これはお礼ですから、むしろ持って行って下さい」
義理堅いことだ。こうなったら意地でも受け取らないだろう。
それなら多少もったいなさを感じなくもないが、今二人で飲み干してしまった方がいいか。
「この酒、むちゃくちゃ美味いのに、置いといたら味変わっちまいますしね。一人じゃ飲みきれませんし、付き合っちゃくれませんか?」
「喜んで」
折角の逸品だ。一人酒もいいが、二人で飲んだ方が楽しめる。
静かに庭に植わっている桜を肴に飲んでいるだけだが、不思議と気詰まりに思うこともない。
男の視線が、気配が、あれほどの戦闘をこなした後とは思えないほど穏やかだからだろうか。
いきなり家に連れてこられたってのに、こうして縁側にくつろいでいる自分も相当なものかもしれない。
「きれーですね」
それにしてもいつの間にかかなり酔いが回ってきたようだ。
視界がぐらりとゆらぎ、舞い散る花びらに飲み込まれそうな錯覚まで覚えた。
「そうですね。…ああほら、大丈夫?」
「ん、へへ…!大丈夫大丈夫!酒は美味いし桜は綺麗だし、アナタはいい人だし」
どこまでも現実離れしたこの空間は心地良い。
日々を暮らすことに倦んでいたつもりはないが、ここはまるで別世界のように静かで、どことなく暖かい。
側に誰かがいてくれることに飢えていたのかもしれない。よろけた体を抱きとめてくれた人に思わず体重を預けていた。
「いい人なんかじゃありませんよ?」
すぅっと空気が冷えた気がした。ああ、いけない。調子に乗りすぎた。
…そうだな。この人はきっと義務感からこうして家に招いてくれたのに、羽目を外しすぎだ。
「すみません」
「違う。…これ、ね。アナタに飲んで欲しくて手に入れたんです」
「へ?」
この、酒を?恐ろしい値の分だけ、美味すぎるほどに美味いこの酒を、なんで俺なんかに。
「でもこれ、頼んだ任務にあなたがつくなんて」
そうだ。ついこの間のことだ。この酒を手に入れて来いという任務を受けたのは。
幸い三代目の茶のみ友達が、酒蔵に顔が利き、将棋と碁をみっちり1週間付き合うことで話がついた。もちろん代金も支払ったが、依頼人が金に糸目をつけないって話だったから、きっちり正札だ。目が飛び出るほど…そう、ひっくり返りそうなくらい高かったんだ。
「大丈夫なんですか!?そ、それ人違いなんじゃ!?」
「いえ、アナタで合ってます。…でもバチが当たりました」
なんだ?どういうことだ?
訳がわからなくて視線をさまよわせるばかりの俺は、いつの間にか抱きこまれていることに気を払う余裕もなかった。
「ただ、渡すだけのつもりだったんです。でも、もうだめ」
「え?あ…」
面が外されて、ついでに多分変化もといた。
黒髪だった見知らぬ男の紙の色が、見覚えのあるものに変わっていく。
木の葉の里に銀髪の忍なんて数えるほどしかいない。顔だって半分隠されてても覚えている。
「カカシさん」
「好きです。ねぇだから。せめて今夜だけでいいから、いっしょにいてくれませんか?」
切なげに顔をゆがめて囁く男に、頷かないわけがない。
好きだったのは俺も同じだと、どうやって伝えたらいいだろう。
思い悩む前に唇が重なって、返事の代わりにそれに応えるように舌を差し出した。
「…やめて。そんなに無防備だと食われちゃいますよ?」
「望む所です」
正直に言えば勢いもあった。だが後悔はしないという自信もあった。
「男前すぎ。…そういうところも好きです」
苦笑しながら男が杯を置いた。そんなに不安そうな顔しないでくれ。欲しいのは俺も一緒なんだから。
だが酔いの回った頭じゃ、気の利いた言葉は出てきそうもない。
それなら、他に方法なんてしらないから。
立ち上がり手を引かれるままに家の中へ進んだ。
言葉より先に体で愛を語るために。


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適当。
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