痛み(適当)


 だるさに負けて布団にもぐりこむと、ぞっとするほどの速さで眠気が襲ってきて、思った以上に体力が残っていないことを自覚することが出来た。数日間放っておいた寝床は冷たくて重い。だが今はそれ以上にめまいの混じる頭痛から早く逃れたかった。
 普段なら痛みなどどうということのないものであるはずなのに、あの人にあってしまったからだろうか。不思議と普段なら耐えられるはずのそれらが酷く苦痛に感じられてならない。
 傷を作ることなど小さなものから大きなものまで日常茶飯事で、借り物の瞳の奥を焼かれるような痛みにも慣れっこになっていた。
 それがどうしてか、今日は耐え難い。
「おかえりなさい、なーんてね」
 たったそれだけのありきたりな、受付職員としては当たり前の言葉を寄越しただけだ。あっちはそれが原因でこんなにも苦しんでいることになど…いや、この身に痛みが巣食っていることさえ気付いていないだろう。
 それも体の痛みなんかよりずっと臓腑を抉ってくる、叶わぬ片恋なんてもののせいで。
 無理をするなとは、上忍を相手に随分と無茶を言ったものだ。任務を果たすためにならばどんな無理でも通してこそ、この立場にいる意味がある。
 上に立つものとして当たり前の行為を、俺への優しさで蹴り飛ばしてみるその強さが、今は苦しい。
 手に入らないものなら目にすることさえやめてしまいたいのに、あの人は今日も受付で笑っている。
 俺にだけじゃなく、その場にいる誰に対しても。
「おーい!カカシさーん!」
 深夜にあるまじき騒音が、防音加工を施してあるはずの玄関の扉から聞こえてくる。どんどんガンガンとリズミカルなそれはもはやノックというより楽器のようだ。
「…は?え?ちょっとまって!今開けるから!」
 躊躇わずにあけたのは、今さっきまで思い出していた人の声とチャクラだったからだ。流石に俺だって家に来る人間をだれかれかまわずほいほい上げたりはしない。
 にしても扉を開けた途端にただようこの匂い…酒だな。どれだけ飲んじゃったのこの人。
 にこやかに俺の肩を掴んで、強烈な酒臭さと飲み屋特有の揚げ物とタバコと出汁の混ざったようななんとも言えない臭気を放つ人は、どこからどうみても酔っ払っていた。
「カカシさん!カカシさんだ!」
「…ま、そうですね。ここは俺の家ですし」
 酔っ払った勢いでこんなことをしでかすタイプには見えなかったが、これは由々しき問題だ。俺の家だったから良かったが、他のタチの悪い連中のところだったら何が起こるか分からない。
 …現在進行形で俺もなにをしでかすかわかんないけどね。
「最近、カカシさんは笑わない」
「え?」
 何この人、俺なんかのこと気にしてたの?それでそんな落ち込んだ顔してるの?
「酒飲んでみたんですけどね?やっぱり気になるんですよ」
「はぁ」
 それって、俺のせいなの?今笑ってくれてるのも?
「カカシさんが、俺のこと嫌ってようがそれは構わないんです」
「え?」
「でも、あれだ、元気じゃないのはイヤなんだよ。あんた無理しすぎなんです!」
「…はい」
「笑えとか、いうのは、僭越…ねみぃ」
「え?ちょっと!」
 いきなりくず折れるようにのしかかってきた人は、唐突に意識を手放してしまった。しがみつかれて役得とか、喜んでばかりもいられない。
 意識がなくて、でも全身をほの赤く染めてしかも無意識とはいえ俺のしがみついて頬を緩ませている。…この状態で朝まで我慢とかできると思う?無理なんじゃないの?
「カカシしゃん…へへ!」
 夢でもみているのか俺の名を呼んで犬のように頭をすりつけてきたイキモノを扉の奥へ引っ張り込んだ。
 朝までこの欲を押さえ込む努力くらいはしてみようか。起きて、意識がはっきりしたら…話はそこからだ。
 例えば俺が何度をアンタを襲おうと思ったかなんてこともね。
 いつの間にかアレだけしつこく居座っていた痛みはどこかに消えて、代わりにベッドの住人になったのは酒臭い中忍一人。
 抱きしめると酒だけじゃなくて、この人の匂いが鼻腔をくすぐって、湧き上がる欲をやり過ごすのは中々大変そうだ。
「…このツケは払ってもらわなきゃね?」
 こっちの葛藤など気付いてすらいない人は、至極平和そうに眠っていた。


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適当。

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