「あの」 「あ?」 何だよ。空気読めよ上忍。気配も消けさねぇで側に突っ立っていつまでたってもいなくならねぇと思ったら邪魔まですんのか? 冷たい石に刻まれた文字は真新しい。…何度呼んだか分からないくらい呼んだ名が、真新しいのは、コイツが死んだのがつい三日ほど前のことだからだ。 正確にいうなら、死亡が確認されたのが三日前ってだけで、こいつがいつその命を失ったのかは分からない。 任務中の死だ。その詳細が公開されることはありえない。俺がコイツの死を知ったのも偶然と…むしろ火影様の温情の賜物だ。 どこで死んだかは教えては貰えなかった。どうして死んだのかも。 俺が知りえた事実といえばほんの少しで、任務中に散ったということと、それから遺体は燃やさずに回収してきたということだけだった。 発見されたときには既に息を引き取っていて、少しだけ顔をみることはできた。 苦しんだ様子はなかったのが救いか。死体袋に隠されていた体に外傷があったかどうかすら知らない。 気のいいやつだった。それに頭の回転も良くて、情にも厚くて、一緒に酒を飲んだのはついこの間のことなのに。 …信じられない。幾度も繰り返した事だってのに、俺はいつの間にかコイツだけは大丈夫だと思い込んでいたんだ。 こんな風にあっけなく逝ってしまうのが当たり前だと、誰よりも知っていたはずだってのにな。 「すみません」 いきなり頭を下げられて、お陰で少しばかり冷静になれた。 この人だってここに刻まれた誰かに会いに来たのかもしれない。 …俺が一人でぼろぼろ泣いてへたり込んでたらやり辛いだろう。 「お邪魔しました」 どこかで…そうだな家に帰るのはおっくうだから、その辺でこの人が帰るまで待とう。いなくなってから好きなだけ詰ってやろう。 いいやつだったんだ。でも俺をおいていきやがった。 怒りとも悲しみともつかないモノで一杯で溢れそうで、だがいつかはこれも薄れていくことも知っている。 どんなに忘れたくなくたって、先立った二親の顔すら少しずつ擦り切れて薄れていったから。 「お邪魔じゃないです」 追いかけてきたの声だけじゃなく、なまっちろく見えるのに力強い腕も一緒だった。 やめてくれ。こんな時に人肌のあったかさなんて思い出したくないんだ。 …泣きたくなんてないんだよ。死体を見たって信じられなかったんだ。でもこんな状況で泣いたら、受け入れたら、全部嘘だったってごまかしきれなくなる。 「…アイツに頼まれました。頑固なダチがいて、絶対に信じないと思うから、面倒だけど持って帰って欲しいと」 「は?」 「だから未知の毒を使用された可能性があるからサンプルをとると報告したんですが、却って遅くなってしまって…申し訳ありませんでした」 「ちょっと待ってくれ。あんた何言ってんだ?」 アイツが?…確かに帰ってこなかった奴らを信じないって泣いて困らせたことはあったけど。 …立派な規定違反だ。なんでそんなことにこの人は付き合っちまったんだ。 「伝言です。泣け。泣いてちょっと忘れられたらまた気が向いたときに思い出してくれと」 「なんだよそれ…!」 アイツは、いいやつだったんだ。そりゃもう俺なんかと違って気遣いとかも細かくて、だから彼女だって切らしたことがなくて、すぐ別れちまうのがもったいないし不誠実だって喧嘩したりもしてて。 俺なんかのために死んでからまで気を遣って。 「泣かないで」 「うるせぇ…!アンタさっきと言ってること違うだろ…!」 「泣けって言ったのは俺じゃないですから」 ぎゅうぎゅう馬鹿力で抱きしめてくるから、慰めるように不器用に撫でてくるから、泣きそうな顔で無理して笑ってくれるから。 そんなことされたら、もう泣くしかないだろう? 「…知りませんよ。アンタもう今日は俺に付き合え」 「ええ。今日といわずにこれからずっと」 最後までアイツを見てくれた人だ。忍としては最低の我侭につきあってくれた…多分アイツみたいにいいやつだ。 この処理できない感情全てを押し付けるように男の胸に顔を埋めて拭いてやった。 自分じゃない鼓動が確かに刻まれていることに安堵しながら。 ********************************************************************************* 適当。 片恋に狂った男が二人。 そして愛された一人は永遠に気づかない。 ご意見ご感想お気軽にどうぞー |