陳腐なラブロマンス(適当)


「本当に好きだったのって言ったら、あなたは笑う?」
 恋に悩む女性は本当に美しくて、輝く雫で飾られた頬が青ざめていても、流しすぎた涙のせいで目を腫らしていても、息を詰める様子さえも痛々しく、そして可憐だ。
 できれば笑っていて欲しいと思う。…原因の一端でもある男にそんなことを望まれたくはないことを知っていても。
「…どうぞ、座って休んでいてください。迎えの者がもうすぐ参りますので」
 少しは落ち着いてくれたようだ。ホンの少し前まで怒鳴り散らして物を投げて、それから当代火影と知りながら、その人に食って掛かった。
 といっても投げつけたのは彼女の履いていたハイヒールで、膂力もコントロールもないか細い女性が放ったそれは暗部に阻まれるまでもなく床に転がっただけに終わったのだが。
 見合いというよりはほとんど脅しのように娶れと押し付けられた女性を、政治的な圧力込みであったというのにあっさりと袖にした男は、面倒くさそうにそのまま追い払った。
 いや、違うな。俺に、わざわざ命じたんだ。
 こんな女は早く追い出してなんて酷い言葉で。
「詰ってもくれないのね」
 これと番えと押し付けられるなんて、まるで物のような扱いだ。娶わされる女性に対しても失礼じゃないかと他人事のように思っていたことを、今更ながら後悔した。
 …そうか。この女性が望んだのか。あの人を。
 てっきり火影との縁付きが欲しくて強引過ぎるこの縁談持ち込んだものだと思い込んでいた。無理のあるやり方は当代の手ですさまじい速さで進んだ里の発展のお零れが欲しかったわけじゃなく、この女性のため。
 辣腕で知られた老獪な男も、かわいい娘には逆らえなかったということか。
 あらゆる面で見る目のない人だとひそかに毒づいていたのに。面と向かっては言えないが、里長が選んだ相手の話も、そのためになにをしでかしたのかも火の国中に広まっていただろうに。
 俺を、公的に己のモノとするためになら、あの人が何でもするってことを知らなかったはずがない。その邪魔をした連中の末路も。
 俺の隠し続けていた感情を知らずに、俺を助けようとしてくれた善意の同僚たちでさえ、下手をすれば処分されていたんだ。俺の懇願がなければ確実にあの人は全てを消していた。それも一片の躊躇いも見せずに。
 折角火影になったんだもんなんて言って、笑いながら血を流す。そしてそれを俺に見せ付けることで脅してみせる人だ。
 俺が長らくあの人のことを受け入れなかったから。…火影になると知っていて、だからこそ距離をとろうとしたから、あの人は派手に周りを巻き込んで、わざと強引な手段を選んで囲い込んできた。俺をどうあっても逃がさないために。
 この女性を追い返すのに、わざわざ俺を選んだ理由だって、大体検討がついている。
「この里の復興も繁栄も、全て六代目のお考えがあってこそです」
 当たり障りのない言葉だが嘘はない。その手腕は確かなもので、それも忍としての実力があったからこそ、皆が従った結果、歴代火影の中でも類を見ない速さで里は発展している。
「…そうね。だから好きになったんだもの。強くて、堂々としてて、キラキラしてて…ずっと支えたいって思ってたのに」
 椅子の上に片足だけ素足のままへたり込む女性は、あの人の隣に並び立つにふさわしい美しさを持っている。財力も血統も申し分ない。
 だからこそ、俺に追い払わせるんだ。
 あの人は、そうやって俺を強引に手に入れておきながら、その実、俺の感情をどこまでも疑い続けている。
 最初に俺の感情なんて知らないなんて嘯いてみせたくせに、俺が隠し通そうとした思いを見透かした上で強引な手段を選んだくせに、そうやって自分だけを見ろと脅すんだ。
「ごめんなさい。それでも、俺はもうあの人から離れることはできません」
 頭を下げたのは、多分ただの自己満足にすぎない。
 …笑ってくれたのは、それをわかっていたからだろうか。
「いいわ。許してあげる。…いつか気がかわることだってあるかもしれないし」
 恋に悩む女性はいつだって前向きで強い。踏みにじられたくらいで捨てられなかったのは一緒でも、諦めることのない彼女の方が、最初から諦めていた俺よりずっとあの人を安心させることができただろう。
 無様に縋ってみせることもできない。そのくせこうして恋敵を命令で追い払うことに、心のどこかで暗い喜びを感じている。
「まだ、いるの?」
 冷たい声に弾かれるように震えだした女性の手を取って、駆け込んできた護衛らしき人物に押し付けた。
 作られた不機嫌さだと無視をして、酷いことになったのを思い出したからだ。
「…今ご退出いただきました」
「そ。じゃ、この迷惑料は高いって伝えておかなきゃね」
 いつの間にか背後に立っていた人に抱きこまれて、思わず崩れ落ちそうになった。馬鹿な。この程度のことで緊張するなんて。
「すみません」
「…いいよ。ちゃんと追い払ってくれたから許してあげる。おしおきはするけどね?」
 笑う声は甘いのに、その顔はどこか歪だ。
「心配かけて、ごめんなさい」
 俺のせいだから。もっと早く言ってしまえば良かったんだ。
 眩暈の中で零した言葉に目を見開いた人が、その身に纏う火影の証で包んでくれた。
「…どういう意味か、後でしっかり聞かせてね」
 急速に白くなる視界の真ん中で、この世で一番愛おしい人が、泣きそうな顔で笑っていた。

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適当。
嫉妬の鬼バカップル。

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