甲斐甲斐しく世話を焼く男を振り払えるものなら振り払いたい。 だって火影だぞ?それも歴代一世故に長けたと評判の高い、一筋縄じゃいかない男。 …それがなんで俺の病室でりんごなんかむいてるんだろう。 「あーん」 「…いえ、その。自分で…!」 「その手で?駄目でしょ?悪化したらどうするの?」 「…それは、俺も中忍ですのでそのようなことは…!」 確かに久しぶりに入院するような怪我はした。それもこの人を庇った結果ではある。 この平和になったご時勢に、木の葉をのっとろうなんて時代錯誤にもほどがある理由での奇襲だった。当然首謀者だけじゃなく、後で糸を引いていた連中も含め、全員バッサリ処分済みだ。 一部は再利用できそうだって話だったけどな。それがどういう意味かイビキさんから聞けるほどの気力も好奇心も残っちゃいなかった。 よりによってアカデミーでの特別講義中だぞ?迷惑千万だ!っってまあ襲撃しかけてくる時点で迷惑なんだが。 確かに足手まといが山ほどいる状況で狙うのは、忍としては的確な判断ではあるかもしれんが、そんな状況だ。護衛も当然あふれんばかりに配置されてたんだ。上手く行く可能性なんてある訳がないことに、とっとと気づけば良かったものを。 まあそんな状況でこんな怪我しちまう俺も俺だけどな…。 多分この人も自力で何とかできたとは思う。むしろ、迷惑をかけたのは俺なのかもしれない。 でもなぁ。この人がとっさに子どもたちを庇ってくれて、敵に背を向けちまったからつい。 今にも刃を突き立てられそうになっていたそこに飛び込んで、何人かはクナイで弾けたんだが、ドテっ腹にザックリ刀を突き刺されて、それでまあ痛いのと腹が立ったのとでそのままザクザク手近なヤツから切り捨ててなー…ああいう時は気が立ってるから、痛みで動けなくなるってこともないし、後は勢いだ。 何匹か生かしとけばいいだろうとさくっと片付けた。 …で、後からそれはもう医療忍とこの人からたっぷり怒られた。 下手に刃を抜くのも危険だが、刺さったまま動き回れば内臓を傷つける。それは分かってたんだけどな。いやもう腹にぶっすり行ってたから、今更一緒だよなーって思ったのがまずかったらしい。 この程度の傷なら何度か経験済みだった。風魔手裏剣で背中をざっくりやられた時の方が脊髄傷ついてたら終わってた訳だし、この程度なら大したことないよなーって思うだろ?思うよな? そもそも最前線で戦って、しょっちゅうはらわたはみ出そうな怪我してたらしい上忍…いや火影様に言われてもなぁ。 「りんご嫌い?スイカもあるけど」 ひょいっと持ち上げられたそれは随分と立派なスイカで、持ち上げられた瞬間にはカットされて皿に並んでいた。いくらあの赤い瞳を失おうとも、この人の腕は健在だ。木の葉は安泰だ。不穏なのは俺の入院生活だけだ。 …やっぱり余計なことしちまったな。あの時飛び出したりなんかしないで放っておいてもこの人なら傷一つ負わなかったに違いない。 「…いいえ。どっちも大好きですが」 「そ、良かった」 なんでこんな目にあってるんだろう。俺は。 スイカもりんごも大好物だが、火影様がわざわざ手ずからむ いてくれたのをあーんって精神的に物凄いダメージを食らってるんだが。 これ、断ったら不敬罪とかになるんだろうか。 蜜の詰まったりんごはともかく、スイカはみずみずしい赤い果肉から、今にも雫が零れそうだ。零れたらきっとこの人がささーっと忙しい医療忍を呼び出してシーツ交換とかさせちゃうかもしれないよな。俺が夜中に血が滲んでるのに気付いて包帯自力で変えようとしたら、どこからともなく現れて病室を医療班まみれにしたからな。この人。 視覚的な脅迫だろ。これ。 「いただきます」 大人しく頬張ったそれは予想以上に甘く、口いっぱいに広がったみずみずしい香りと共に喉を潤しながら胃の中に納まっていった。 美味い。こんな状況じゃなきゃきっともっと美味かっただろう。 五代目の治世で医療忍術は格段に進歩した。その中でもこの人が無駄に大騒ぎした正もあって、最高レベルの医療を受けたおかげで、傷はもう殆ど見て分からない位に塞いでもらってある。 造血丸だって飲んだし、出血だってギリギリまで抜かなかったせいで大した事はなかった。臓器の炎症がどうとかで検査と、それから塞いだばかりの傷は開きやすいからって入院させられてるだけだ。 帰りたい。一人っきりで寂しくもあるが、平和な我が家に。少なくとも火影様と二人っきりで果物モリモリ食わされてるよりはずっと落ち着いて眠れるはずだ。 「おいしい?」 「…はい。とても。どうぞカカシさ…火影様も召し上がってください」 じーっと見ていられるのに耐えかねてそう口にしたら、あっさり覆面下げやがるから危うく病院だってのに叫ぶところだった。 いや、食えって言ったのは俺だけどな?流石にないだろうよ。アンタ普段顔隠したまま会食とかしてるじゃないか! 「あーん」 「え?」 「りんごがいいなー?」 「え。あ、はい。あーん」 「ん。おいし」 綺麗な面したイキモノが、俺の手からりんごを口でもぎ取って…うわぁ。なんだこの状況!このまま窓蹴破って逃げたい。暗部がうろついてる気配がするからできねぇけどな! 「…楽しいですか…?」 「うーん。ま、看病ごっこも楽しいけど、りんごなんかよりさっさと食っちゃいたいのはあなたなんですけどねー?」 「は?」 よくわからん。が、食うという単語は本能的に恐怖を煽る。ここが密室でこの人の部下に見張られていて到底逃げることなど出来ないという事実恐ろしくてたまらなくなってきた。 食うって、食われるのか。そういやそんな禁術あったよなー…里抜けした例の…いやいやいや!ないだろ!この人今更俺なんか食ったって強さに変わりはないはずだし! 脂汗が今でも形ばかり巻いてある包帯に滲んで肌を締め付ける。やたら治療を急がせたのは、怪我人じゃなくなってから食うとかそういうことなんだろうか。もはや疼きさえもしない傷口よりも、緊張感で頭痛がしてきそうだ。 「昔から心配でしたけど、もうこんなに危なっかしいなら目を離すのやめちゃおうと思って」 「え、ええと。その、どういった意味でしょうか?」 「他の女が産んだ子でもあなたの子なら可愛いだろうと思ってたけど、俺のために怪我されたときも心臓が止まるかと思ったのに、他の誰かを庇って死なれでもしたら気が狂う」 どうして俺の未来の子どもの話になってるんだかわかんが、この人がとても心配してくれていることだけはなんとなく察する事が出来た。 「意外と丈夫なのがとりえなんです。大丈夫ですよ」 本当に仲間思いの人なんだなと嬉しく思いながら、心配しすぎだと軽く笑い飛ばしたつもりだったのに、何で俺は火影様に乗っかられてるんだろう。 「…怒ってもわかんないんでしょうね」 「え、ええと?すみません?」 何で乗っかってくるんだ。いや傷はもう痛まないから平気なんだが、りんごつまんだ指を、わざわざ舐めることないだろう。 「いいえー。食っちゃってから追々考えましょうね。色々どうにかする技術も考えてますから。そのうち、ね?」 怪しく瞳を揺らがせたその笑みに思わずへらりと笑って、それからあっという間に食うって言葉の意味を悟る羽目になったんだが… 。暗部の護衛を殺気で追い返すわ、結界張るわ、昨日まで重症だったってのに動けなくなるまでやり倒すわ…。 散々な目に合ったのは俺の方だと、きっと誰もが証言してくれるはずだ。 それなのに、なんで俺はこんな目にあってるんだろう。 「あーん」 「…あーん」 介助というかもはや介護だろう。これ。 昨日嫌って程見せ付けられた素顔を輝かんばかりの笑みで彩って、火影なのにトチ狂ったことを言う人がせっせと俺に果物を…。昨日食い損なったりんごも美味かったがそれは何の救いにもならない。 「これ以上心配かけないでね?ナニするかわかんないよ?」 「え。…は、はい」 聞き返そうにも目が。今にも食らいつきそうな獣の目で見られたら、何も言えない。実際何されるかわからん。 しかも入院したときよりも自分としては重症だと思うのに、明日にはここを出なくてはならないらしい。介護はするから安心しろって…できるわけないだろうが。 しかもなんだか仕事を辞める前提で話が進んでいる。やっぱりこれって脅迫だよな!? 「家具は選んでおいたから。お風呂も広いよ?仕事で遅くなっちゃうから、執務室の横にも部屋作ったから」 「そ、そうですか?」 「ん。泊り込み一緒にしてね?」 「え?え?」 「側近の仕事は経験あるんだしすぐなれると思うんだよねぇ。どんどん効率化していくつもりだし」 「…あのー…」 「末永く宜しくね?」 会話が通じるかどうかっていうと…どうやら期待できそうにない。 仕事はできるんだ。きっといつか分かり合える。…かもしれないよな。 色々ともうどうしようもない状況に追い込まれて頷いた結果、それはもう波乱万丈な人生を送る羽目になったんだが。 膝に懐く男が今でもあの飢えた獣の瞳で俺をみるから、それもまた人生だと諦めることにしている。 ******************************************************************************** 適当。 あつさにまけまくる。 |