「寒いー!」 外に飛び出して行ったと同時にぴゅーっと音でもしそうな勢いで戻ってきた上忍に、ベストの中に顔を突っ込まれている。 …寒い。つうか邪魔だ。なにすんだといいたい。 言いたいがしかしこの男は上忍で、そして悲しいからとてもとても頭の中身が残念なので、無駄なことはしないことにしている。 「だから言ったでしょうが。素直にコレ巻いていきなさい」 色が気に入らないとぶつくさ文句を言うので、折角貸してやったってのにいくら売れ残りのマフラーとはいえ腹が立ち、だからこそだったらそのまま出て行けとけり出したのは確かに俺だ。 結構な寒がりだ。人で暖を取ろうとする不埒な癖もある。 そのくせ我侭とはどういうことだ。 「イルカ先生温めてよ」 「イヤです。アンタが薄着でいるから悪いんでしょうが。いくら家にいるからってノースリーブはないでしょうノースリーブは」 みているだけで寒いからと着せ掛けたドテラは気に入ったようだったが、まだ秋の声を聞き始めたばかりだ。ときどきは夏の戻りのあるこの季節に、もこもこと着膨れて茶を啜る姿は視界の暴力といっていい。 いやまず一番の問題は、この男が常に俺の視界に入ってくるというこの状況の方なんじゃないだろうか。 「んー?じゃ、全部脱ぎましょうか?でもちゃんと温めてね?」 「だからさっきから断ってんでしょうが!」 ああ、埒が明かない。 家にもいるし、アカデミーにも出現するし、任務先にも先に宿に入って待ってたりするし、それならと男の家に遊びに行ってあてつけのようにくつろいでみれば、舞い上がって小躍りした男に大喜びで監禁されかかる始末。 お遊びにしても度が過ぎていると思うんだが。 「ねー。家に戻りましょうよ」 「はいはい。アンタ寒いならちゃんと着なさい。みてる方が不愉快です」 「あー。じゃ、あったまろうと思います」 軽口の応酬に、一瞬で緊張感が走った。 とっさにベストだけを残して変わり身の術を使えば、そこに突き立てられた鋭く光る銀色の針を見つけて総毛だつ。 なんでこんな危険物が野放しなんだろう。あと俺じゃなくてもいいじゃないか。いや女性の皆さんに危害を加えることを考えればまだましなんだろうか。 「…居候の分際で家主に毒針使おうなんざ、大した態度ですね…!?」 「居候!いいの!やった!」 「いやいやいやそうじゃねぇだろ!アンタ何考えてんですか!」 もういっそ火影様のところに送り付けたい。ちょっと大事な所のネジがいくつかとっぱずれてるが大事にしてやってくれとか言われてもだな、こんな状況が日常茶飯事なんだぞ? 「イルカせんせのことだけ考えてますよ?」 今度は、縄か。 じりじりと距離を縮めてくる男から逃れる術を必死で考えているが、どうにも手の打ちようがない気がしている。今の状況だけじゃない。この男がやってきてからずっと、どうしたらいいかわからないままだ。 「…アンタ、そんなものまでもちだすくせに、なんで言わないんですかね…」 「え?」 アホ面下げてぽかんとしやがってこんちくしょう。 一言だ。たった一言だけでいい。その感情を言葉にしてくれれば、俺だって。 「バーカ!」 思いっきり分投げた箱は男の鼻先に見事にヒットした。 うん。なかなかいい投げ方だったな。我ながら。 「へ?あ。箱?リボン赤い。え?」 「くれてやる。俺は買い物に行ってくるから、それあけてちったぁてめぇの頭で考えやがれ!」 啖呵切って財布持って男の頭をわしわしなでてからさっさと家を飛び出してやった。 …開けるところなんてみたら平成でいられる自信なんてなかったから。 「うそ!なにこの手紙!ほんとに!やった!あ、いない!まって!ちょっと!」 中に放り込んでおいたのは手紙と約束の印だ。きゃあきゃあ喚いた男が頭の中の花と同じくらい満開の笑顔で、しかもやっぱりノースリーブのままで俺に飛びついてきたのはホンの数十秒後。 その指に輝く指輪に刻んだ文字を、この男はちゃんと気付いているだろうか? 「で、返事は?」 「好き。もう離さないから」 「ならいいです」 紙切れ一枚で解決するなら、もっと早く言わせておけば良かったかもしれない。 永遠を誓う言葉はもう形にして渡してしまったから、二度と言わない。 一生分の誕生日プレゼントだ。しっかり大事にしてもらおうじゃないか。 「すごいものもらっちゃった」 無邪気に喜ぶ男に、初めて自分からキスしてやった。二度と言わないつもりの言葉の代わりに。 ******************************************************************************** 適当。 絶不調。_Σ(:|3」 ∠)_ ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |