自分の寝床が安物ベッドの上に適当に敷いてある薄っぺらい布団であることを、こんなにも後悔したことはなかった。 スプリングが死んでるから布団でも敷かないと眠れたもんじゃないんだよな。ちなみに布団ももらいモノで、ご近所のおばあちゃんが使わなくなったヤツを捨てる寸前で引き取った。すでに大分へたれてたのを中忍になるかならないかくらいのときから使っているおかげで、大分くたびれてきている。 「すみませんね」 腰は低いが髪の毛は常に逆立っている銀髪の上忍がその上に横たわっていると、こんなにも違和感を感じるものかとため息がでそうだ。 掃き溜めになんとやら、だな。こりゃ。 「いえ!それよりその、うちに客用布団ってものがないので、こんな薄っぺらい布団で申し訳ありません!」 ぶっ倒れたらしい上忍を、たまたまその場に居合わせたってだけで、その端整な容姿とたわわな胸元とは裏腹に、それはもうとてつもなく人使いの荒い里長に押し付けられたのはついさっきのことだ。 荷物のように放られたその人を思わず受け止めて、そうしたら任務扱いにしてやるからちゃんと面倒みるんだよ!の一言で、俺の久方ぶりの休日は看病でおわることになりそうだ。 上忍を担いで家に帰る途中、しきりに床にでも放って置いてくれれば良いとか、任務とかいってますけど背負い込むことはないでしょとか、随分なことを言ってくれたおかげで余計に放って置けなくなった。 怪我はないが泥が飛び、小さな鉤割きを作った忍服からしても、この人は任務帰りだったんだろう。報告して…それから多分倒れた瞬間に、たまたま書類を持った俺が居合わせてしまったにちがいない。 「寝てれば治りますからお気遣いなく」 顔色が紙のように白いのはいつものことだが、今日は一段とまた白い。むしろ青い。このまま儚くなってしまうんじゃないかと不安になるほどに、上忍の状態は悪いように見えた。 「パジャマ俺ので良いですか?新品のがなくて申し訳ありません。あとは…タオル!タオル!」 体拭いて、それからできれば飯を食わせたいところだがその前にちょっと休んでもらった方がいいんだろうか。薬も何も寄越さなかったところをみると、毒やなんかは大丈夫だろう。 やるべきことはたくさんある。そしてどうしてかえらく身を縮めようとしている上忍をみると、却って申し訳なさが募った。 こんなとこじゃ落ち着けないだろうに。かといってこの状態で目を放せるかと言われれば否としかいえない。この人は上忍だから、遠慮も強がりじゃないのかもしれないが、このまま家に帰すなんて任務扱いじゃなくたってできない。 行き倒れている未来が見えすぎて、多分家までついていってしまうだろう。 「あの、大丈夫だから。ちょっと動きが鈍いだけで…」 そういって、よろつきながら立とうなんてされたら、もう駄目だった。 「遠慮しない!とりあえず体拭いたら着替えて飯…食えますか?食えなかったら寝る。食えたら食ってから寝てください!」 「…はい」 悄然する上忍ってのを始めてみたかもしれない。特にこの人は俺の前では常に強さをみなぎらせている印象が強かった。 何度か危ないところを庇われてるしな。その度に礼にいくと、さらーっと流されて終わるんだ。 ある意味これはきちんと今までの恩を返すチャンスになるかもしれない。 これでも野営には慣れている。何せ中忍といったら下忍以上に雑事に長けてないと使えないからな。台所の湯沸しで熱い湯を用意して、タオルを何枚かひっぱりだしたらすぐに準備はできた。水分も取ってもらわなきゃと思って、冷蔵庫に入れてあったペットボトルの茶も持ってきた。もらい物で随分前から放り込んだままだったが、賞味期限は一応大丈夫だったからほっとした。 「はいこれのみますか?拭きますよー」 「え、どーも。あ。拭くって、ちょっと!」 「へ?」 なぜか急に慌てだしたものの、体はそれについてこなかったらしい。俺に向かって倒れこんできた人から忍服をひっぺがすのはそう大変なことじゃなかった。 「わっ!ちょっ!ねぇ!」 「はいはい。顔見ちゃ駄目なら体だけでも」 「そうじゃなくて!…あーもー…」 なにがしか悩んでいるのか悔やんでいるのか、ぐったりと身を預けてきたのをいいことに、さっさと背中を拭き終えた。どうやら怪我はなさそうだ。腕の辺りと肩口にはうす赤い傷跡があったが、もう血も止まっている。念のため軟膏を塗りこんでおいた。うみの家特製の毒消しにもなって染みない上に治りが早くなるヤツだ。 抵抗が収まったのをいいことにパジャマの上を羽織らせて、適当に着せる。多少着崩れたけど、顔を見ないためだから仕方がないだろう。ちなみに顔は目をつぶって手で触りながら拭いたら、カカシさんが深いため息をついていた。 「下脱がせますよー」 「…知らないよ」 なんだ?なに拗ねてんだこの人?まあいいか。格下相手に色々されるのがいやなのかもしれなくても、後で治ってからぶん殴られれば済む事だ。強い人ほど自分のミスに落ち込むのはよくあることだもんな。 「よいしょっと」 上半身をころんとベッドに転がして、ズボンを適当に引き抜いた。そういやパンツも必要だったなとそこで気付いて、ついでにちょっとばかり元気になっているように見えるそれからは軽く目を逸らしておく。 なるほど。原因は俺の態度うんぬんじゃなくて、もしかしてこっちか。そりゃバテマラ見られたくはないよな。中忍同士だと笑い話にできることでも、この人にとっちゃ急所をさらしてることになるわけだし。抜くかどうかは状況に合わせて考えよう。 「…ねぇ」 「足に怪我は…ねぇな。よしよし!そんじゃ指先からいきますよー」 「…ッ!」 色々反応して体をひくつかせる上忍には気付かないフリで、だが丁寧に体を拭っていく。救護テントにいたらこんなの日常茶飯事だ。いちいち動揺なんざしちゃいられない。 「パンツは新品があったんで持ってきますね?」 手は一応動くようだったから、一応席をはずしてみることにした。抜くならティッシュもそばにあるし自分で何とかした方がいいだろう。駄目そうならトイレにつれてってみるのも手だ。 そう思ったものの、縋るように腕をつかまれて、だがその力が恐ろしく弱いものだったから部屋を出るのは思いとどまった。 「…行かないで、いいから」 「パンツの型にこだわりが?」 俺のはトランクスだが、上忍はこう…くいこみ系だ。ブーメランとかいうやつだよな。多分。だからこそシルエットが良く分かって非常に気まずいんだろう。 「…あんた分かってて言ってるの?」 それが股間の聞かん棒のことなら頷いてしまいたいが、今にも泣きそうな顔をされてると二の句を次ぎにくい。当人がどうやら誤魔化せているつもりだったことにむしろ驚いてるんだが、それを言えば余計に嘆くだろうことは簡単に想像できた。 「えーっとですね。疲れてるんですよ。風呂はもうちょっと元気出てからのがいいと思うので、とりあえず、その。トイレ行きますか?」 「…最悪…」 励ましはどうやら失敗した。とういうか、余計なお世話だったらしい。地の底まで落ちていきそうなほどの落ち込みを見せる上忍には悪いが、風邪を引くと困るよな。 それからの俺のすばやさに、多分上忍もとっさに動けなかったんだと思う。 「うりゃあ!」 「わっ!ちょっと!なに!?」 「っし!熱かったら言ってくださいね!」 「ッアッ!ッ!なに!?」 パンツを引っぺがしてあんまりみないようにしつつ、横倒しにする。流石にイヤだろうと何度かタオルを変えていた中でも、ここ用にサイズの小さめのを新しく用意しておいたんだよなー。しっかり絞ってすばやく拭き上げると、悲鳴とも怒鳴り声ともつかぬなにかを上げて上忍が固まったので、その勢いで肝心の部分をささっと拭いてやった。パンツはもうこの際だ。パジャマをそのまま着せてしまうことにした。 手早く片付けると、上忍は明らかに呆然としているようだ。 …ちょっとばかり達成感があるなんてことは、言わなくてもいいことだろう。 「飯作ってきますね」 「…うぅ…ッ!」 たらいとタオルを運び出す寸前、上忍が顔を覆ったままベッドに転がったことについても、もちろんしっかり口をつぐんでおいた。 ***** 「イルカ先生。お話があります」 怒涛のように体を拭いて、めそめそしている上忍の口に一口大にしたおにぎり(具合が悪いときのメニューだ。ナルトはもちろんサスケもこれなら食うんだよな)を押し込んで目を白黒させているうちにお茶も飲ませて寝かしつけたのは昨晩のこと。 ベッドの上で正座している上忍はどうやら大分回復したみたいだ。それはよかったんだが。 「…なんでしょう?」 ぶん殴られるにしては悲壮感あふれるその表情からは、そんな攻撃性は微塵も感じられない。 こっちもきちんと座って向き合うと、上忍が何故か俺の手を握ってきた。 「もう、ばれてると思うんだけど、言わせて」 「は、はぁ?どうぞ」 なんだよ。そんなにチンコ勃ったの見られたのがショックだったのか。まさかこれはそのお詫びか。こっちも思わずテンションがおかしくなってどんどんおにぎり口に押し込んだりしたからおあいこだと思うんだけどな。 冷や汗がつっと背を伝っていく。たいしたことじゃないはずなのに、この緊張感はどうしたことか。 この男の顔がやたら真剣そうなのが悪い。そのくせその目が泣きそうに潤んでいるから、余計になにもいえなくなるじゃないか。 「…あの、ね」 「…は、い」 指先が冷たい。それに震えている。 薄い唇が晒されていることに、今更ながら気がついた。そういやそうか。昨日の脱がせたし食わせたもんな。 「好きです」 「へ?」 「あの、みっともないとこ見せたけど、コントロールできないなんて初めてだし」 「は、はぁ。それはすごいですね」 「好きすぎて勃っちゃうなんて初めてで。…ってちょっと待って?すごいってどういうこと?イルカ先生は我慢できないの?誰かに見せたの!?」 「は?いえ。俺逃げ足速いんで割りと怪我しないんですよ。するとしたら勃つのも無理なレベルの大怪我くらいなんで。はは!」 「笑い事じゃないじゃないのー!」 …具合が悪い人間が発したとはとても思えないその怒号は安普請の俺の部屋が揺れるほどに大きく、ご近所の皆様には末永く語り継がれた。 その後朝まで泣き言兼告白兼嫉妬に満ちた犯行予告をたっぷり聞かされた俺は、それを発した上忍に張り付かれたまま出勤した。ぐったりしながら受付につくなり火影様に呼び出されてみれば、昨日の顛末を報告させられる始末。 挙句、綱手様が任務帰りのこの人をぶん殴って経絡系を弄って行動不能にして俺の部屋に放り込んだのが、この人があまりにも片恋をこじらせすぎてて、常に張り付いてるくせに何も言わなすぎて鬱陶しかったからだと聞かされる羽目になった。 そんなの気付いてなかったぞ。言ってくれたっていいじゃないか…!そういうこともできずにへたり込んだ俺の背中に張り付いた上忍は、何かが吹っ切れたのか一心不乱に里長たる女傑を威嚇していた。 で、どうなったかっていうと。 「…好きすぎてどうしよう」 「帰りは迎えにきていいですから、そろそろ離れてくださいね?靴が履けない」 「…無理かも…!」 絶望感に満ちた声を上げて抱きついてくる上忍は、未だに俺の家にいる。 …というか、勃ってる理由の説明ついでにどさくさにまぎれてヤられたとか、何の冗談だって思うよな。まあそこまでは説明しなかったが、あのニヤつきっぷりと俺のよろけっぷりから全て悟られている気もする。 まあうん。人生ってのは色々あるもんだ。 「はいはい。俺も好きですよ」 「イルカせんせ…!」 …そういうだけでとろっとろに蕩けた顔でしがみついてくるこの人に惚れちまったってのが、一番自分でも信じられないんだけどな。 「任務が終わったらご飯一緒に食いに行きますか?」 「うん。貸切がいいかなぁ。誰にも触らせたくないし見せたくないし、狙ってる奴がいたら殺しちゃうかも」 はにかみながら情熱的なキスを寄越すこの人が無茶な真似をしでかすのを止められるのは、どっちにしろ俺だけだろうから結果的によかった。のか? ちなみにベッドが安普請で申し訳ないって台詞のおかげで、即日ふかふかに生まれ変わったってことだけは、まあよかったような気がしている。 ******************************************************************************** 適当。 |