雨(適当)


 雨っていいよねぇ?
 匂いを洗い流し、足跡を隠してくれるなんて現実的な問題じゃなくて、この人は雨の中にあると色っぽいから。無意識なんだろうけど、濡れた髪を乱暴にかき上げて、服が濡れているのが気持ち悪いのか躊躇わずにさっさと脱ぎ捨ててしまった。
 普段明かりを消せだの見るなだの大騒ぎするくせにねぇ。
 空から降ってきた水を纏いつかせたままの肌がてらてらと光って、そこに舌を這わせたら、この人はどんな顔をするのかなんてことを想像する。
 多分そうされてからやっと自分の格好を自覚して、また大騒ぎするだろう。そのくせ体はしっかり敏感だから、かわいい声を上げて、その声に恥ずかしがってもだえて全身を赤く染めて…そんな状態で怒鳴られたって、煽ってるとしか思わないでしょ?
「あー…ちくしょう。濡れちまった。カカシさんは大丈夫でしたか?」
 通りすがりの上忍だった頃からこの態度は変わらない。心配してくれるって、最初は鬱陶しいと思ったけど、いいもんだよね。
 …向こうから触ってくるって状況に関しては思うところがあるにしても。
 最初に手ぬぐいでぐいぐい頭拭いてきたときは流石にこの人の、中忍としての正気を疑った。手負いでびしょぬれの上忍なんて、普通誰も触らない。
 里にいる上忍が全て人格者な訳じゃないのは当然として、手負いの上忍が理性を保ってるかどうかなんて、博打みたいなものだ。
 勝率の低い危険な賭けに、無自覚に自分の命を懸けちゃってることになんか気付いてないんだろう。
 ま、今となっちゃこの人に何をされても反撃すらまともに出来ない自覚があるからいいんだけどね。
 どんなに意識がふっとんでても、この人にだけは手を出さない自信がある。それくらい俺の奥深くにまで根付いて、すっかり居座ってしまった。
 きっとコレを話したら泣くだろうから、一生言うつもりはない。普段完璧上忍様は黙れとか、嫉妬なんだか心配なんだかわからない台詞を吐き捨ててくるくせに、誰よりもそれを誇りに思ってくれているのを知っている。
 ついでに俺が完璧なんかじゃなくて、弱くてもろくて不安定で、だからこそ、心配で心配で仕方がないって思ってくれてるのもね。
 それが自分のせいで死ぬかもしれないなんて知ったら、この人は躊躇わず俺の前から姿を消す。自殺なんかしたら俺の古傷を抉るってわかってるし、側にいたら危ないし利用されるくらいなら死を選ぶタイプの厄介な頑固者だ。
 曖昧な状態で姿を消して、下手したら火影の元に自ら軟禁を申し出るだろう。出来れば殺してくれとまで言いかねない。
 だから、コレは秘密。
 でもねぇ?流石にこっちは我慢の限界なんだけど。
「うへー!パンツまでびっしょりですよ!ったく!あ、先風呂入ります?」
 俺はさほど濡れてないのに気付いてるだろうに、どう言い聞かせてもこの人は俺を優先する。俺が上忍だからとかじゃなくて、単に大切だから、らしい。男の矜持ってもんがとか、俺に足開かされて突っ込まれてる時点でそんなものどうでもいいでしょって思うんだけど、本人にとってはとてつもなく重要な問題らしい。
 下らないことはいいから、もうちょっと身を守ることに敏感になって欲しいんだけどね。
 実のところ次期火影の打診なんていう面倒なものを受けている俺にとっての、唯一の弱点になりうる人なんだから。
 当面は、俺の前で服なんか脱いだらどうなるかを、もう一度叩き込んでおこうかな?
「一緒に入りましょーよ?ね?」
 この人は俺の素顔にも俺の笑顔にも俺が甘えてくることにも弱い。っていうか、俺に弱い。頑固者だけど、俺からのおねだりだと大抵聞いてくれちゃう。例えば俺が無茶な任務を受けようとしたらみたいに、絶対譲れないところ以外なら。
「狭いですよ?」
「ねー?だめ?」
「あーもう!わかりましたよ!ほら、着替えちゃんともってくるんですよ!」
「はーい」
 着替えなんかいらないと思うんだけどねぇ?風呂でもするし、当然ベッドでもするでしょ?
 あんな格好で煽られて、一度で終わるつもりはない。
「風邪引かせたら困るし、まず湯船に湯とあとタオルタオル!」
 ぶつぶつ言いながら風呂場に消えていったかわいい人を見送って、にんまりとほくそ笑んでおいた。
 なんてったって、めくるめく夜は始まったばかりだから。
 そんな俺のひそひそ笑いも、やわらかく降り続く雨の音が隠してくれた。

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適当。
雨ー。

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