雨(適当)



雨が降っていた。
じっとりと湿って、もはや重く体温を奪うだけになった服は、受け止めきれなくなった水を滴らせ、視界さえ奪うほどの激しさで打ち付ける雫はバチバチと耳障りな音を立てている。
さて、どうしようか?
怪我はともかくチャクラは残り少なく、体温を維持することすら難しくなりつつある。
出血だけでも止まっていたのは幸いか。
泥まみれになって転がっていることしかできないのだとしても、少なくとも失血で死ぬことはない。
その前に体温が下がりすぎて終わりそうだけどな。
これまでの人生の中でも、結構なピンチだ。
それでも妙に冷めていることが我ながら妙におかしかった。
…笑ったところで口に水が飛び込んでくるだけだからやらないが。
中忍になって幾度も潜り抜けた戦場でも、何度かこんなことがあったせいだろうか。
その度に命汚いと褒められてるんだかからかわれてるんだかわからない言葉たちを浴びせられながら、何とか生き残ってきた。
部隊が壊滅状態に陥っても、大量の敵に囲まれても、大怪我をしても…知恵を絞り、徹底的に仲間と共に生き残る努力は惜しまなかったからだ。
まあ、時には完全に運だけでってこともあったが。
ようは、意外と俺は賭けに強いってことなんだろうな。
豊満な肉体を惜しげもなく晒しながら、ハズレ馬券を破り捨てて地団太を踏んでいた里長を思い出して、思わず頬が緩んだ。
お前も買って来いと言われて付き合いで買ったたった一枚で、その日の馬券代の3倍にもなったんだからそりゃそうか。随分と拗ねられて書類を決裁してくれなくて困ったんだよなぁ。
それから、あの人にも。
「何を笑ってるんですか」
頭の中から声があふれ出したのかと思った。
「いえ、この間のことを思い出していたんです」
あの日の台詞、そっくりそのままだ。
拗ねる姿が教え子の姿に被り、思わず笑ったら…そうだ。この人にも拗ねられたんだ。
やっぱり巨乳のが好きなんでしょとか、でも許さないとか随分と子どもっぽいことを言われた気がする。
確かに女性のあられもない肢体を見て動揺しないでいられるかといえば答えは否だが、そもそももまれているのは俺の方だろうとうっかり口にしてしまって、一瞬真顔になった綱手様にもすぐさま大笑いされたんだ。おかげで書類は片付いたから良かったのか悪かったのか。
「怪我は…ん。ちゃんと塞いであるね。上等上等。お説教は後でするからしっかり捕まってて?」
身を起こすことができるかどうかすら怪しい状況なのは見てわかるだろうにと怪訝に思っていたら、わざわざ口移しで兵糧丸を押し込んできた。男の手製のそれは支給品のものよりはるかに効果が高く、もう既に人割と体が温まってきた気がする。
だが、目的は明らかにそれだけじゃなかった。
「っんた、なにすんですか…!」
「はは!ここでなだれ込みたいとこですがね。濡れたアンタは扇情的だ。…心配された分のお駄賃は後でしっかり請求させてもらいます」
覆いかぶさる男が雨をはじく。降り注いでいた水が遮られて、耳に入るのは水音と、それ以上に男の熱っぽい囁きだ。
「体で、ね?」
そうしてうなじに痕を残した男に担ぎ上げられて、無茶な任務を引き受けたと詰られ心配されて、家に帰る頃には兵糧丸のおかげですっかり体力も戻っていたというのに、ソレを根こそぎ持っていかれるような行為に勤しまれたのだった。

「あんた、なにすんですか…」
任務明けというか、任務中に負傷して力尽きかけてた人間に対してこの所業。文句くらいは言ってもいいはずだ。
…礼も、だけどな。この態度だと素直に謝ったりしたら何をされるか分かったもんじゃない。
「なにって、だって怪我なんかするし、巨乳に惑わされてるし。…他人の任務代わってやった挙句に無茶して死に掛かるし」
息もできないほどの抱擁は、この人の感じた不安を物語っている。
寂しがりやで要らない心配ばっかしてるんだよなぁ。
「ごめんなさい」
「アンタしかも俺の帰りにあわせようとして無茶したでしょ?」
「うっ!い、いやその!そんなことは…!ちょっとは、あり、ま、す…」
言い訳をさせてもらえるなら、少しばかり長い任務にでていた男が、やっと帰ってくるって時になって、任務を受けるはずだった男の妻が倒れた。
…そうなったら行くしかないだろ?でも、あんたを諦めたくなかったんだよ。
「だから、お仕置き。…ま、里にアンタの気配がないって聞いて追いかけちゃった俺も大概だけどねー?」
胸元で笑うからくすぐったいし、ぞくぞくしすぎて余計なところまで反応しそうだ。さっきとは別の理由で体の自由が利かないから跳ね除けることも出来ない。
まあ全部分かっててやってんだろうな。この男は。
「ありがとう、ございました」
駄目かもなーと思ったのに諦めなかったのは、この男が絶対に泣くと思ったからだ。それも誰もいないところで自分を責めながら鬱々と一人でずっと長いこと己を苛むだろう。
それが分かっていたから死んでも死に切れんと必死になった訳だが。
…あとは、どこかでこの人が助けてくれるのを知っていたのかもしれない。
「あの世にいってもおいかけていくんで、覚悟してね?」
あんたの本音は丸分かりだ。…そんな泣きそうな顔で縋りつきながら言われてるんだから。
覚悟なんてとっくに決めてるってのに、こうやって確かめたがる。そのくせ俺が勝手においていくって信じてる。
馬鹿野郎が。そんな生半可な思いで男に足開けるかってんだ。
「望むところだ!っげほ!げほ!」
思わず啖呵を切ったつもりが、酷使された結果枯れた喉が悲鳴を上げて、なんとも絞まらない結果になった。うう…!ニヤニヤ笑いながら口移しなんてしやがって…!水があるなら普通に寄越せ!
「簡単に死ななかったから褒めてあげます」
俺よりもずっとあっさり生を諦めそうな男に言われると腹立たしさもあるんだが。
不安だったから慰めろと顔中に書いてある男を、今日だけは甘やかしてやろうと思った。


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適当。
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