敵はすさまじく素早かった。 それも道理だ。なにせビンゴブックの常連で、おまけに元暗部で、二つ名持ちの凄腕上忍なんだから。 とてもそれを信じられるような状況じゃないけどな。 里内で全力疾走する俺を、周囲の人たちが奇異の目で見ていたのは一瞬だけで、俺の前方を走る生き物に気付いた途端、それは生ぬるい笑顔に変わった。 「がんばれよー先生!」 「一応気をつけてねー!」 気の抜けた声かけは一応声援と受け取っておいた、これだけしょっちゅうみせられたらうんざりしてない方がおかしい。 「ありがとなー!…ちっ!」 何とか追いすがることはできても、距離は縮まらないどころか、むしろどんどん広がっている。 相手が俺から奪い取ったものを後生大事に抱きしめて、時折頬ずりしながら移動していなければ、とっくに振り切られているだろう。 盗られたものがモノだけに、それを決して歓迎する気分にはなれない。 とにかく人気のないあたりに差しかかったのを幸いに、やっと俺は逃げる男を怒鳴りつけることができた。 「くそ…!俺のパンツ返してくださいよ!」 「そっちこそ!俺のハート早く返してくださいよ!」 「そんなもんとった覚えねぇよ!」 誰かこの上忍を何とかしてくれないだろうか。 素早さと緻密さをもって確実に任務をこなす上忍が敵に回る恐ろしさを、俺は今まさに味わっている訳だが、それがこんなろくでもない原因だってあたりがやる気を恐ろしく削いでいる。 「俺が何をしたって言うんだ…!」 「あ!またそんな顔して!誘惑しないでっていってるでしょ!」 一事が万事この調子だ。 髪をくくりなおしただけで、どこからともなく湧き出た上忍に泣かれ、元教え子とらーめんを食っただけで、浮気者だのなんだのと怒鳴られる。 「あんたがおかしいのか、俺がおかしいのか…」 いや、確実に俺の責任じゃないと思うんだが、あまりにも相手が必死で俺に責任取れとかいうから、最近は段々そうしたらこの面倒ごとから開放されるんじゃないかって思い始めている。 逃避は、よくない。子どもたちにもそう教えている。 そもそもそんなことしたら相手の思う壺だ。いいだけ振り回されてそのままなんて、俺の性に合わない。 グラついた思考を立て直すために、この走りすぎて酸欠になりかけた脳に気合を入れなければ。 「んー?そうですね。二人しておかしいんじゃないですか?」 脱兎のごとく逃げ回っていた男が、不意に立ち止まってそんなことをいうから、俺まで驚いて足が止まってしまった。 さっさと捕まえればよかったのに、なぜかそれができなかった。 「おかしいって…アンタは十分おかしいですが」 「そりゃそうでしょ?恋なんてしてるんだから」 見せ付けるように入念に顔を覆っていた布が取り去られる。 こんな顔してたのか。くノ一たちが狙うのも分かる気がする。 まあかっこつけてもその手に握られているものは俺のパンツなんだけど。 「俺は…普通です。まともです。パンツ返せ」 返してもらえばそれできっと元の日常に戻れる。 どうせまたなにかやらかすんだろうから、それも僅かな間なのかもしれないとしても。 「まともじゃないよー?だってとっくにおかしいでしょ?追いかけて、どうだった?」 「どうだったって…!そんなもの盗んでしかも晒して走ってたアンタに腹立ててましたよ!」 「どきどきしたでしょ?」 「当たり前だ!あんた馬鹿みたいに早く走ってんだから、こっちはもうくたくただ…!」 そうだ。くたくただ。いつもいつもちょっかいかけてきて、怒鳴っても追い散らしてもすぐ舞い戻ってきて俺ばっかり見てるこのはた迷惑な男のせいで。 「走って、追いかけてくれたでしょ?俺のこと。たった一枚のパンツのために」 「うわっ!…ってー!なにすんだ!」 追いかけてきた獲物に逆に捕らえられている。 鼻の頭をぶつけたのは男にいきなり抱きしめられたからだ。 「もちろんコレも大事だけど。ねぇ。面倒だったら放っておけたんじゃないの?」 「そ、それは…!」 だって、パンツだ。恥ずかしいし、任務以外でモノを盗んだら罪だと教えてるし、それに…それにコイツが追いかけて欲しそうに人を挑発したから。だから。 「もうとっくに二人ともおかしいの。だからさ」 俺に堕ちてくださいよ。 普段ふざけてばかりいる男の切なげな囁きは…きっと罠なのに。 むしろこれまでの振る舞いだって、全部こうやって俺を捕らえるためのものだったに違いない。 それに、まんまと嵌ってしまった。 「くそ…!」 ちょっかいをかけ続けて俺が無視できないようにしたくせに、俺が少しずつこの男を意識するようになったら今度はこうやって無防備な顔を見せて、文字通り俺を落しやがった。自覚させるタイミングも方法も最悪だ。 それなのに。 「ほら。どきどきしてるでしょ?」 勝ち誇った笑みの中に隠れた不安が分かってしまうくらいには、この男のことを知ってしまっている。 もう、手遅れだ。 「…いいからパンツ返せ」 「強情っぱりだねぇ?」 これだけ密着してたら動揺も伝わるってコトに、この男は気付いているだろうか? …それすらも罠だとしても、もう俺の答えは決まっている。 「中身に用がないんじゃなければな!」 「え!うそ!ホント!?」 きゃあきゃあ喚く男がついてくるのを確認しながら、家路を急いだ。 今度はこっちから仕掛けてやろう。 …俺の家なら地の利はこっちにあるはずだ。 そう思って連れ込んだ男は、不安そうにおそるおそる着いてきた割には傍若無人で…逆に寝室に引っ張り込まれて殴りつけて泣かれて縋られてと、いろいろあったんだが。 「イルカ先生!恋人をないがしろにするのは良くないと思います!」 「らーめんぐらいいいでしょうが!」 …まあ、つまりこんな感じだから、俺のことは馬鹿だと笑ってくれていい。 ********************************************************************************* 適当。 ねおちましたあぁあ。゜。゜(ノД`)゜。゜。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |